以前とは違う水着撮影
雑誌が発売されるより先に次の号の撮影をすることになった。
しかし、その内容に裕香は少し戸惑った。
「水着…ですか?」
前の裕香で水着は経験済みだ。
しかしあのときは正真正銘の女だったが、今は違う。
手術したし、舞香が確認して、ちゃんと女の子の身体だと言ってくれたが、
水着を着る勇気と自信は簡単に持てない。
「裕香スタイルいいし、問題ないでしょ」
「でも…」
「それに水着をやれば裕香がもう本当に女だっていうのが読者にもわかるよ」
裕香は一応、「やります」と答えた。
自信なさげに。
前の裕香の頃はタイアップでホテルとコラボレーションした撮影だったが、
今の世界では1年前にもうそのタイアップは終わっているので、
今回は普通に海での撮影だった。
メンバーは裕香より2か月先に読モになった真夏と4か月先に読モになった珠理奈、
過去の裕香時代、少しだけ被っていた時期はあったが、
一度も一緒に撮影したことがなかったので、2人とも裕香は面識がまったくない。
どんな感じの人なんだろう?
真夏は21歳の大学3年生、
珠理奈は23歳でアルバイトをしながらモデルをしている子だった。
「お姉ちゃん、真夏さんと珠理奈さんってどんな人?」
家でご飯を食べながら聞いてみる。
読モを丸2年以上やっている舞香なら知ってるはずだ。
ところが。
「真夏ちゃんは1回だけしか撮影一緒になってないんだよね。どんな子だったかな?ごめん、覚えてないや。あと珠理奈さんは1度も一緒になったことがない」
「えー」
まったく参考にならないよ…ただでさえ不安だらけなのに。
「でも珠理奈さんって雑誌見るとすごいグラマラスで大人っぽいよ」
それは裕香も雑誌を見て思っていた。
胸が大きくて大人な女性というイメージだ。
真夏は笑顔がすごく印象的で明るそうな雰囲気。
でも結局はイメージでしかない。
「大丈夫だよ、いじめとかそういうのないから。それに奈緒美さんが選んだ人選だし、楽しんで堂々とやってきな」
「うん…」
どうせなら友梨絵ちゃんとか玲衣ちゃんと一緒がよかったな。
少し不安な裕香だった。
海までの移動はロケバス。
これは前と一緒だ。
モデルでは裕香が一番乗りだった。
椅子に座って待っていると、「おはようございます」と大きな声が聞こえてきてから
真夏が乗り込んできた。
「おはようございます。君川裕香です。よろしくお願いします」
「君が裕香ちゃんか。舞香さんにそっくりだね」
「よく言われるんです」
「だってホントに似てるよ。細くてスタイルもいいし。水着とか似合いそう」
「そ、そんなことないですよ。真夏さんのほうが絶対に似合いますよ」
「ありがとう。だって名前が真夏だよ。夏といえば水着でしょ、似合わなかったら名前負けしちゃうよ」
そういって笑っている。
イメージ通り明るい性格みたいだ。
そこへ今度は珠理奈が乗り込んでくる。
「おはよ」
「あ、珠理奈さん。おはようございます」
真夏と珠理奈は面識があるらしい。
真夏の次に裕香があいさつをする。
「はじめまして。君川裕香です。よろしくお願いします」
珠理奈は裕香の顔を見て「ああ」と言ってから続けた。
「噂の裕香ちゃんね。よろしく」
「噂になってるんですか?」
「そりゃ噂になるよ。トランスジェンダーなんでしょ。しかも舞香ちゃんの妹。噂にならないほうがおかしいよ」
それもそうか。
やはりトランスジェンダーというだけで目立ってしまう。
もう女なんだけどな…
それを察したのか、珠理奈が慌てて言ってきた。
「あ、ごめんごめん。変な意味じゃないんだよ。ただどんな子なのかなって思って。わたしはちゃんと女の子として見てるから安心して」
そういうと真夏も「わたしもだよ」と言ってくれた。
とりあえずその言葉が聞けて一安心。
それに悪い人たちではなさそうだ。
このあとスタッフも乗り込み、バスは海に向かって出発した。
移動中、3人はどこの服が可愛いとか、どこのカフェがオシャレとか、
そんな話で盛り上がり、すっかり打ち解けてあっという間に海に着いていた。
「控室借りてるから、まずはヘアメイク、終わったらそのまま水着に着替えてね」
控室に向かっていると、珠理奈と奈緒美が小声で会話をしていた。
何を話しているのか気になったが、時間がないので今は撮影の準備に専念する。
3人ともヘアメイクが終わり、次はとうとう水着に着替える番だ。
女性しかいないので、真夏も珠理奈もその場で普通に着替えている。
裕香は一瞬躊躇ったが、舞香とお風呂に入ったことを思い出した。
お姉ちゃんは普通に女だって言ってくれた…大丈夫!
裕香も服を脱ぎ、水着に着替え始めた。
着る水着は薄い紫の三角ビキニで、小さなフリルが付いていた。
そしてパンツを見て驚く。
これ…履くの?
