Wデート2
更衣室の外では翔太と康介が話をしながら2人が出てくるのを待っていた。
2人とも締まった体系をしていて海が似合いそうだなと思った。
特にジムのインストラクターをしている康介は細マッチョでボクサーのような
体系をしている。
すごい締まってる…筋肉がすごい。
元男だった裕香は完全な女性体型なので、異性を見る目になっていた。
もちろん逆に康介たちもそうだ。
「2人ともセクシー!特に裕香ちゃん、めっちゃ細いね」
と言ってくれたのは康介だ。
「ホントですか?ありがとうございます」
ここでも裕香は堂々としている。
やっぱり恥ずかしくない!
ますます自信が出てくる。
そして別に今日無理矢理恋愛をする必要もない。
ただわたしは自分を可愛く見せればいいだけ。
どうやれば可愛く見えるのかわからないけど、とりあえず思いっきり楽しもう。
裕香は無意識に笑顔を浮かべていた。
「翔太、写真撮って」
「はいよ」
いつの間にか珠理奈が翔太にスマホを渡している。
「裕香も一緒に」
「わたしじゃなくて翔太さんと二人で撮りなよ」
「これはインスタ用。裕香とプール来たよって。何枚か撮るから裕香もあとで載せな」
ああ、確かにインスタ載せるなら絶好のシチュエーションだ。
珠理奈と並んで何枚か写真を撮る。
撮影と違うのに無意識にポーズを取っていて珠理奈に怒られる。
「これはプライベートでしょ。そうだハグしよ!」
といって珠理奈が両手を広げている。
裕香も両手を広げてから珠理奈に抱きつき、2人とも顔だけをスマホに向けて撮影。
そのあとピースをしたり、グラビアみたいなポーズをしたり、
いかにもプライベートっぽい写真を何枚も撮ってもらった。
もうこれだけで裕香は楽しくなっている。
「じゃあ今度は4人で撮ろ!」
そういって近くにいた人にお願いをして撮ってもう。
これはインスタ用ではなく、完全プライベート。
左から翔太、珠理奈、裕香、康介と並んだ写真を見せてもらうと、
珠理奈と翔太、裕香と康介のカップルのように感じた。
ああ、傍から見たら確かに康介さんとカップルに見えるのかも。
実際は違うのにそう見えることにクスクスと笑ってしまった。
「なにがおかしいの?」
康介がそう聞いてきたので「別に」と笑顔で答えてから
裕香は真っ先にプールに飛び込んだ。
このあと、流れるプールで泳いだり、ウォータースライダーで遊んだり、
たくさんはしゃいで、今はレンタルした大きな浮き輪に裕香と珠理奈が
それぞれ乗って浮いていた。
珠理奈の浮き輪には翔太が掴まっていて、裕香の浮き輪には康介が掴まっている。
やっぱりこれじゃカップルにしか見えないな…
ちょっと聞いてみようかな。
「康介さん、わたしたちってカップルに見えてるんですかね?」
「そうかもね。だったら本当のカップルになる?」
「え?」
突然そんなことを言われたので返答ができない。
康介はいい人だけど、まだよく知らないし付き合うなど考えてもいなかった。
なんて答えればいいんだろ…
「冗談だよ。あははは」
「冗談…」
「いくら裕香ちゃんが可愛いからって、初めて会ってプールで遊んでる最中に付き合おうなんて言うほどバカじゃないから」
康介はまだ笑っていて、それを聞いていた珠理奈たちも笑っている。
ムカつくー!
