恋する気持ち
待ち合わせ場所は、駅を出たところにあるスタバの前。
5分前に到着したが、すでに康介が待っている。
「お待たせ…くるの早いね」
「待たせるのが嫌いだからさ。さて、行こうか」
康介が左手を差し出してくる。
手を繋ごう、という合図。
手…繋ぐんだ。
かなり緊張したが、以前手を繋いだことを思い出す。
あのときは心地よかった…また繋ぎたい。
右手で指を絡めて、康介の左手を握った。
やっぱり心地いいな…
少し恥ずかしそうに微笑むと、康介はニコッとしながら歩き出したので
横に並んで一緒に歩き始めた。
康介の歩くスピードは思ったよりも遅い。
裕香はスニーカーなので、普通について行くことができる。
「歩くスピード大丈夫?もう少しゆっくり歩く?」
そっか、わたしに合わせてくれてたんだ。
こういう扱いをされるだけで、キュンとしてしまう。
「大丈夫だよ。気を使ってくれてありがとう」
「今日はスニーカーだけど、普段とかヒールで歩きづらそうだもんな。女の子は大変だ」
「大変だけど、楽しいこともいっぱいあるんだよ。女になってそれがよくわかったし」
「あー…そうなんだね」
康介が少し気まずそうな顔をしている。
そこで裕香は「あっ」と気づいた。
康介は自分を完全に女の子として見てくれている。
男の頃の話なんてしたら、絶対にダメだ。
「ごめんなさい…つい無意識に」
「謝らなくていいよ。過去もひっくるめて裕香なんだから」
やっぱりこの人は大人だ。
5歳離れていると、こんなにも違うものなのか。
そんなことを想いながら目的地へ到着。
「カッコよくかっ飛ばすから応援してくれよ」
康介がバッドを持って打席に入る。
「頑張って!」
やってきたのはバッティングセンター。
今日のデートはスポーツだった。
ジムのインストラクターらしい選択だ。
だから裕香はスニーカーだった。
特に好きなスポーツはないが、体育のときの球技などは
それなりに楽しんでやっていた記憶がある。
だから、このデートも身体を動かして楽しむつもりだ。
康介は1球目から「カキン」快音を響かせる。
「俺、中学まで野球部だったんだ」
道理でうまいはずだ。
何球もかっ飛ばす康介。
裕香はその姿が純粋にカッコいいと思い、見惚れていた。
「はい、次は裕香の番」
「あ、そ、そうだね」
見惚れていて、終わったことに気づいていなかったが、
気を取り直して裕香がバッドを握る。
バッドなんて持つの何年ぶりだろう。
「ちゃんとボールを見て振るんだよ」
「わかってる。任せて」
野球ならやったことあるし、バッティングセンターだって行ったことがある。
それなりに打てた記憶もある。
そう思って、1球目を振ったが、完全な空振りだった。
「あれ?」
「完全に振り遅れてるよ。もっと早く振ってみ」
言われたとおりにやってみる。
今度は当たったが、前に飛ばずにファウルになった。
それでも康介は喜んでる。
「ほら、当たっただろ。その調子」
そっか、これでいいんだ。
今のわたしは、当たっただけでもすごい。
裕哉の頃のような筋力もないしね。
結局、裕香がボールに当たったのは4球だけだった。
それでも。
「楽しかった。けど康介が打ってるの見てるほうが楽しいな」
カッコいいから。
「そうか。じゃあ遠慮なくガンガン打つよ!」
「うん、ファイトー」
康介が打っている姿を、裕香は笑顔で見つめていた。
バッティングセンターの次はボーリング。
裕哉だった頃の最高スコアは160だった。
今はどうなんだろ?
まずは康介から。
1投目は8ピン、2投目でスペアを取った。
「イエーイ」とハイタッチ。
2人でもボーリングは盛り上がる。
次は裕香の番だ。
重いな…こんな重かったっけ?
まっすぐ投げたつもりだったが、ボールは左にそれてガターになった。
「うーん…うまくいかないや」
「ドンマイ。次は倒せるよ」
と言われたが、次もガター。
「わたし運動音痴みたい」
そういいながらも、顔は笑っている。
別に運動できなくてもいいや。
それでもこうやって楽しむことができるから。
男の頃は、スコアがでなかったり、バッティングセンターで当たらなかったりすると
恥ずかしくて悔しい気持ちになった。
男のくせに、とバカにされるからだ。
けど今は違う。
できなくてもバカにされることはない。
それを理解しているので、できなくても気にせず楽しんでいた。
そんな裕香も、ついにピンを倒した。
6投目で2ピンだけ。
「やったー!」
ストライクじゃないのに、スペアじゃないのにハイタッチ。
「次はもっと倒すよ」
「おお、目指せストライク」
コツを掴んだのか、このあともピンを倒していき、
最終的なスコアは70だった。
それでも満足だ。
このあと卓球をして、スポーツは終わった。
「久々に身体動かすと楽しいね」
「だろ。やったらやったで男女関係なく楽しいんだよ。スポーツは」
「うん!またスポーツしようね」
「もちろん。じゃあご飯食べようか。裕香は何が好き?」
「んー…」
体型を気にして低カロリーだったり、
糖質オフのものばかり食べているので、たまにはおいしいものが食べたかった。
「ハンバーグが食べたいかも」
「だったらおいしいお店あるから行こう」
康介は裕香が喜ぶことを何でもしてくれる。
こんな素敵な人が彼氏だったら…
裕香は帰るまでずっとそう考えていた。
「今日はありがとね。ホントに楽しかった」
「俺のほうこそ。次は裕香が遊びたいところ行こう」
「どこ行きたいんだろ…」
「すぐに決めなくていいよ。なんとなく考えてくれたらいいから」
「うん、そうする。またね」
握っていた手を少し名残惜しそうに離し、笑顔で手を振る。
康介も笑顔で手を振ってくれた。
背を向けて歩きながら思った。
多分、わたしは康介が好きだ。
でも今すぐ付き合うつもりはない。
それは、今のわたしでは不釣り合いだからだ。
康介は優しくてカッコよくて、大人だ。
それに対して、わたしはまだ大学2年生。
読モも駆け出し。
すべてがまだまだ半人前だ。
今ならお姉ちゃんの気持ちがわかる。
お姉ちゃんは、あえて彼氏を作らない。
モデルとして一人前になってないと思っているから。
わたしも同じように、もっと社会を知って、モデルをしっかりやって、
一人前になって釣り合うようになったら告白しよう。
きっと、康介ならそれまで待ってくれるはずだ。
新しい目標ができた裕香は、胸を張って歩き出した。
コーヒーを飲みながら、明日発売されるLaLaの最新号を見る。
そこに写っている裕香は、他のモデルと遜色ないくらい輝いて見えた。
ホント、見事に見違えちゃって。
奈緒美の予定通り、3か月で裕香を売り出すプランは、この最新号で終了。
あとは読者が、どう判断を下すか。
それでも奈緒美は信じている。
裕香がみんなに認められて、蝶となって羽ばたくことを。