デートの成果
LaLa最新号の発売日。
つまり水着紹介が載っている号だ。
すぐに見たい気持ちもあったが、大学へ行けば美沙たちが買っているので
どうせならみんなと一緒に見ようと思い、そのまま大学へ向かった。
案の定、美沙たちが真っ先に裕香のところへやってくる。
「裕香、めっちゃスタイルいいね!」
そう言ってくれたのは美月だ。
美沙はオフショットで見ているので、特には言ってこない。
「ありがとう。どんな感じに載ってる?」
「あれ、見てないの?」
「うん、まだなの。ちょっと見せて」
LaLaを覗き込む。
この夏着たい水着特集というタイトルで、まず3人の水着姿が載っていた。
その姿は、珠理奈や真夏と並んでも遜色ない。
一人で写っているものも、見事に着こなせていて、改めて自信が湧いてきた。
水着、やってよかったな。
「この水着可愛いけどわたしには無理だ。こんなスタイルよくないもん」
「有紗なら全然着れるでしょ」
「無理無理!マジでお腹出てるもん。痩せないと水着着れない」
「わたしもダイエットしないと」
そんな話をしながら盛り上がった。
大学が終わったあとは、奈緒美との打ち合わせだ。
待ち合わせ場所着くと奈緒美のほかに玲衣も一緒だった。
「遅くなりました」
そういいながら席に着くと、玲衣が笑顔で手を振っていた。
やはり玲衣の笑顔は癒される。
裕香も笑顔で軽く手を振った。
「じゃあ早速仕事の話ね」
奈緒美の一言で姿勢を正す。
「次の号で、夏のデート服を特集するの。2人ともよろしく」
玲衣は「はーい」とおっとりした感じで返事をしている。
裕香も「はい」と答えた。
デート服か、可愛いの着られるのかな。
そんな感じでワクワクしていたら、奈緒美が言ってきた。
「これはいつもの笑顔じゃなくて、実際にデートする女の子の気持ちになって嬉しそうな表情じゃないとダメだからね」
その一言で裕香は理解した。
ああ、そういうことだったのか。
「奈緒美さんだったんですね」
思わず裕香は聞いてしまった。
「そういうこと。怒ってる?」
その問いに、裕香は首を横に振った。
「最初はすごく緊張したし嫌だなって思ったけど、実際は本当に楽しかったし素敵な経験をさせてもらいました」
「ならよかった」
奈緒美はその一言だけいって微笑んだ。
事情を知らない玲衣はキョトンとしている。
「なんの話?」
「玲衣ちゃんには内緒」
「え、ずるい!教えてよ」
「んー、あとで教えますね」
「そうだよ、まだ仕事の話が終わってないんだから」
「うー」といいながら頬を少し膨らましている玲衣がとても可愛かった。
デート服か、楽しみだな。
待ち合わせのイタリアンに着く。
まだ来ていないみたいなので、とりあえず予約していることを定員に伝え、
案内された席に座った。
5分くらいして、待ち合わせの相手がやってくる。
「遅れてごめんね」
「いえ、こちらこそ急にすいません」
舞香の対面に座り、バッグを荷物起きのカゴに下ろした。
「とりあえず先に注文しよっか」
「そうですね。ここのパスタおいしいんですよ」
そういいながら舞香と珠理奈はメニューを見てから注文した。
「舞香ちゃんと会うの2回目だから新鮮な感じ」
「そうですよね、なんで一緒の撮影にならないんだろ?」
「ねー」と言ってから珠理奈が笑う。
このあと一瞬の間があってから、舞香はお礼をした。
「こないだは妹がお世話になりました」
「ホント律儀だよね。そんなの気にしなくていいのに」
「そういうわけにいかないですよ。珠理奈さんのおかげで裕香変わりましたから」
「どう変わった?」
「なんかうまく説明できないけど…普通の女の子っていうか」
それを聞いて珠理奈がニコッとする。
「やっぱり恋って大事でしょ。それがわかってもらえてよかったよ」
「珠理奈さんはそこが足りてないって気づいてたんですか?」
「まあね。うまくいく恋もあればいかない恋もある。それを繰り返して人は大人になるんだから」
やっぱり珠理奈さんは大人だな。
そう思うと同時に、自分の不甲斐なさを痛感し、下を向いた。
