舞香の決意
時計を見ると朝の7時。
昨日のことが気になってなかなか寝付けなかった。
起きて部屋を出るとソファーには裕哉が座っている。
舞香に気づいた裕哉は「お姉ちゃん、おはよう」と声をかけてきた。
やはり昨日の裕哉のままだ。
舞香の知っている一昨日までの裕哉ではない。
まだ頭が少しボーっとするがちゃんと話を聞くことにした。
舞香が裕哉の前に座る。
何時に起きたのか知らないが寝癖はちゃんと直してあった。
それに座っている足は少し内股になっていて女の子のような座り方。
以前の裕哉なら寝癖など気にしないし、こんな座り方もしないはず。
やっぱりわたしが知っている裕哉ではない。
「昨日話したことを最初からもう一度話して」
「うん、信じてくれるまで何度でも話す。頼れるのはお姉ちゃんしかいないもん」
裕哉は一生懸命説明する。
声は裕哉だが話し方は完全に女の子。
信じられないけど信じるしかなさそうだ。
「わかった。それで裕哉が裕香だったとして、それが裕哉に戻った。で、裕哉はどうしたいわけ?もとに戻っただけでしょ、夢だったと思って今まで通りにすればいいんじゃないの?」
それが舞香の答え。
少なくとも元々が裕哉なんだから別に裕哉として生活して問題はない。
むしろそれが自然だと思う。
ところが裕哉は違った。
「わたしは裕香がいいの!裕香だった1年3か月は本当に楽しかった。いっぱいオシャレして、読モになって、モデルのみんなと仲良くなって、大学でも仲のいい友達ができて、お姉ちゃんとすごく仲が良くて…裕哉だと読モになれないし、裕香の頃の友達とも仲良くなれないし…お姉ちゃんも昔のわたしを嫌っていた頃のまま…そんなの絶対に嫌!」
ボロボロと涙を流しながら訴える。
顔は裕哉なのに中身は女の子…つまり裕香ということか。
こんなふうに訴えられても舞香にはどうすることもできない。
確かに裕哉が弟じゃなくて妹だったら、そんなことをつい最近考えたこともあったけど
実際に妹だったらこんなふうに仲良かったのかな?
そんなことを考えながら、とりあえず諭してみる。
「読モは無理かもしれないけどさ、オシャレならできるじゃん」
「それは考えたよ、でも無理だった。メンズの服を着たいと思えないの…中身が完全に裕香だから」
「レディースしか着たくないっていうの?」
裕香はコクンと頷いた。
それじゃ女装じゃないか…でも改めて裕哉の顔を見ると舞香に似ていて
ちゃんとメイクすれば女の子に見えなくもない…?
って何を考えてるんだ!
舞香は頭を左右に振って冷静を保った。
「とにかく冷静になって考えて。今までの生活に戻ればきっと裕哉に戻れるから」
そういったが、裕哉はなにも返事をせずうつむいたままだった。
話しの埒も開かないし大学にも行かないといけないので、
結局舞香はまた逃げるように支度をして出ていった。
裕哉…大丈夫かな。
大学から帰ると家に裕哉はいなかった。
どこにいったんだ、あいつ…
あの状態だとさすがに心配になる。
スマホを取り出して電話をかけようとしたらテーブルの上に
置手紙があったことに気づいた。
なにが書いてあるんだろう…
お姉ちゃんへ、いろいろ考えたけど、やっぱり今さら裕哉になんて戻れない。
でも今のままここにいたら迷惑になるし、どっちみち大学に通う部屋が決まるまで
住ませてもらっただけだから出て行って自分で部屋を探します。
そして自分に自信が持てる生活が送れるように努力する…
自信が持てたらまたお姉ちゃんの前に顔出すね。
そしたらまた仲良くなれるかな?
そのことを楽しみに精いっぱい頑張るから!
お姉ちゃんも今まで通りわたしが憧れるお姉ちゃんでいてね。
間違っても自殺とかしないし、大学もちゃんと通うから探さないでね。
じゃあまたね。
「裕哉…」
あの子は本当に昔から自分で勝手に決めて…ひとことぐらい相談してくれたって…
そこで舞香は気づいた。
ちゃんと相談を聞かなかったのはわたしだ。
いつもわたしは裕哉に冷たくて、話を聞くどころか会話すらしなくて、
一方的に裕哉を嫌って…昨日も今日も相談されたのに最後までちゃんと聞かないで…
わたしは最低な姉だ。
慌てて裕哉に電話をかけたが何度電話しても出ることは一度もなかった。
「裕哉…ごめん」
舞香はボロボロと泣いていた。
そしてなぜ仲が悪かったのか、過去のことをすべて思い出した。
それはわたしが裕哉を冷たくあしらったから。
「ウザいから向こう行って!」
今になってあのとき自分が言った言葉が鮮明に蘇る。
全部悪いのはわたし。
罪悪感から舞香は一人で大泣きした。
どれだけ泣いたかわからないが、ようやく涙が引いて冷静さを取り戻した。
裕哉は言っていた。
「今まで通りわたしが憧れるお姉ちゃんでいてね」と。
裕哉ではなく、裕香から見たわたしはどんな人間だったんだろう。
少なくとも憧れられるような人間ではないのは確かだ。
だったら…
舞香は決心した。
本当に胸を張って姉ですと言えるような人間になろう。
そして本当に憧れられるような姉になろう。
裕哉が会いに来るその日までに。
そして裕哉から連絡がないまま1年と2か月が過ぎた。
「早く動いてくれないかな…」
舞香はイライラしながら電車の中にいる。
遮断機のトラブルで電車の中に閉じ込められていた。
撮影の時間に間に合わないよ…
奈緒美に事情を説明し、到着したらすぐに撮影と言われた。
事情が事情なだけに怒られることはなかったが、
それでもスタッフのみんなに迷惑をかけるのは申し訳ない。
それに、今日の撮影は舞香と玲衣のほかに新しい読者モデルの子もいると聞いている。
新しい子なんか、初めての撮影でただでさえ緊張してるのに…
そんなことを考えながら1時間ほどして電車は動き出し、
舞香は結局1時間半の遅刻になった。
「遅れてすみません!」
舞香が慌てて中に入ると背の高いワンピースを着た女性が撮影をしていた。
遠めなので顔はよく見えないが、あれが新しい子なんだなと思った。
「舞香、すぐ支度して」
「あ、はい!」
急いで控室に入り準備に取り掛かる。
どんな子なんだろう…
なぜか新しい子が気になってた。
40分ほどで準備が終わり、スタジオへ入った。
「遅れてすみませんでした。よろしくお願いします」
お辞儀をすると、奈緒美が新しい子を連れて舞香のところにやってきた。
その子の顔を見て「えっ」と思わず声を出してしまった。
「舞香、紹介するね。新しいモデルの裕香」
「よろしくお願いします。お姉ちゃん」
裕香と呼ばれた子は、ニコニコしながら舞香を見ていたが、
それは紛れもなく裕哉だった。