第十三話(三)
「あのさ、その翼の怪我はどうしたの?」
「ん?ああ、これですか」
僕に指摘されてふらり火が翼を広げる。その小さな翼には血がついていた。
とある可能性を思いつき、僕はさっと血の気が引いた。
「……もしかして、僕がさっき石ぶつけちゃってできた怪我、とか?」
「いえいえ、違いますよ。これはここに来る途中、烏にやられてできたものです。主様は日中は某の体内で休んでおられるのです。夕方を過ぎ夜になると体外に現れるのですが、主様がいなければ某はただの小物妖怪。普通の鳥よりもちょっと丈夫なだけで、何の力もないのです。せめて主様の迷惑にならないようにしているつもりなのですが……。そんな自分が情けなくて情けなくて……」
ふらり火の声はどんどん小さくなっていった。どうやら、自分の発言に自分で落ち込んでいるようだ。
ふらり火の言葉は僕の胸に響いた。
僕だって、無力な自分が情けないと思うことがあるから。
でも、それでも。自分がやれることをするしかないのだ。それは、ふらり火もわかっていると思う。
何か言わなくては、と僕が口を開こうとしたその時だった。
石灯籠の中の火こと主さんが勢いよくボッと燃え出した。
突然のことに僕とふらり火が「うわっ!?」と悲鳴を上げた。
横に揺れたり縦に揺れたり。大きくなったり小さくなったり。何かを訴えるかのように、主さんは燃えている。風は吹いていないので、多分これは主さんの意思表示だろう。
「ぬ、主様?どうかされましたか?」
ふらり火が慌てふためく。ばさばさと羽が飛び散る。
すると、余計に主さんは轟々と燃えた。
こんなに燃えているというのに、石灯籠が焦げることもなければ熱いということもない。
不思議だなぁ……なんて暢気に思っている場合じゃなくて!
「おいふらり火。そんなに騒いだら翼の怪我が悪化する、ぞ……」
そこまで言って、僕はある考えに思い至った。
――そうか、そういうことだったのか。
僕はくるりと踵を返した。
「ん?にき様もどうかされましたか?」
「ちょっとね」
足を引き摺りながら部屋へと戻る。お目当てのものを手に持って、再度ふらり火たちの元へと戻ってきた。
「……それは?」
「河童に貰った薬だよ」
「か、河童の妙薬ですと!?何故そのようなものがここに?」
ふらり火の様子から察するに、やはりこれは妖怪の世界において有名な代物のようだ。
蛤の貝殻の中に収まっているそれ――河童の妙薬。
以前、お礼として河童が置いていったものだ。「よく効きやすんで」と河童は言っていたが、どろどろしていて更には禍々しい色をしているそれを見ると、河童には悪いがどうしても使うことができなかった。
でも、好意で貰ったものを捨てるに捨てきれず、取っておいたのである。
自分が使いたくないものを他人に差し出すのはどうかと思ったが、妖怪のふらり火なら使うのに抵抗はないかもしれない。
「もしよかったらこれ使ってよ」
「し、しかし……」
「……やっぱり、使うのに抵抗がある?」
「いえ、それはないのですが……」
「それなら、使ってくれると助かる。河童から貰ったんだけど、僕にはハードルが高くて使えなくてさ。僕が持っていても宝の持ち腐れだったんだ」
「ですが……」
「怪我を治すためにゆっくりと休むことも大事だよ。まあ、石をぶつけた僕が言えた義理じゃないんだけどさ……。主さんはふらり火にゆっくり休んでほしいから、ここから出ようとしないんじゃないかな?」
僕の言葉に首肯するように、主さんがゆらりと大きく揺らめいた。
ふらり火が涙ぐむ。しわくちゃの顔がさらにしわくちゃになって、もう顔面が酷いことになっている。
「主様……。にき様……。心配をおかけして申し訳ございません!」
「謝らなくてもいいんだよ。ふらり火だって主さんが石灯籠から出て来なくて心配していたんだろ?それと同じさ」
大切な人を心配するのは当然のこと。
そんな当たり前のことを僕はここへ来て改めて知った。そして、そういう人たちがいてくれることはとても幸せなことなのだと僕は実感したのだ。
「……そうですね。この薬、ありがたく使わせてもらいます」
お礼を言うふらり火の後ろで主さんが大きく大きく燃え上がる。
多分お礼を言ってくれてるんだろうけど……できれば僕の安眠のためにもその炎を小さくしてはくれないだろうか。
そう心の中で思いつつ、僕は苦笑した。
*
翌朝、ふらり火が主さん共々お礼を言って去って行った。
なんと翼の怪我はもう完治したらしい。妖怪故に治りが早かったのか……それとも河童の妙薬のおかげか……。いや、例えそうだとしてもやっぱり使う気にはなれないけど。
そんなことを考えていたからだろうか。噂をすれば何とやら、である。
河童が家にやって来た。
「若ー」
「あ、河童」
「足の様子はどうっすか?」
未だ湿布がとれない右足を見ながら河童が訊いてきた。
「もうすぐ治るってさ」
「そりゃよかったっす。悪化させたらいけないっすよ。ゆっくりでもちゃんと治していくことが大事っす」
「そうだね。あのさ、河童から貰った薬なんだけど……」
「はい?」
僕は事のあらましを話した。
ほうほう、と河童が頷いて、その後ぽんと頭の皿を叩いた。
「そうっすか。あの薬が誰かの役に立てたならよかったっす。あ、もしよかったらまた持って来るっすよ?」
「遠慮しとくよ。僕には宝の持ち腐れになるだろうからさ」
何より使うにはハードルが高すぎるし。
即座に断れば、僕の心中を察したのだろう。「そうっすか」と河童はかっかっかっと快活に笑った。