「もう知らない!えい」
裕香は浮き輪を掴んでいる康介の手を浮き輪から引っぺがす。
「こら!」
康介は剥がされないように力を込める。
そんなことをしている間にバランスが崩れて裕香は浮き輪から落下して
プールの中にザブンと落ちてしまった。
「最悪~」
「ごめんごめん、大丈夫?」
「大丈夫です。浮き輪から落ちちゃった…」
そういってから2人は笑っていた。
大きい浮き輪だから一度上がらないと乗れないや。
康介もそれを察し、珠理奈たちに声をかける。
「一回上がる。適当に流れてて」
「はーい」
珠理奈と翔太はそのまま浮き輪で流れていき、ここで康介と2人だけになった。
康介が浮き輪を上げてから自分も上がる。
次は裕香が上がる番だ。
すると康介が手を差し伸べてくれた。
「掴まって」
一瞬迷ったが、裕香はその手を掴んだ。
すると、康介が力強く握りしめてから、一気に裕香の身体をプールから持ち上げた。
「重くなかったですか?」
「全然、裕香ちゃん身長のわりに軽いよね」
康介は何事もなかったかのようにしている。
そして浮き輪を再びプールに置き、流れていかないように手で押さえていた。
「はい、乗って」
「あ、ありがとうございます…」
裕香が浮き輪に乗ったのを確認してから、康介もプールへ戻り、ゆっくりと流れ始めた。
珠理奈たちとはすでに半周くらいの距離になっている。
完全に2人きりは結構緊張する…早く追い付かないかな。
そんなことを考えていたら、康介がいってきた。
「裕香ちゃんって男と遊んだりするの慣れてないんだよね?実は事前に珠理奈ちゃんから聞いててさ」
素直に「はい」と答える。
「どう?こうやって遊んでみて」
「最初は緊張したけど、今は楽しいですよ」
「俺と2人になっても?」
「楽しい…ですよ。でもちょっと緊張てます」
「素直なんだね」
康介は笑みを浮かべてから続けた。
「提案なんだけどさ、今日だけ恋人にならない?本当に付き合うとかじゃなくて、裕香ちゃんに付き合うとこんな感じなんだよっていうのを知ってもらいたいんだ」
今日だけの恋人…
急にドキドキが増してくる。
NOと言えばこの話は終わりだ。
それなのにその一言がすぐに出てこない。
裕香はチラッと遠くにいる珠理奈たちを見た。
2人は楽しそうに流れている。
そのあと周りを見渡してみるとカップルが何組もいて、みんなやはり楽しそうにしている。
そして何よりも幸せそうに見えた。
本当に付き合うとかじゃなくても、そういう感じになれるのかな…
裕香はゆっくりコクンと頷いた。
「よし、じゃあ今日は俺の彼女だからね」
「はい…」
自分で決めたものの、「彼女」と言われると恥ずかしい気持ちになる。
「彼女だから、裕香って呼ぶよ。だから裕香も俺のことは康介、もちろん敬語もなし。わかった?」
「は、はい…」
その返事を聞いて康介が笑った。
「はい、じゃ敬語だよ。俺の名前呼んでみて」
「こ、康介…」
名前を呼ばれて康介がニヤニヤしている。
「な、なんで笑ってるの?」
「裕香に名前呼んでもらえたから」
「だって康介さ…康介が呼んでって言ったんだよ!」
「照れながら呼ぶのが可愛かったんだよ」
そう言われて顔が熱くなる。
「そういうこと言わないで!恥ずかしいから!」
聞いた康介は「あはは」と声を出して笑っていた。
少しムッとした裕香が康介の顔に水をかける。
「こら」
「笑った罰!」
そういって今度は裕香が笑う。
なんか楽しいかも。
「どうする?翔太たちに追いつく?」
迷ったが、もう少しこの疑似カップルを楽しみたいと思い、横に首を振った。
「まだいい…」
「オッケー。じゃ2人で楽しも!」
裕香はこのあと、しばらく康介と2人きりだった。
康介がうまく誘導してくれるので、裕香の緊張も少しずつほぐれ、
10分もすると普通に会話できるようになっていた。
「そっか、裕香はジムとか言ってないのにそんな細いんだ」
「たまにお姉ちゃんと走ったりはしてるけどね」
「けど、それだけで維持できてるのはすごいよ」
「一応食事も気を使ってるから。でももう少しクビレがほしいなって思ったりもしてるの」
「クビレね、だったら腹斜筋を鍛えるといいよ。捻じることで腹斜筋が鍛えられてクビレができるようになるから」
「捻じるって?」
「あとで教えてあげる」
さすがジムのインストラクター。
ボディメイクはお手の物だ。
そんな話をしていたら後ろから珠理奈たちが追い付いてきた。
「おーい」
「珠理奈さーん」
「なんか2人ともいい感じ」
そう言われて、恥ずかしくなりかけたがカップルなんだから恥ずかしくないと思いなおす。
