ホルモン治療
女性ホルモンの治療を続けて2か月もすると、少しだが胸が膨らんできた。
肌のきめも細かくなり、髪もツヤツヤになって、
少しずつ女性に近づいてるのを実感して嬉しくなる。
さらに2か月もすると胸はAカップほどに成長していて、
この頃からやっとブラを付けるようになった。
大学では完全に女子として生活していて、
美沙たちと昔のように楽しい日々を過ごしている。
ただ、唯一前回と違うのはアルバイト漬けということだ。
ホルモン代、服、コスメ、とにかくお金がかかる。
それ以外にも貯金が必要、そうなると少しでも多く稼がないといけなくなる。
しかし大学を辞めるつもりはない。
そこで裕哉が選んだアルバイトはニューハーフクラブだった。
見た目が完全に女子なのと若いというので即採用され、
平日は夜8時から12時まで、金、土、祝は朝の4時までフル回転で働いた。
キャバ嬢のようなドレスを着て、「こんばんは。裕香です」と接客する。
最初はぎこちなかったものの、徐々に慣れていくと指名されるようにもなって
多い月で40万近く稼ぐこともあった。
「裕香ちゃんはどんな男性がタイプなの?」
「えー…優しくてアソコが大きい人」
こういう風に下ネタを加えると場が盛り上がるというのを他のキャストを見て学んだ。
しかし、そのお客さんたちに対して恋愛感情というもは一切芽生えない。
夜になると裕哉は完全にニューハーフのキャストになっていた。
大学生になって7か月が過ぎた。
ホルモン治療のおかげで、裕哉の胸はBカップまで成長した。
貯金もこの間は服などを極力我慢して80万までは貯めることができた。
もう少し…なんだけどちょっと足りない。
「浮かない顔してどうしたの?」
声をかけてきたのはニューハーフクラブの先輩、瑠美。
今年30歳で、すでに性適合手術も終えている。
「春休みに手術したいんです。でもお金がちょっと足りなくて…あと1週間以内に申し込まなきゃいけないんですけど」
「ああ、裕香ちゃんは1日も早く女の子になりたがってるもんね。そっか、大学生だとそういう休みを利用しないといけないんだもんね。あといくらくらい足りないの?」
「70万くらいです…」
「70かぁ…」
貸せない金額ではないが、ポンと貸すのも違うと思った。
そこで瑠美は聞いてみた。
「家族とかにはカミングアウトしてるの?」
一番触れられたくないところを突かれてしまった。
裕哉は横に首を振る。
「言ってないんだ。でももう後戻りできない身体だよね」
それはわかってるし、後戻りするつもりもない。
でもいつかは言わなきゃいけないことだというのもわかっている。
それに春休みを逃すと次は夏休みまで待たないといけなくなる。
1日も早く女になりたい裕哉にとってこの3か月はロス以外なんでもない。
「親に話して借りるのが裕香ちゃんのためだよ」
諭されて裕香は決心した。
週末、お店を休んで9か月、いや10か月ぶりの実家だ。
スキニーのデニムにニットを着て上にはコートを羽織っている。
ほぼスッピンだが、髪型は長めのショートで女性にしか見えない。
どうせカミングアウトするんだからいいか…
気を取り直して玄関を開ける。
「ただいま…」
「おかえ…り」
母親の聡子は裕哉を見て固まっていた。
「裕哉か」
奥から出てきた父親の賢一も同じように固まっていた。
リビングで気まずい空気が流れる。
「まずどうしてそうなった?親に相談もなく」
「ごめんなさい」
「お前はずっと女になりたかったのか?そんな素振り見せなかっただろ」
賢一がそういうと、聡子が意外なことを口にした。
「でも小さい頃はよくお姉ちゃんみたいになりたいって言ってたじゃない」
「へ?」
その言葉に驚いたのは裕哉だった。
「あら、覚えてないの?幼稚園の頃は僕もお姉ちゃんみたいなスカート履きたいってよく言ってたのよ。そして大きくなったらお姉ちゃんみたいになるって。さすがに小学生になってからは言わなくなったけど」
まったく記憶になかった。
しかし言われて少しだけ思い出したこともあった。
それは姉の舞香に憧れていたということ。
小学生になってからも舞香のことが大好きだった。
そして仲が良かった。
それが中学1年生の時の舞香のあの一言ですべてが変わった。
「ウザいから向こう行って!」
そこから不仲になったが、
裕哉の心の中ではずっと舞香と仲良くなりたかったことに気づいていた。
そして今言われて気づいた。
姉への憧れはずっと続いていたことを。
そっか、わたしお姉ちゃんみたくなりたかったんだ。
今も昔も。
そこから裕哉は本音を話した。
最初は怒り気味だった賢一も少しずつ理解と諦めが混じったような表情になる。
「わたし、ずっとお姉ちゃんみたくなりたかった。だからお願い、女になりたい。なってお姉ちゃんみたいになりたい!」
賢一が深いため息をつく。
「もういい。お前の好きにすればいい。どうせ元にはもう戻れないんだろ。で、いくら足りないんだ?」
「70万くらい…」
「70万か…わかった。けど貸すだけだからな。自分で選んだ人生なんだ。自分の力で生きていくことを約束しろ。大学の費用と卒業までの仕送りだけは最後までちゃんと出すけど」
「うん、お父さん。ありがとう」
とりあえず許してもらえたのは一安心。
それにお金もなんとかなった。
そこで聡子が言ってくる。
「それにしても舞香にそっくり、さすが姉弟ね。あ、今は姉妹かな」
そう言って笑みを浮かべていた。
「ねえ、お母さん。このことお姉ちゃんには内緒にしててほしいの。ちゃんと自信が持てたら自分でお姉ちゃんに会いに行くから」
「そう、わかった。でも裕哉もすごいよね、あんなに仲が悪かったのにずっと舞香のこと憧れてるなんて」
「だってお姉ちゃん本当はすごく優しいし目標のために全力だし、それに妹想いなんだよ」
「そうかもね」
聡子はそれだけ言って詳しくは聞いてこなかった。
舞香が本当はどういう子なのかなんていうのは言わなくても
親が一番わかっているのかもしれない。
何はともあれ、これで性適合手術を受けることができる。