新たな悩み
このあと3人で撮影してから別の水着に着替え、
それも撮影して無事に終えることができた。
「楽しかったね」
「はい、珠理奈さんと真夏さんのおかげです」
「困ったことがあったら何でも相談して。あ、こんなこと言ったら舞香ちゃんに怒られるかな」
裕香は首を横に振った。
「そんなことないです。珠理奈さんはお姉ちゃんと違う頼もしさがあって、本当に助かりました」
それを聞いて珠理奈は「ふふっ」と笑っていた。
「じゃあ舞香ちゃんが教えられないようなことをわたしが教えてあげる」
「嬉しい!ありがとうございます」
「特に彼氏とのエッチのこととか」
いきなりそんなこと言われて顔が真っ赤になる。
「ちょっと珠理奈さん!」
「だって舞香ちゃんには聞けないでしょ?」
そりゃそうだけど…彼氏なんて考えたこともなかった。
というより、男性を好きになるのが想像できない。
「彼氏いないの?」
「い、いないですよ」
「好きな人も」
「はい…」
「そっか、女の子になったばかりだもんね。けど大丈夫だよ、裕香は普通に可愛いし、まわりからもっと当たり前のように女の子扱いされれば、自然に好きな男性ができるし彼氏もできるよ」
彼氏…男を好きになることなんてあるのかな…
わたしは女になりたくて女になったけど、
それはお姉ちゃんみたいになりたいと思ったからで、男性が好きだからではない。
ただ、今まで好きな女性がいたかと言われれば答えはNOだ。
ここにいる珠理奈、真夏、モデル仲間の友梨絵や玲衣、大学の美沙、
みんな大好きだが、それは同性としての好き。
つまりLIKEでLOVEではない。
わたしは恋をしたことがない…
新たな悩みが裕香に訪れていた。
「ただいま」
「おかえり。撮影どうだった?」
「すごく楽しかったよ」
そういう割には浮かない顔をしている。
放っておくのもかわいそうだ。
「なんか嫌なことあった?珠理奈さん?」
裕香は横に首を振る。
「珠理奈さんはすごくいい人だった。真夏さんも」
「だったらどうしたの?」
「お姉ちゃんって彼氏作らないだけで恋はしたことあるよね?」
「それはもちろん…」
彼氏がいた時期だってちゃんとある。
「だよね。今はモデルに全力だから作らないって言ってたもんね」
「そうだよ、彼氏作らなくても充実してるし。あれ?あえて作らないって話を裕香にしたっけ?」
「前の裕香のときに聞いた」
裕香が実際に女で読モやっていたという話か。
いまだに半信半疑だけど…言ってないことを知ってるのを目の当たりにすると
何とも言えない気持ちになる。
そんなことより彼氏がどうとか恋がどうとか…さては。
「好きな人できた?」
「できない」
なんだそれ?肩透かしもいいところだ。
「じゃあ何なの?」
「珠理奈さんにね、いつか彼氏できるよって」
今の裕香を見ればできて不思議ではない。
むしろ妹ながら、いて当然に見えるくらい可愛いと思う。
ただし、トランスジェンダーということを受け入れてくれれば、というのが前提だ。
極論から言えば、裕香はもう戸籍も女だから男性と結婚できる。
しかし、子供を産むことは不可能だ。
まだ結婚とかいう話ではないが、結局はそういうことだ。
そのことで悩んでいるのかな?よし。
「大丈夫だって。絶対に裕香のこと理解してくれる男性が現れるから!」
「そうじゃないの」
え、これも違うの?
もう裕香が何で悩んでいるのかわからない。
舞香は単刀直入に聞くことにした。
「裕香、ハッキリ言って。じゃないとわかんないよ」
「今までね…1度も恋をしたことがないの。ずっと男なんて好きになったことないから彼氏と言われても想像つかないし。けど裕哉だった頃、女を好きになったこともなかった。わたしは恋を知らないの…」
確かに裕哉だったとき、彼女がいた雰囲気はまったくなかった。
それでも好きな子の1人や2人はいたと思っていた。
うーん…
「仮にだけど恋人ができたとしたら彼氏と彼女、どっちがほしい?」
「わかんないよ。本当に男の人と恋愛なんて考えたことないし、かといって女の人は同性にしか見えないし…」
今の答えを聞いて舞香はわかったような、わからないような気がした。
でも、きっとそうだ。
「多分だけど、裕香は恋人作るなら彼氏だと思う。だって女性は同性にしか見えないんでしょ?だったら恋愛の対象外になるよ。けど男性は同性としては見てないんでしょ?それならいつか男性に恋をするよ。今まではそういう人に巡り合わなかっただけ。心配しないで」
それでも裕香はあまり納得してなさそうだ。
しかし、こればかりは仕方がない。
恋は自然にするものだ。
「焦ったって仕方ないんだから。それより撮影の話聞かせてよ。どんな水着着たの?」
「水着…そうだ、珠理奈さんからすごい裏技を聞いたの!」
話題を変えたらいつもの裕香に戻っていた。
そう、今はそれでいい。
でもまたこの悩みにぶつかるのも想像できる。
なにか力になってあげられないかな…
そんなことを舞香は考えていた。