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第七話 化け狸(一)

 それは、夕食作りの手伝いをしている時のことだった。


 ダンッと辺りに鈍い音が響き渡る。

 なんてことはない、僕がかぼちゃを切り分けている音である。

 ここに来て最初の頃はあまり手伝いをさせてもらえなかった。だが、僕の手慣れた包丁さばきを見て以来、こうして二人で料理をすることが多くなった。

 とは言っても、味付けはばあちゃんが担当することが多い。言うなれば、僕は下前をしているだけに過ぎない。

 ふと、後ろからばあちゃんの独り言が聞こえてきた。

「あらあらあら、じゃがいもがないわ」

 独り言にしては大きな声だった。

「じゃがいもとかぼちゃの煮物を作るのにじゃがいもがないなんてねぇ」

 独り言はなお続く。ついでに、ちらちらと視線も感じる。

「確か物置小屋に予備のじゃがいもが置いてあったはずなんやけどねぇ」

「……取ってくるよ」

「あら、本当かい?それじゃあ、折角だし頼もうかね。さっき言ったとおり、裏の物置小屋の中にあるからね」

「はいはい」

 包丁を置いて頷く。にっこりと微笑んだばあちゃんに「お願いね」と言葉を投げかけられた。

 部屋の扉を閉めて僕は思う。あれは絶対に確信犯だ。

 流石はあの父の母親だ。こちらの様子を窺い提案しつつも、その時には既にこちらに拒否権などほぼないと言って等しい雰囲気に持ち込んでいる。

 ほんと、血は争えないとはよく言ったものだな。

「まあ、僕もその血縁なんだけどね」

 どうしたらあんな風に強かになれるのだろうか。いつかは、僕もあんな風になれるのだろうか。

「……無理だな」

 どう頑張ってもあんな風になれる気がしない。

 早々に諦めて、裏庭にある物置小屋へと向かう。

 がらがらと建てつけの悪い扉を開ける。木造の物置小屋はそこそこ広かった。

 物置小屋は奥に窓があるだけで、そこと出入り口以外は光を通す部分がなく辺りは薄暗い。だが、何処に何が置いてあるのかは視認できる。

 いつ使われていたかわからない洗米機、大きな籠に取っ手と車輪を付けたタイプの乳母車、所々錆びた自転車など、時代を感じる物がいろいろと詰め込まれている。

 一応小屋の中央に電灯が取り付けられてはいるが、何が置いてあるかわかるし、点けなくても大丈夫だろう。

「……えっと、何処だ?」

 きょろきょろと辺りを見回し、ここへ来た目的であるじゃがいもを探す。すると、すぐに見つかった。

 じゃがいもは小屋の片隅に置かれている籠の中に大量に入っていた。

 ばあちゃんが畑で作ったものなので、大きさも形もばらばらだ。粗方とられてはいるものの、土もついたままだった。

「うーん、どのくらい必要なんだろう」

 切ったかぼちゃの量を思い出し、これくらいかなとじゃがいもを手に取る。

 でも、少し多めに持っていった方がいいか。明日以降にまた使うかもしれないし、また取りに来るのも面倒だし。

 そう考えながらじゃがいもを持ってきておいた袋に詰めていく。

「……よし、これくらいでいいか。さてと、早く戻らないと」

 僕が戻らないといつまでも煮物を作ることができない。ばあちゃんとかぼちゃを待たせる訳にはいかない。

 と、腰を浮かせたその時だった。

 がたがたと何やら大きな物音がした。

「ん?ばあちゃん?」

 反射的に声を掛けてみたが、よく考えなくてもそれは違うという結論に至った。

 部屋の扉は僕の背後にあり、物音がしたのはそれとは反対側の方からだ。そちらに扉なんてない。あるとしたら窓だけだ。そんなところからばあちゃんが現れる訳がない。

 どうやら物音がするのは小屋の片隅にある乳母車からのようだ。がたがたと大きく揺れ動いているし間違いない。

 ネズミか。それとも迷い込んだ猫か。

 僕が考えている間にも再びがたがたと乳母車が揺れる。

 もしかして小鬼たちかもしれないとも思ったが、物音は一つだけだった。あいつらは常に二体で行動しているのでその可能性は低い。

 ――それじゃあ、一体何なんだ?

 気になって仕方がない。

 僕は乳母車へと恐る恐る近付いた。そして、ばっと乳母車の中を覗き込んだ。

「……ん?」

 そこにいたのは、僕の予想していたモノとは全然違うモノだった。

 小さな黒茶の体躯。ぽってりとした真っ白なお腹。頭には編み笠を被っており、その片手には何故か帳面を持っている。

 じっとそれを観察していると、ぱっちりとした黒の瞳と目が合った。

「……狸?」

「おやおや、こんなボロ小屋に人間の小僧がいるではないか!これは愉快愉快!」

 そいつは笑いながら、ぽん、と真っ白な腹を叩いた。何が愉快なのかさっぱりわからない。

 ……じゃなくて!

「た、狸が喋った!?まさかこいつも妖怪……って、酒臭っ!」

 狸の吐く息が臭くて思わず鼻をおさえる。臭い!これは臭過ぎる!

 よく見なくても狸の顔は真っ赤でその傍らには酒瓶が転がっていた。眼はとろんとしており、更にはうぃっぷとげっぷまでする始末だ。

 一体どんだけ酒を飲んだんだこいつ!

 僕の反応に気分を害することなく――寧ろ害しているのはこっちの方だ――当の狸は陽気にけらけら笑う。

「おいそこの小僧。ちょうどいいところに来たな。今我は機嫌が良いからな。お前にも酒を分けてやろう」

「いや、僕まだ未成年だし。酒なんて飲めないし。というか、お前はもう酒飲んじゃダメだよ!」

「ああっ!何をする!?」

 酒瓶を取り上げれば不服そうに睨まれた。

 こちらも負けじと「返さないからな」と睨み返す。

「くっ、こしゃくな!でも、いいもんねー。まだこっちにあるから」

 狸は口を尖らせてふてくされていたが、次の瞬間にはころりと上機嫌になった。そして、何処からともなく徳利を取り出した。

 ……こいつ、まだ飲む気か!

 慌てて徳利も取り上げれば、不平不満を投げつけられた。

「小僧の癖に生意気だぞ!……ははぁ、さてはお前もやっぱり酒が飲みたいのだろう。酒を独り占めしたい気持ちはわからんでもない。だが、美味い酒は皆で飲み交わすからこそ美味いのだぞ?さあさあ、わかったのならさっさとそれを返せ」

「だから、僕は未成年だから酒は飲めないって言っているだろ!あと、酒は絶対に返さないから」

「我が下手に出ていればいい気になりおって……そこまでして酒を独り占めしたいという訳か!宜しい、ならば決闘だ!」

「何でそうなるんだよ!?というか人の話を聞けっ!」

 狸は持っていた帳面を傍らに置き、被っていた編み笠をばっと取り去った。

「さあ、かかってこい!」

 小さな前足(?)を胸の前で構えてファイティングポーズをとる。……口からひっくとげっぷを出し、足下をふらつかせて。

 面倒くさっ!酔っ払い面倒くさっ!

 僕は泥酔する狸に辟易した。

 ……もう無視して戻ろうかな。

 僕は踵を返そうと足を動かそうとした、のだが――

「にきー、何してんの?」

 不意に小屋の入り口から第三者の声がした。

 僕は咄嗟にそちらへと振り向いた。

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