「本当はわたしがそれを裕香に教えなきゃいけなかったんですよね」
「舞香ちゃんさ、なんでも抱え込まなくていいんだよ」
その言葉を聞いて顔を上げる。
「姉だからって、なんでもかんでも面倒見る必要はないよ。確かに裕香はちょっと特別だよ。女の子としてのことを教えてあげなきゃいけないこともあるよ。けどそれを舞香ちゃんが一人で背負うことはないんだから」
普通ならそうだろう。
しかし舞香は違う。
過去のいきさつがあるので、自分がしっかりと裕香を一人前の女の子にしないといけない。
それがずっと頭の中にある。
だから教えてあげられるものは何でも教えるし、力になれることがあれば何でも力になる。
舞香は常にそう思っている。
「でもわたしが姉だから…今まで裕香の面倒見てあげられなかったから…」
珠理奈がため息をつく。
「強情なところが裕香にそっくり。やっぱり姉妹だね」
そうかもしれない、裕香も折れないけど、わたしも折れない。
「けどね、裕香のこと放っておけないと思うのは舞香ちゃんだけじゃないんだよ」
舞香の顔がハッとなる。
「わたしもそう、奈緒美さんもそう、ほかのモデルの子たちだって。裕香を知っている人たちはみんな裕香のことを妹みたいに思ってるんだよ」
みんながそういうふうに思っていることは薄々気づいていた。
無意識にそう思わせるのは裕香の魅力なのかもしれない。
「だからさ、みんなで裕香のことを見ていこうよ。それに舞香ちゃんは近くにいすぎて、見えなかったり気づかないこともあるだろうしさ」
そうかもしれない。
少なくとも今回の恋に関して舞香は気づいていなかった。
それに珠理奈も奈緒美もほかのモデル仲間もみんな頼りになる存在だ。
裕香に必要な存在だ。
わたし一人だけじゃない。
「よろしくお願いします」
舞香が頭を下げる。
「任せて。裕香はみんなの妹だから。あ、こんな言い方すると本当の姉の舞香ちゃんに失礼かな?」
「そんなことないですよ。逆にみんながそう思ってくれてることが姉として誇らしいです」
このタイミングで料理が運ばれてくる。
「おいしそう、いただきまーす」
珠理奈と食事をしながらいろいろ話をした。
もちろん裕香のことだけじゃなく、モデルのことや服のこと、日常のこと。
やっぱり珠理奈は素敵な人だなと思った。
この人なら裕香を任せられる。
任せるといっても、舞香が裕香と距離を置くとか、そういうことじゃない。
姉としてできることをして、姉としてできないことを珠理奈やみんなに任せる。
それが裕香にとって一番大事なこと。
そのことに気づいた舞香だった。
「はい、じゃあ準備したらこれを着て」
裕香が奈緒美から渡された衣装は、レースのブラウスにサテンプリーツのスカート。
かわいいな、これ。似合うかな?
そんなことを思いながら準備に入る。
着替えが終わったらすぐに撮影だった。
カメラの前に立つと、裕香はお願いをした。
「すいません、1分だけ時間をください」
その1分が何を意味するのか奈緒美はすぐに理解した。
「いいよ。準備できたら教えて」
「はい」と返事をして目を閉じた。
他のスタッフは「?」という感じだったが、裕香は気づかず自分のことに集中した。
この格好で待ち合わせ場所に行く。
裕香を見て笑顔で手を振る男性。
男性はイメージしやすい康介だ。
それだけで裕香はドキドキしていた。
大丈夫!この気持ちだ。
自分にいい気かせて目を開けた。
「お願いします」
少し照れたような笑みを浮かべ、次々とシャッターが切られていく。
少しポーズを変えたりしても、その表情は変わらない。
撮った写真を確認して「OK」が出ると、すぐに次の衣装へ着替えに行った。
カメラマンの寺内が奈緒美に言う。
「なんか今日の裕香ちゃん、表情が今までと違ったね。すごくよかった」
「やっぱりわかります?」
「そりゃ今まで何度も撮ってるからね」
「さすがですね」
そういいながら奈緒美は微笑んでいた。
撮影も無事に終わり、控室に戻って着替えようとしたところで奈緒美が呼び止める。
「いい表情だったよ。期待通り…ううん、それ以上かな」
