バレてしまった
裕哉が裕香になって早1か月が過ぎた。
相変わらず裕香のままだ。
どことなく女としての生活にも慣れてきている自分が嫌になるときもある。
気が付けば大学も始まり、今は大学生としての生活を送っていた。
裕哉が女、裕香という世界なので大学は元々女子になっていたので、もちろん女子大生だ。
住む場所は決まらず…というか、予想していたのとは違う結果になってしまった。
「一緒に住む?」
「うん、妹になったんだから女同士だし、お母さんもそれを望んでいたから」
「妹っていっても、中身は男だぞ」
「別に元々姉弟だし。それに女として生きていくのにわたしが必要なときがあるでしょ」
それは事実だった。
結局、一緒に住むことになったのだが、
2週間後に突然きた生理は舞香がいてくれたおかげで乗り切ることができた。
それに関しては感謝しかない。
だが、それ以外は最悪だ。
風呂から上がれば化粧水を付けろだの、乳液を付けろだのとうるさい。
間食をしようとすると太るからダメだと食わせてもらえない。
それどころか、最近では週4回のランニングにまで付き合わされるようになってしまった。
舞香は体系維持の目的らしいが、俺は関係ない…
なのに結局一緒に走っているという悲しい現実。
それにしても女の身体で走るのは大変だ。
あとで知ったのだが、俺の胸はEカップらしい。
付けていたブラのサイズがEだったからだ(調べたのは舞香)。
舞香はDカップらしく、羨ましがられたが、俺は嬉しくもなんともない。
そんなことはどうでもいいか。
普通に走るとメチャクチャ揺れて気持ち悪いし走りづらい。
そこで登場したのがスポーツブラというものだ。
確かにこれは優れものだ。
走っても全然揺れないし、そこまで違和感もない。
軽い感動すら覚えてしまった。
が、元々男だったのを考えるとこういうので感動してしまうことが悲しくなる。
それほどまでに女の身体に馴染んできている。
と、最悪な事例を挙げたが、まだ最悪なことがある。
それは見た目、つまりオシャレについてだ。
元々裕香が持ってきた服を着ると必ず文句を言う。
「そんなダサい服やめなって言ってるじゃん!わたしの着ていいから」
「嫌だ!これは元々裕香の服なんだから、これを着て当然だろ」
と、毎回言い合っている。
更に…
「メイク教えてあげるからしなさい」
「しない!」
「大学生なんだからメイクくらいするよ、普通」
「しない女だっているだろ」
という言い合いもざらだ。
今のところ、この意見だけは俺が押し切っている。
あんな格好をするのは、あれが最初で最後だ。
今日もジーンズにシャツ、それに無地のリュックを背負って玄関に向かう。
もちろんメイクなどしていないすっぴんだ。
「またそんな服着て…」
「別にいいだろ。じゃあ行ってきます」
「あ、待って…」
舞香が呼び止めるのを無視して、逃げるように家を出て大学へ向かった。
裕哉だろうと裕香だろうと、俺は俺だ。
「あーあ、行っちゃった。せっかく見せたいものがあったのに」
舞香は手に持っていた雑誌をテーブルに置き、パラパラと捲った。
「絶対に自然にこういう風になるようにしてあげるからね、裕香」
ニヤリとしてから雑誌を眺めていた。
「おはよう、君川さん」
「おはよう、前田さん」
裕哉は前田実久という女の子と比較的話すようになっていた。
というのも、実久から話しかけてきたからだ。
本当は男のほうが話しやすいが、今は自分が女だから仕方がない。
実久は真面目でおとなしい女の子だ。
もちろんオシャレにも興味がない感じなので、今の裕哉にはぴったりの友達かもしれない。
ところが、講義が終わった後に、
明るいオシャレが好きそうな女の子たちが突然裕哉のところにやってきた。
確か名前は矢沢…あとは佐々、槙野だったかな。
ジャンルが違う人間なのでうる覚えでしかないが、きっと合っているだろう。
下の名前?そこまで知らないよ。
興味ないから。
「君川さんって下の名前、裕香だったよね?」
「そうだけど…」
「じゃあこれ君川さん??」
矢沢が机に雑誌を置き、開いてあるページの写真を指してきた。
「あっ!」
それはまさしく、こないだ撮影した写真だった。
オシャレな衣装を着て、メイクをして髪をセットして、
笑顔の自分がしっかりと掲載されている。
あきらかに今の自分とは別人だ。
なんでバレた?と思いながら見回すと「モデル 君川裕香」と下のほうに書かれている。
まさか名前を載せられているとは思わなかった。
天を仰ぎたくなる気分だ。
それと同時に一気に恥ずかしさが押し寄せてきて、顔が真っ赤になっていた。
「やっぱり本人なんだ!全然今と違うじゃん!」
「なんでこういう格好しないの?」
「いつから読モやってるの?」
一気に質問攻めにあう。
それをみたまわりの学生たちも群がってきて、一気に注目の的にされてしまった。
裕哉が一番嫌いな状況に陥っている。
実久もこういうのが苦手なのか、スーッと席を立って離れていってしまった。
とりあえず弁明しよう…
「あ、姉に頼まれて今回だけ特別に…」
「え、じゃあやっぱりこの舞香ちゃんがお姉さん??すごく似てるし苗字も同じだから絶対に姉妹だと思ったんだ!」
彼女たちは舞香のことを舞香ちゃんと呼んでいるらしい。
なぜ「ちゃん」を付けるのかわからない。
不思議な世界だ。
「ま、まあ…それが姉だよ」
「すごい!舞香ちゃんがお姉さんだなんて羨ましい!」
どこが羨ましいんだか。
俺にとっては面倒くさい姉としか思わない。
「ねえ、普段はなんでこういう服着ないの?絶対にこっちのほうがいいよ」
どんな服を着ようと、それは個人の自由だ。
俺は今の格好で十分なんだ。
「あ、あまりオシャレとか興味ないから。それ本当に緊急で姉に頼まれただけだし…」
「えー、もったいない!絶対に裕香ちゃんも読モいけるよ」
なれなれしく裕香ちゃんなどと呼びやがって。
俺とお前は友達か?
このあとも質問は止まらない。
それくらい彼女たちのテンションは上がっていた。
それに嫌気をさした裕哉は「ごめん、ちょっと用があるから」といって逃げ出した。
このあとも講義があるが、それどころではない。
今日はもう帰ろう。
それにしても…これから面倒くさいことにならないといいけど…
裕哉はブルーな気分になっていた。