第十四話(二)
「……父さんはさ。妖怪が視えないんだよね?」
僕の問いかけに、父さんは至極当然のように静かに答える。
「ああ、視えないよ」
「それなのに、妖怪の存在を信じているの?」
「信じている……とまでは言い切れないけど、そういう存在がいても可笑しくはないんじゃないかなとは思っているよ。妖怪は視えなくても、こういう奇怪な現象を何度も何度も見てきているしな。それに、妖怪がいるって思った方が楽しいだろ?」
父さんはまるで子どものように、にっと口元を上げて笑う。掌の花びらを弄りながら、ぽつりと言葉を零した。
「昔、にきをこの家に預けた時。にきも視える人間なんだって初めて知った時は驚いたよ」
「……そうなんだ」
「ああ。まあ、自分の母親が視える人だって知っていたから、その孫であるお前が視えても血筋的には不思議じゃないなぁとは思ったけど」
父さんが何もない天井を仰ぎ見た。
「正直、突然『妖怪が視えなくなった』って言われた時は、にきとどう接すれば良いのかわからなかった。父さんは妖怪が視えないからな。でも、楽しそうにしていたにきを思い出したら、何とかしてやれないかと思って……何とか妖怪が視えるようになる方法はないのかって母さん――ばあちゃんに相談したこともあった。
でも、無理だって。どうすることもできないって言われて。にきが『もうこのいえにはいたくない』っていうその言葉を聞くことしかできなかった。それで、お前が妖怪たちのこと思い出したくなさそうだったから、ずっと黙っていたんだ」
ごめんな、と父さんは僕に謝った。
ううん、と僕は首を振った。
謝るのは僕の方だ。
心配を掛けたくない。迷惑を掛けたくない。ずっとそう思ってきた。でも、父さんにもばあちゃんにもずっと心配を掛けていたんだ。
妖怪のことは話さないようにと、ずっと気を遣わせて迷惑を掛けていたんだ。
「……父さん」
「何だ?」
「ごめんなさい。あと、僕の意見を尊重してくれてありがとう」
「何でにきが謝るんだよ」
父さんにがしがしと頭を撫でられる。大きくて無骨な手だ。
――ああ、こんなに父さんと話したのは久しぶりかもしれない。
当たり前のことだが、日中父さんには仕事、僕には学校があって。顔を合わせるのは主に朝食と夕食の時だけだ。
基本放任主義の父さんは、僕にあれやこれやと訊いてこないし、僕も積極的に話す方ではない。それ故、特にこれと言って話すことがない時は、ご飯を食べながら二人してただただテレビを眺めているだけというそんな日常を送っていた。
ここに来てからも、何だかんだで親子水入らずで話すなんてこともなかったし……まあ、この前父さんが何か話したそうにしていたのを遮ったのは、紛れもなくこの僕なのだけれど。
――ごめん。ありがとう。
心の中で何度も何度もそっと呟く。
僕の目に映る藤の花びらが父さんにも見えているのだと思うと何だか嬉しかった。
不意に、父さんが空気を変えるように明るい声を出した。
「それにしても、今回の件であっさりお前がこの家に来ることを了承したのには拍子抜けしたなぁ。母さんに『全然にきちゃんに会えていなくて寂しいわ』とか何とか言われ続けて、まあ、にきも中学生になったことだし、そろそろどうだろうと思って駄目元で訊いてみたら、まさかのだもんなぁ。しかも、妖怪もまた視えるようになっているし。……はあ、今までの苦労はいったいなんだったんだろう」
「はは……何かすみません」
肩をすくめる父さんに、僕は苦笑いを浮かべることしかできなかった。そんな僕に対して、ここぞとばかりに父さんが続ける。
「いいよなー、にきは妖怪が視えて。実は、子どもの頃からずっと妖怪が視えたら良いのになぁって父さん思っていたんだ」
「そうなの?」
「そうなの。あー、父さんも妖怪が視たい……楽しそう……」
「いやいや、楽しいことだけじゃないよ。たいへんなことも多いし」
――主に突っ込みとか突っ込みとか突っ込みとか。
「でも、羨ましい……」
「あー、もう!」
面倒くさっ!
じとーっと見られても困るし、膝を抱えていじけられても困る。大の大人がすることではないからできれば止めてもらいたいのだが。
というか、そんなにも妖怪が視たいのか……うん、視たいんだろうなぁ。
未だにふてくされる父さんを宥めつつ僕は思う。全く、どっちが子どもかわかったもんじゃない。
それから暫くの間、僕と父さんの談笑は続いた。
藤の海の上には、二つの影が浮かんでいた。