パンツはブラジリアンタイプですごくセクシーだった。
これはさすがに恥ずかしいな…
でも着ないといけないので渋々足を通す。
着てみると股の付け根が見えていていた。
そして、もう男性器は付いていないというのもしっかりとわかるデザインだ。
ただセクシーなだけではなく、横にはフリルが付いていて可愛さもちゃんと出している。
鏡を見て確認してみたが、その姿は普通に女の子だった。
下に関してはさっき話した通り、上のほうも控えめな谷間が見える。
そこへ、すでに着替え終わった珠理奈が話しかけてきた。
ちなみに珠理奈が着ている水着はデニムの三角ビキニで谷間がくっきりと見えている。
「裕香って何カップ?」
「えっと…一応Cです」
「盛ろうか。一度取って」
言われるがままに上だけ外す。
すると珠理奈がバッグからあるものを持ってきた。
「じゃーん、ヌーブラ。これ付けてみて」
渡されたのはいいが…
「どうやって付けるんですか?」
裕香は以前の頃も含めて、こういうのを使ったことがない。
「そっか、使ったことないか。ならやってあげる」
珠理奈は裕香の右胸を脇のほうから中心へ寄せてきた。
そして少し下の位置からヌーブラを張り付ける。
同じ要領で左胸もやってから両方を中央で止めた。
「すごい!谷間ができた」
思わず裕香は感動してしまった。
「これで水着付けてみて」
言われたとおりにするとビキニからちょっとこぼれ気味に谷間が見えている。
一気に胸が大きくなった気分だ。
「女の胸なんてこんなもんだよ。いくらでも盛れるんだから。脱いだら男の人がガッカリするなんてザラなの」
確かに巨乳だと思ってたのに、違ったら男性はガッカリするだろうなと思うと
少しおかしかった。
「じゃあ珠理奈さんも盛ってるんですか?」
「わたしは天然。Fだから」
「F…」
単純にすごいと思った。
わたしも前はEだったけど、それより大きい…
そこに真夏が声をかけてくる。
「見事に盛ったね。さすが珠理奈さん」
「でしょ、可愛いと谷間は作れる」
「すごい、名言だ」
そんな会話をしながら3人は控室を出た。
ビーチではすでに撮影の準備が整っていて、まずは珠理奈からだった。
パーカーを羽織りながらその様子を真夏と眺めている。
「珠理奈さんって大人っぽくてセクシーだよね」
それは裕香も思っていた。
舞香とは少し違う姉御肌なタイプ。
それに知識も豊富、素敵な女性だな。
次は真夏の番だ。
真夏はオフショルの水着で谷間はほとんど見えない可愛らしいタイプのものだった。
さっき見た感じだと真夏の胸も小さくはない。
多分Dくらいあるだろう。
これを見て買う読者の人がたくさんいる。
しかし、その全員が谷間の見える水着を欲しがるはずはない。
こうやって谷間が見えなかったり、裕香より小さい胸の人でも選べるような水着を
紹介するのもファッション雑誌では大事だ。
そして次は裕香の番。
パーカーを脱いでカメラの前に立つ。
谷間が見えてるのは嬉しいが、やはり恥ずかしさが勝る。
それにブラジリアンタイプのパンツが余計にそれを駆り立てていた。
何枚か撮ってカメラマンが「うーん」と渋い顔をしている。
自分の身体はもう女、という自信があったはずなのに…
ここにきて裕香は不安を感じていた。
やはり前の普通に女性だった裕香と違い、元男という部分が完全には拭えていなかった。
見ていた珠理奈が裕香のところへ駆け寄る。
「裕香は女でしょ、モデルでしょ、だったら堂々としなさい!女の裕香をしっかりと読者に見せつけてやりな!」
「珠理奈さん…」
そうだ、どんな水着だって着れる。
わたしは女なんだから。
不安になることなんてなにもない!
「すみませんでした。ちゃんとやるのでもう一度お願いします」
自然に笑みがこぼれ、シャッターが次々と切られていく。
その様子を見ながら奈緒美と珠理奈が会話をしていた。
「珠理奈を選んで正解だったよ。裕香は水着だと不安がるかなって少し心配だったの。わたしが言うより同じモデルの珠理奈が言ったほうが効果あるかなって思ったけど的中だったね。見て、あの表情」
「完全に吹っ切れましたね。これで奈緒美さんの目的も果たせたわけだ」
「気づいてたの?」
「そりゃ気づきますよ。だって本来あの水着はわたしが着るタイプですから。それをあえて裕香に着させた。身体のラインがはっきりわかって、裕香は女だって本人と読者に認識させる。それに胸を盛ってあげてなんて言われればさすがに」
「でもちゃんと協力してくれたから珠理奈には感謝してる」
「だったら来月号はわたしを増やしてくださいよ」
「はいはい」
そんな会話をしているのを知らない裕香は、
カメラの前で溢れんばかりの笑みを浮かべていた。
ていた。