提案
撮影以外で奈緒美に呼び出されるのは久しぶりだ。
待ち合わせ場所に行くと奈緒美以外にもう一人女性がいた。
「珠理奈さん…」
「あ、舞香ちゃん。はじめまして、1度も撮影一緒になったことないもんね」
「そうですね。こないだは妹がお世話になりました。珠理奈さんがいっぱい助けてくれたって」
それを聞いて「たいしたことしてないって」と笑っている。
本当に大人っぽい人だな、珠理奈さん。
舞香は椅子に座りながら奈緒美に聞く。
「それで今日はどうしたんですか?珠理奈さんも一緒なんて」
「珠理奈も一緒っていうことは察しがつくんじゃない?」
つく。
間違いなく裕香のことだ。
「裕香、なにかやらかしました?」
「まったく。裕香は頑張ってるよ」
だったら何だ?最近なんでみんなハッキリと言わないんだ。
ちょっとストレス。
「何です?」
「次の企画の相談」
なら最初からそう言えばいいのに。
少しイラっとしてしまった。
「裕香で夏のデート服をやろうと思ってるの。どう思う?」
「いいと思います。あの子ならどんな服でも着こなせると思いますから」
「本当にそう思う?デートってワクワクするものでしょ。撮影にはデートをイメージして臨んでもらいたいの。ちゃんと楽しみにしている表情で」
奈緒美が言いたいことも望んでいることも理解できた。
それなら舞香はこう答えるしかない。
「多分、無理だと思います」
「舞香ちゃんも裕香から聞いてるんだね」
そう言ったのは珠理奈だった。
珠理奈が恋の話をしてから裕香は恋をしたことがないのに気づいた。
それを奈緒美に話したんだろう。
「あの子、それで悩んでました。でもいつかはきっと恋をするはずです!だからその企画は裕香じゃない子でお願いします」
「ダメ、裕香でいきたいの」
「だって奈緒美さんが望んでいるようには…」
奈緒美が舞香の言葉を遮るようにかぶせてくる。
「わたしね、3か月で裕香をみんなが認めるモデルに育てるって決めていたの。最初は舞香とのインタビューで裕香を知ってもらう、次の月で水着になってもらって女性の身体というのを知ってもらう、そしてその次がデートを楽しむ恋する女の子をやってもらって、読者のみんなに裕香が普通に女の子だよって知ってもらいたいの」
奈緒美さんがそんな計画を立てていたなんて知らなかった。けど…
「なんでそこまで裕香のことを」
「ハッキリいってしまえば特殊だから。あの見た目で普通に女の子だけど元は男の子、そんな子が読モになったんだからいろいろ考えて当然でしょ。あともう一つ、裕香はすごく魅力の詰まった子だと思ってる。それを読者に伝えたい。そのためには何としてもデート服をやってもらいたいの。女の裕香をLaLaでさらけ出したいの」
奈緒美の本気が伝わる。
まさかそこまで裕香のことを考えていたなんて思ってもいなかった。
姉としてはとても誇らしい。
でも…
「やっぱり無理です。もう少し長い目で見てあげられませんか?」
「こういうのはね、早めにやらないと意味がないの。新しいモデルも出てくるし、上には舞香や友梨絵、珠理奈、ほかにもモデルがたくさんいる。ゆっくりやっていたら裕香が埋もれちゃうの。わたしは裕香を舞香と同じくらい人気のあるモデルにしたいから」
人気が出れば載るページも増える。
逆に人気が出なければページは減っていく。
奈緒美は本気で裕香を売り出そうとしていた。
しかしどう考えても不可能だ。
「奈緒美さんがいった意味は理解しました。裕香をそこまで考えてくれてるのも本気で嬉しいです。けど、恋をしたことがない人間が短期間で恋なんて…」
「別に本気で恋をしろっていうんじゃないの」
「え?」
そこから珠理奈が奈緒美に変わって話し始めた。
「多分だけど裕香ってデートもしたことないと思うんだよね」
その多分は正解だと思う。
「だから恋愛うんぬんは置いておいて、デートしてもらおうって思ってるの。まあ厳密にはデートというか男性と遊ぶ感じかな」
それならできるかもしれない。
ただ、いきなり男性と遊ぶなんて大丈夫なんだろうか…
きっと裕香は女になってから女として男性と遊んだことなどないだろう。
とてもうまくいくとは思えない。
答えない舞香に珠理奈が聞いてくる。
「心配?」
「それは…はい」
「安心して、わたしも一緒だから!」
「珠理奈さんと?ってことは…」
「うん、ダブルデート。わたしの彼氏とその友達とね」
裕香は珠理奈がすごくしっかりしていて、尊敬できると言っていた。
実際に舞香も珠理奈に会ってその辺は理解できた。
珠理奈さんになら…任せられる。
「実際にデートってなればドキドキやワクワクがあるはずだから、撮影のときにそれを思い出してもらえれば、きっといい表情になると思うんだ」
そう言ったのは奈緒美だ。
ここまでくれば舞香の答えは一つしかない。
それに、きっと本当に女の子として男性とデートをすれば男性に対しての見方も
変わるはずだ。
「よろしくお願いします」
ただ、気になったことが一つ。
「これ、わたしに言う必要あります?」
「舞香は裕香の保護者みたいなもんだから一応許可を取ろうと思って」
「保護者って…もうあの子は子供じゃないですよ」
「けど大人でもない。まだ蛹だから」
「蛹?」
「うん。蝶になって羽ばたくには手助けがいるんだよ。それを一番身近で助けられるのが舞香なんだから」
言われて舞香は気づいた。
そっか、あの子は確かに女の子になったけど、それだけだ。
女の子じゃなく女性になるためにはまだまだ足りないことがたくさんある。
それを手伝うのは姉であるわたしの役目だ。
いつまでもわたしに憧れて追いかけるんじゃなく、
裕香という一人の女性になってもらうために。
「わかりました。裕香を立派な蝶にします」