第五話(三)
閑話休題。
こほんと一つ咳払いをして管狐は話し始めた。
「管狐っていうのはね、個人じゃなくて家に憑くものなんだ。つゆりの家は昔から管狐を有する家系で、今はあの子がその後継者ってわけ」
「ふーん、そうだったんだ……」
言われてみれば、つゆりさんは首元に何かを掛けていた。
記憶を辿ってみると、確かにこの筒だった気がする。正直言って彼女自身に気を取られていたため、そこらへんは朧げにしか記憶していなかった。
考え込んでいると、管狐がぽんぽんとその小さな前足で僕を突いていた。
意識を管狐に向ければ、「ねえ、聞いてる?」と不満げに見つめられた。
いけないいけない。今は話に集中せねば。管狐の気が変わってまた勿体ぶられたら困るし。
「ああ、ごめんごめん。続けて続けて」
「はあ、じゃあもう一回言わせてもらうけど……。管狐を有する家系って言っても、家族の中で人でないモノが視えるのはつゆりだけなんだ。だから、今日みたいに妖怪関連のちょっとした話を聞いてもらうために、まつながいるこの家につゆりは度々来ているんだよ。今のご時世、妖怪が視える人間なんてそうそういないからね」
目を瞑って静かに管狐が告げた。その声色は何処か寂しそうだった。
「だから、つゆりは嬉しかったんだろうね。視える人間が他にもいるってことを知って、話相手もできてさ。とてもとても嬉しかったんだろうなぁ……ボクを忘れてしまうぐらいに」
「あはは……」
どうやら置いていかれたことをまだ根に持っているらしい。
また不貞腐れはじめた管狐に、こいつ結構根に持つタイプだなぁと内心思った。
ふと、僕は思い出す。つゆりさんは僕が妖怪が視える人間だと知って、確かにとても嬉しそうだったことを。
――孤独なんよ。妖怪も、それが視える人間もね。
数日前のばあちゃんの言葉が頭を過ぎった。
最近視えるようになったばかりの僕には、正直言ってまだよくわからないことの方が多い。
誰にも自分の存在を気づいてもらえない妖怪の気持ちも。誰にも自分が視聞きしたことを理解してもらえない視える人間の気持ちも。彼らが、どれだけ悲しい思いや寂しい思いをしてきたかを。
でも、それでも。
視えるようになったからこそ、気づいてあげることも理解してあげることもできるようになった。
厄介事はごめんだ。でも、少しくらいなら力になってあげたいと思う。悲しいのも寂しいのも誰だって辛いはずだから。
僕にできることなんて話を聞くことしかできないだろうけど。
そう考えるのは傲慢なのだろうか。
無言で思案していると、少し重苦しくなってしまった空気を払拭するかのように「というわけで!」と管狐が明るい声を発した。
「にき、つゆりの家に行こうよ」
「え、今から?」
「うん。その筒をつゆりに届けてよ」
「一人で帰れないのか?」
「帰れないことないけど疲れるから嫌だ」
「僕を足代わりに使うなよ……。というか、今からは無理だよ」
「どうして?」
「もう夜だし」
掛け時計を見遣ればもう九時を過ぎていた。
こんな時間に出向いたらつゆりさんの家に迷惑が掛かるだろう。
「もしかして、夜道が怖いとか?」
「いや、そういうことじゃなくて」
「大丈夫だよ。いざとなったらボクが守ってあげるからさ。まあ、気が向いたらだけどね」
「何それ無茶苦茶不安!」
軽い口調で言う管狐に不安しかない。
「兎に角、今日は諦めてよ。こんな時間に行ったら迷惑だろ」
「ボクを置いていったつゆりが悪いから気にしなくてもいいよ」
「駄目ったら駄目」
「えー」
管狐がごろごろと床を転げ回る。埃が舞うからやめてもらいたいのだが……ってさっきも言ったっけこれ。
困り果てて頭を掻いていると、部屋の外からばあちゃんの声が聞こえてきた。
「にきちゃん、ちょっといいかしら」
「はーい」
返事をして襖を開ける。すると、僕の部屋の様子を見たばあちゃんがあらあらと口に手を当てた。
「やっぱり管狐ちゃんここにいたんね」
「あー、まつなだー」
振り返ると管狐が動きを止めていた。
さっきまで転げ回っていたとは思えないほど、行儀良くちょこんと居住まいを正している。その変わりように呆れてものも言えない。僕は知らぬうちに溜息をついていた。
そんな僕を見てくすりと笑った後、ばあちゃんが言った。
「あのね、ついさっきつゆりちゃんから電話があったんよ」
「え?」
「管狐ちゃんを迎えに行ってもいいですかって言われたんやけどね。もう遅いし、今日はやめておきなさいって言っておいたから」
「ばあちゃんナイス」
「えー」
ぐっと親指を立てた僕に対して、管狐は不満気だった。……こいつ、また床を転げ回る気じゃあるまいな。
「大丈夫よ、管狐ちゃん。明日、朝一で迎えに来るって言っていたよ。だから、今日はここに泊まっていきなさい」
「だってさ」
「むー」
膨れっ面を浮かべる管狐に、「そうそう」とばあちゃんが言葉を続ける。
「スイカあるけど食べるかい?」
「食べるー」
スイカと聞いて管狐がぴくりと反応した。先程ところっと態度を変えて、てくてくと部屋を出て行く。
食べ物につられるなんて……やっぱりこいつ、案外チョロいのか?
「管狐ちゃんは一等果物が好きなんよ」
「……へー」
唖然とした表情を浮かべているであろう僕に、ばあちゃんがこっそりと教えてくれた。
「さあさ、にきちゃんもおいで」
ばあちゃんに促されて僕も立ち上がる。
だけど、僕は知らなかった。こんな小さな管狐がまさかの大喰らいだったということを。
僕の倍以上のスイカを食べるその姿を見て、こいつ一匹だけで食い潰されて家が没落するのではないだろうか……。
そんな考えが頭に過ぎった僕の顔は酷く引きつっていたと思う。




