姉との再会
半月後、その予想は見事的中し、出版社に呼ばれた。
久しぶりに見る奈緒美の顔。
しかし今は、はじめましてになる。
「君川裕香さんね」
「はい、よろしくお願いします」
「写真通りの雰囲気ね。もう少し緊張するかと思ってた。こういうの慣れてるの?」
「いえ、初めてです」
そう答えたが、以前の裕香で読モを1年以上やっていたし、
奈緒美がどういう人かもよくわかっているので緊張は一切ない。
「意気込み読ませてもらった。あなた舞香の妹でしょ」
「そうです。やっぱりわかりました?」
「そりゃね、苗字が一緒だし顔もそっくりだし。それにしても本当に似てる。傷ついたらゴメンね、とても元男とは思えない」
「姉妹ですから」
奈緒美はジッと目を見つめて言ってきた。
「本当は落とそうと思った。だってあの意気込みは遠回しに舞香の妹って言ってるのと同じだから。ハッキリ言わないところが汚いから、会って説教してやろうと思って今日は呼んだの。でも実際にあったら気持ちが変わった。モデルやってるあなたが見たくなった。だから採用する」
裕香の顔がパァっと明るくなる。
「本当ですか、ありがとうございます!」
それを見て奈緒美が微笑んだ。
「そんなに舞香と一緒に読モやりたかったの?」
「はい。ずっとずっとお姉ちゃんに憧れてたから、そのお姉ちゃんと一緒にできるなんて本当に嬉しいです。でも一言だけ言わせてください。さっきハッキリと妹と言わないのが汚いって言いましたけど、舞香の妹って言うほうが汚いと思いました。だってそれじゃお姉ちゃんの力を借りて応募してるみたいで…でもお姉ちゃんへの憧れだけはちゃんと伝えたかったし、わたしの原点だから、ああいうふうな書き方になりました」
「ま、確かに舞香への憧れの想いはちゃんと伝わったかな。裕香なりに考えてるんだもんね。とりあえずうちとしては、その見た目とスタイルなら問題ないし、トランスジェンダーという点でも舞香の妹という点でも話題にはなるしね。トランスジェンダーというのは公表するけどいいよね?」
「大丈夫です。例えトランスジェンダーでも今はもう女ですから」
「OK。ちなみに応募したことを舞香は知ってるの?というか舞香はどこまで知ってるの?」
「お姉ちゃんはわたしが男の頃に会ったきりで1年以上連絡してないんです。多分わたしが女性になりたいって思ってたことも半信半疑で…」
「そうなの?そんなに舞香のこと大好きなのに?」
「大好きだから…ちゃんと立派な女性になるまでは会わないことにしたんです。でも今なら胸を張ってお姉ちゃんの妹って言える気がして…」
そう思うと急に舞香に会いたくなった。
目標だった読モになった今なら会えるはず、裕香はそう思った。
だが、それを止めたのは奈緒美だった。
「どうせなら撮影の日にしない?モデルやってるところを舞香に見せよう。舞香がどんな反応をするか見てみたいし」
本心は後者だろうな。
でもそれは裕香も同じだったので、同意することにした。
「じゃあ一週間後、結構急だけど撮影するから。で、近いうちに舞香とのインタビューも載せるからそっちもよろしくね」
インタビューか、本当に以前と同じ流れになってきたな。
「失礼します」と言って帰っていく裕香を見ながら奈緒美は考えた。
見た目も身体も声も仕草も女、でも…何かが足りない。
その足りない何かを埋めたら、あの子はおもしろい存在になる。
そしてあっという間に一週間が過ぎた。
久々でもあり、初めてでもある撮影。
スタジオに入ると玲衣が準備をしていた。
玲衣ちゃんと声をかけそうになるが、グッとこらえて挨拶する。
「はじめまして、今日から撮影する裕香です。よろしくお願いします」
裕香を見てからニコッとする。
「玲衣です。こちらこそよろしくね。奈緒美さんから聞いたんだけど、裕香ちゃんって舞香ちゃんの妹なんでしょ、すごく似てる。仲良くなろうね」
この笑顔も人懐っこい感じも変わってない。
すごく懐かしかった。
あとは舞香だけだ。
早くお姉ちゃん来ないかな…
少しソワソワしながらヘアメイクをしていると、
電車が止まっていて舞香が遅れるという連絡がきた。
そっか…でも仕方ない!
裕香は気を取り直して準備した。
この日の最初の衣装はブラウスにスカートのコーデだ。
それを着てカメラの前で笑顔になる。
「いいね、もうちょっと身体を横にできる?」
裕香にとっては久しぶりの撮影だったが、身体が自然に動く。
撮影はすんなりと終わった。
「あの子本当に初めて?」
「本人はそう言ってます」
「だったらたいしたもんだよ。初めてだから押すのも覚悟してたのに」
カメラマンの寺内と奈緒美の会話が耳に入ってきたが、
裕香からしたら当然のことだった。
これでも1年以上読モやってたんだから。
そして2着目は初夏をイメージした白のワンピース。
着替え終わると玲衣が撮影していたので少し待つ。
あいかわらず玲衣ちゃんも素敵だなぁ。
そんなことを考えていたら再び裕香の番になった。
そして撮影をしていると…
「遅れてすみません!」
声を聞いてすぐに誰だかわかった。
お姉ちゃん!
しかし裕香は今撮影中。
すぐに気持ちを切り替える。
撮影が終わった頃には、舞香は控室で準備に入っていた。
遅れたこともあり、おそらく撮影が押しているだろう。
せっかく会えるのに、今はまだ我慢するしかないのがもどかしい。
そんな裕香を察したのか、奈緒美が言ってきた。
「撮影前にちゃんと紹介だけはしてあげるから」
「ありがとうございます」
「紹介だけね、あとの話は終わってからゆっくりして」
「はーい」
裕香は最初になんて言おうか考えていた。
そして準備を終えた舞香がスタジオに入ってくる。
「遅れてすみませんでした。よろしくお願いします」
「きたきた。裕香、一緒にきて」
奈緒美に連れられて舞香のところに向かう。
一気に緊張したが、顔が見える位置まで近づいてから
とりあえず新人らしくお辞儀をした。
すると顔を見た舞香が「えっ」と声を出した。
「舞香、紹介するね。新しいモデルの裕香」
驚いた顔をしている舞香に向かって、裕香は笑顔であいさつした。
「よろしくお願いします。お姉ちゃん」