こんなふうに奈緒美から褒められたのは初めてだ。
嬉しさがこみ上げてくる。
「ありがとうございます!」
「ホントに。恋する乙女って感じだったね」
そう横から会話に入ってきたのは、一緒に撮影した玲衣だ。
「その言い方やめてください!本当に恋してるわけじゃないんですから」
裕香が子どもっぽく頬を膨らます。
「康介さんだっけ?好きじゃないの?」
「だから違います!まだそんな感じじゃないんですって。もう!」
玲衣にからかわれながら2人で控室に戻っていく。
その様子を眺めながら奈緒美は思った。
裕香はわたしの計画通り3か月で見事にやってみせた。
あとは裕香をトップの人気モデルにするだけ。
必ずしてみせるって約束するから。
家に帰ってから、口頭でまず舞香に報告。
次にLINEで珠理奈に報告。
あとは…LINEで報告しようか迷ったが、直接電話することにした。
ちょっと声も聞きたいし…
3回ほどコールが鳴って、「もしもし」という声が聞こえた。
ああ、久しぶりに聞く声だ。
それだけで少しドキドキする。
声を聞くのはプールに行って以来だから2週間ぶりだ。
「あ、裕香です…」
「うん、久しぶりだね。元気だった?」
「元気だったよ。あの、康介は…元気だった?」
「もちろん。けど裕香の声を聞いてもっと元気になった」
ちょっと、そんなこと言わないでよ。
恥ずかしくなる…きっと今わたしの顔は真っ赤だろうな…
思わず何も話せなくなる。
「あれ、裕香?聞こえてる?」
「あ、うん。聞こえてる…」
「急に黙ったから」
「康介が変なこというから…」
「そう?本当のこと言ったんだけどな」
「バカ…」
本当にバカ…
康介は電話越しに笑っていた。
「で、何かあったの?それとも話したかった?」
「あ、そうだ」
目的を忘れるところだった。
「今日撮影だったんだけどね、うまくいったからそのお礼を言おうと思って」
「ああ。あのデート服の紹介ね。うまくいったのか、よかったね」
「うん、ありがとう。康介たちが協力してくれたから」
「本当にありがとう」と改めてお礼をいう。
「俺も楽しかったんだからお礼なんていいよ」
楽しかったと言ってもらえたことが素直に嬉しい。
「じゃあさ、うまくいったお祝いに今度の日曜日遊びに行こうか。2人で」
「え?」
思いもよらぬ言葉に驚く。
「それにさ、今度遊ぼうねって約束もしたじゃん?」
した。
確かに約束した。
でもそれが急に決まると話は別だ。
裕香の心臓の鼓動は最高潮に達している。
康介の笑顔、あのとき繋いだ手の感触、すべてが鮮明に蘇ってくる。
康介に会いたい…
「ダメかな?」
ううん…
「ダメじゃない…」
「よし」と嬉しそうな康介の声が返ってくる。
「じゃあ楽しみにしてる。時間とか場所はまたあとでLINEするから」
「うん…わたしも楽しみにしてる…」
そう返すのが精いっぱいだ。
電話を切ってもドキドキが止まらない。
どうしよう、今度こそ本当のデートだ…
しかも2人きりで…
「何を楽しみにしてるのかな?」
振り返ると舞香が立っていた。
「ちょ、お姉ちゃん!」
「お姉ちゃんはちゃんと聞いてたぞ。康介くんとデートか。裕香もやるね」
「そんなんじゃな…」
そんなんじゃないと言いかけたが止まった。
そんなだからだ。
これは立派なデートだ。
「うん…康介とデート…」
舞香がニコッとする。
「いいじゃん。また楽しんできなよ。わたしは遠くから裕香の恋愛の行方を見守ってるからさ」
「まだ恋愛とかじゃない!」
「けど嫌いじゃないんでしょ?」
「うっ…」
その通りだから反論できない。
「まあいいや。とりあえず何回か遊んで好きだと思えば付き合えばいいんだし。今は深く考えないで遊んできなよ」
舞香の言う通り。
今は深く考えるときでない。
単純にデートを楽しもう。
「そうする…」
「ま、姉としては早く妹に彼氏ができたほうが安心するんだけどね」
「うるさい!お姉ちゃんこそ作ればいいのに」
舞香は「あはは」と笑っている。
裕香はこのあともずっとドキドキが止まらなかった。