そして康介が先に言ってくれた。
「俺たち、今日だけ恋人になったんだ。ね、裕香」
「うん、康介」
珠理奈と翔太がポカーンとしているので、事情を説明する。
すると「いい案」と2人が言ってくれた。
「なら今日は完璧なダブルデートだね」
「そういうこと」
このあと4人は一度プールから上がる。
「お互いカップルなら気にしなくていいよね?」
そういってから珠理奈と翔太が手を繋いで歩いてた。
それを見て、康介もそっと裕香の右手を握ってくる。
「手…くらいはいいよね?」
「うん…」
裕香は康介の左手を握りしめた。
男の人と手を繋ぐってこういう感じなんだ。
悪くないかも…
その後も、本当に付き合っているような感じで康介が接してきて、
珠理奈と翔太も優香たちが付き合っているように接してきたので、
裕香は本当に康介の彼女になった気持ちになっていた。
それが思った以上に楽しく、幸せな時間だった。
帰る時間になり、今は更衣室に珠理奈といる。
「裕香が楽しそうでよかったよ」
「本当に楽しかったです。誘ってくれてありがとうございました」
ペコリとお辞儀をする。
珠理奈はニコッとしながら裕香に問いかけた。
「それで、今日だけとはいえ初の彼氏はどうだった?」
「思った以上によかったです…」
それが素直な感想だった。
男性から女性扱いされ、女性として男性と接し、仮とはいえ彼女になり彼氏ができた。
そのことが、より自分が女だと意識させられた。
そんな自分が嫌ではない、むしろ幸せだった。
そこでやっと裕香は気づいた。
わたし、男の人が好きなんだ。
「彼氏っていいですね」
「欲しくなった?」
「はい。わたしも彼氏ほしいです」
珠理奈が「うんうん」と頷いている。
「そう思えただけで誘った甲斐があったよ。で、康介くんは恋愛対象にならない?」
それは裕香も考えていたことだ。
今日が初対面だが、ああいうふうになって本当に楽しかった。
本当の恋人なんじゃないかと錯覚しそうになるくらいに。
特に手を繋いで歩いているときが一番うれしい気持ちになった。
しかし、それはあくまでも今日だけのこと。
まだまだ康介の知らないところもたくさんある。
それと同時に、男性と遊んだのは今日が初めてなので、
まだまだ康介一人に絞るには早すぎる。
そのことを話すと、珠理奈も納得してくれた。
「裕香がそう思うんなら、それでいいと思う。男性は康介くんだけじゃないからね。これからいろんな男性と出会って、遊んだりデートしたりして、それでも康介くんがいいって思ったら康介くんに絞ればいいんだから」
「けど向こうにも選ぶ権利はありますよ」
「ん?そんなの気にしなくていいよ。恋愛は女主導、これがわたしの考えだから。だから裕香も相手を気にせず自由に恋愛しなさい」
わかるような、わからないような…
とにかく本当に好きだと思う人を見つけよう。
このあと家まで送ってもらい、車から降りる。
「珠理奈さん、翔太さん、そして康介さん。今日はありがとうございました」
ここで今日だけのカップルも終わるので、康介を呼び捨てにするのはやめた。
ところが。
「康介のままでいいよ。今日だけのカップルは終わりだけど、俺はこれからも裕香って呼びたいし、康介って呼んでもらいたい。だからまた遊ぼう」
そういってもらえたことは素直に嬉しかった。
この人は本当にわたしを一人の女として見てくれている。
裕香は笑顔で康介の顔を見た。
「うん、また遊ぼう。康介」
それを見ていた珠理奈と翔太はニコニコと微笑んでいた。
「ただいまー」
裕香の元気な声が聞こえてきたので、舞香がは「おかえり」と出迎えた。
早く感想が聞きたい。
はやる気持ちを抑えきれず、すぐに問いかけた。
「どうだった?ダブルデートは」
「楽しかったよ!」
即答だったことに少し驚いたが、それだけ楽しかったということだ。
ここから先は裕香がペラペラと話してくる。
「今日だけのカップルかぁ。初彼氏はどうだったの?」
「すごくいい!彼氏欲しがる子の気持ちがわかったもん」
そう言ってる裕香が今までと違って見えた。
どう見えたかというと、どこにでもいる普通の女の子だ。
今までの裕香は、見た目も身体も声も話し方も仕草も女だった。
もちろん舞香の中でも裕香は女だし妹と認識していた。
けど、何かが足りていなかった。
それが、この恋愛に対する考えだ。
その最後のピースが埋まったことで、裕香は正真正銘の女の子になった。
よかったね、裕香。
楽しそうに話をする裕香を見ながら、舞香は心の中でそうつぶやいた。