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Butterfly  作者: 姫
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デビュー

すごい照明だ。

こんなに明るくする必要があるのかと思うほどだ。

その証明に照らされているのは、姉の舞香ともう一人のモデル、沙織とか言ったかな、

それと…俺だ。

なんでこんなことになっているんだか…

昨日の今頃は男で、こんなことになるはずじゃなかったのに…

「裕香、聞いてるの?」

「へ??」

あ、そうか。俺が裕香か。

慌てて顔を上げると、奈緒美が怒っていた。

「表情が固いの。緊張しているのはわかるけど、もっと笑顔になれない?」

緊張しているのではない、嫌なのと恥ずかしいからだ。

元々裕哉は、人前に立ったり目だったりすることがとにかく嫌いだった。

ましてや女になり、女の格好をしてメイクなどもしている。

まるで地獄のような気分だ。

カメラマンからも指示が出てくる。

「裕香ちゃん、もうちょっと体を斜めにしてくれる?そうそう、それで笑顔に」

必ず最後に笑顔という言葉が出てくる。

楽しくないのに笑えるはずがないだろう。

逆にイライラしてきて、表情がますますダメになっていく。

何度シャッターを切ってもOKが出ない。

時間は夕方の6時を過ぎていた。

「まずいな…7時までしかスタジオ押さえてないのに」

奈緒美が困った表情をしながら時計をチラチラ見ている。

そんなとき、舞香が奈緒美に向かってお願いをした。

「時間がないのはわかってるんですけど、10分…ううん、5分でいいから休憩させてくれませんか?」

奈緒美は腕を組み、少し考えてから口を開いた。

「5分だけよ」

「ありがとうございます。裕香、来て」

舞香に腕を引っ張られ、奥へ連れていかれる。

どうせ俺のせいで押してるとか文句を言うんだろう。

「アンタ、なに考えてるの」

ほら、怒ってる。

でも俺は悪くない。

騙されてこんなことになったんだ。

むしろここまで協力してやったことに感謝してもらいたいくらいだ。

「お願いだからちゃんとやって!」

「やってるよ。これが俺には精一杯だ」

「ふざけないで!」

いきなり舞香が怒鳴ったのでビクッとなってしまった。

「理由はどうあれ、引き受けたんでしょ!だったら全うしなさい」

「だからしてる…」

「もう高校生じゃないんだよ、そんな子供みたいな考えは通用しないの。この撮影をするのに何十人もの人が関係しているんだよ。スタジオだってタダじゃないんだよ。みんな仕事としてしっかりやっているの。もちろんわたしもそう。ふてくされていい加減にやってるのはアンタだけだよ」

そこまで考えていなかったので、舞香の言葉が胸に突き刺さる。

そうだ、理由はどうあれ俺は引き受けたんだ。

そしてこれは仕事なんだ。

「わかった…頑張ってみる…」

「うん、裕香ならできる!わたしの妹なんだから」

「裕香って呼ぶなよ、姉貴。それに俺は弟だ」

そこだけは譲れなかったので否定すると、舞香の顔が厳しくなる。

「その考えがダメなの。仮に裕哉だとしても、少なくても撮影のときは裕香なの。ちゃんと裕香として臨みなさい。そうすればこなせるから」

撮影のときは裕香…そうか、今の俺は女なんだもんな。

よし、撮影のときくらいは裕香になろう!

「わかったよ…お、お姉ちゃん…」

言ってはみたが、恥ずかしい。

チラッと舞香の顔を見てみると、ニヤニヤしていた。

なんかしてやられた気分だ。

でももういいや、とりあえずキチンと撮影を終わらせよう。

これが引き受けた俺の責任だ。


「まだちょっと固い気もするけど、まあ…いいかな」

時計はちょうど7時を指していた。

奈緒美のOKが出て、撮影はなんとか終了した。

裕哉はもちろんだが、さすがの舞香も疲労困憊だった。

「沙織、お疲れさま」

「お疲れさまでした」

先に沙織がメイク室へ戻っていく。

「舞香、裕香、2人もお疲れさま」

無事に終わったからか、奈緒美が穏やかな表情で声をかけてくれた。

「お疲れさまでした」と返事をしてメイク室へ向かおうとすると、

裕哉だけが呼び止められた。

「な、なんですか?」

「またあのダサい服に着替えるの?」

「ま、まあ…」

それを聞いて奈緒美がため息をつく。

「何を着るかは本人の自由だけど、せめてくたびれたシャツとかはやめなさい。それだけでイメージが悪くなる。それ着ていっていいから、その格好で帰りなさい」

善意で言っているのだろうが、それは裕哉にとって迷惑だ。

撮影が終わればもう関係ない。

少しでも早く着替えたい。

特にスカートが嫌だ。

歩くたびにふわりとする感覚は違和感しかない。

「いや、着替えます…」

「ダメよ」

なんで否定する。

「臨時とはいえ、読者モデルとして雑誌に載るんだから少しは自覚しなさい。これからも何があるかわからないし」

なにか含みのある言い方だ。

これから何もあるはずがない。

でも今日は観念するしかなさそうだ。

この格好で家まで帰るのか…憂鬱だ。

「わかりました…」

こんな会話をしていたら、着替え終わった舞香が戻ってきた。

普段着なのにやはりオシャレだ。

「裕香、帰ろう」

「う、うん…」

舞香が「お先に失礼します」とお辞儀したので、見様見真似で裕哉もお辞儀をして

スタジオを後にした。

「どうだった?初のモデルは」

「二度とやらない。こんなの俺に向いてないのわかるだろ」

「また「俺」なんて言葉を使う」

「もう撮影は終わったからな。俺は裕哉だし」

「往生際が悪いんだね、裕香は」

「裕香って呼ぶなよ」

「ううん、もう裕香としか呼ばないよ。だって裕哉じゃなくて裕香だもん。裕香も裕哉じゃなく、裕香としての人生を歩まないとダメだよ」

そう、俺は裕哉であって裕哉じゃない。

いまだに理由はわからないが、俺は裕香という女の子になっている。

でもそんな簡単に割り切れるはずがない。

それに…

「仮に裕香として生きていくにしても、きっとまさに俺が女になった感じだよ。スマホの中身や持っている服や荷物を見てわかったから。だから、いつか戻るのを信じて気楽にやっていくよ」


あながち間違ってないだろうな。

スタジオに来たときの裕香は、まさに裕哉が女だったらという感じだった。

でもね、そんなの許さないよ。

わたしの妹なんだから、時間がかかっても絶対にオシャレ女子にしてやる。

そうだ、急ぐことはない。

ゆっくりとね。

とりあえず…これだけは言っておこう。

「ねえ、裕香。今の格好、すごくかわいいよ」

「う、うるさい!」

お、顔が赤くなった。

少しは意識してるのかな。

思わず笑みがこぼれてしまった。


かわいいなんて言われても嬉しくない!

それなのに…なんだ、この恥ずかしさは。

この服のせいだ。

早く帰って着替えよう!

2人はそれぞれの思惑の中、家路へと着いた。


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