思い出した過去
なかなか寝付けない…
お母さんの言ったことが頭から離れないよ…
「あの子本当はオシャレ大好きだったから。本人は嫌いなふりをしてたけどね」
いつから好きだったの?
裕哉も昔はオシャレが好きだったってこと?
じゃあいつから嫌いになったの?というより、いつから仲が悪くなったの?
舞香は懸命に過去の記憶を思い出した。
「お姉ちゃん」「どこ行くの?」「一緒に遊ぼうよ」
よく小学生の裕哉はそう言って懐いていた。
わたしもそんな裕哉をかわいがっていた。
そのとき、突然一言の言葉が頭に蘇ってきた。
「ウザいから向こう行って!」
それは舞香が裕哉に言った言葉。
裕哉が中学生になった頃、舞香は中学3年生だった。
その頃の舞香は、オシャレが大好きなませた女の子。
もちろん友達と遊んだり話をするのも大好きだし、好きな男の子もいた。
一方の裕哉は、中1になっても少し幼さが残り、遊ぼうとはさすがに言わなくなったが、
部屋に来て話しかけたり、学校で会うと「あ、お姉ちゃん」と声をかけてきた。
当時の舞香はそれがとても恥ずかしくて、嫌でたまらなかった。
そして、とうとうあの言葉を裕哉に言ってしまった。
それからの裕哉は徐々に舞香から離れていき、学校はもちろん、家でも会話をしなくなった。
それを舞香は清々していた。
ところが舞香が高校生になった頃になると、
今度はオシャレに無頓着でダサい裕哉が不愉快になっていった。
「アンタ、ダサいよ。もう少し気を使えば?」
「うるせーな、姉貴に関係ないだろ。オシャレにしか興味がないパッパラパーになりたくないから」
「は?アンタみたいにクソダサいやつに言われたくないんだけど。すごいムカつく。恥ずかしいから絶対に外で会っても話しかけないでね」
本当に裕哉は街で会っても絶対に話しかけてこなかったし、
わたしも話しかけることはなかった。
唯一話しかけたとしたら、上京してきたときだけだ。
今思えば、なんでももっとほかの言い方ができなかったんだろう。
当時、本当にウザいと思っても、中学生になったんだからわたしよりも友達と仲良くしたほうがいいよ、とかほかに言い方はいくらでもあったはずなのに。
そして、おそらく裕香にも同じことを言ったのだろう。
裕哉と仲が悪くなったのは…全部わたしのせいだ。
最低だ、わたし…
気が付くと涙がこぼれていた。
ショックを受けながら下に降りてトイレに行くと、
ちょうどトイレから出てきた聡子に出くわしてしまった。
「舞香、泣いてるの?」
舞香は慌てて涙を拭いた。
「ううん…それよりお母さん、裕香のことなんだけど…」
「ずっとそのことで考えてたんでしょ。夕方に裕香の話をしてから舞香ずっと変だったから。向こうで話そうか」
舞香は聡子と一緒にリビングのソファーに座り、聡子が電気をつけてくれた。
「で、裕香がどうしたの?」
「信じてもらえないかもしれないけど、今わたしと裕香ってすごく仲がいいの」
「でしょうね、じゃないと一緒に住むなんて考えられないし」
「うん、だったら今までなんで仲が悪かったんだろうって考えたら…きっとわたしがヒドイことを裕香に言ったからってわかって…」
「そうよ、舞香のせい」
「お母さん…知ってたの?」
知っていたことが意外だったから驚いてしまった。
「裕香が泣いてたから聞いたの。お姉ちゃんにウザいから話しかけないでって言われたって」
裕哉は泣いてないだろうけど、裕香と同じくらいショックを受けたに違いない。
また自己嫌悪に陥る。
「わたしが舞香を怒ろうとしたらね、これ以上お姉ちゃんに嫌われたくないから何も言わないでっていうから何も言わなかったのよ。でも今思えば失敗だった。ちゃんと言っておけばあれほど仲が悪くなることはなかったかもしれないから」
あんなヒドイこと言ったのに、わたしのこと嫌いじゃなかったの?
話を聞いていて、涙がどんどん溢れてくる。
それでも聡子は話を続けた。
「裕香が本当はオシャレが好きって話したでしょ。けどあの子にもプライドがあったの。舞香がオシャレ好きな子になったから、逆になろうって。あんな言い方されて、無視されて、それでいていいなりになるのが悔しかったのね。だから舞香が読者モデルになったって言っても興味を示さなかったの」
オシャレを拒んだのは、わたしへの反抗だったんだ…
つまり、こないだまでの裕哉を作ったのはわたしだ。
わたしが全部いけなかったんだ…
「ところがちゃんと陰ではチェックしてたのよね。毎月こっそりとLaLaを買って、しかもかわいいと思った服のページに折り目まで付けて」
あの折り目はそういう意味だったんだ。
けど、これはあくまでも裕香であって、裕哉がそれをしていたとは思えない。
それでも、きっと裕哉も本当はオシャレをしたかったと思う。
「わたし言ったのよ、舞香が上京したあとに。舞香いないんだから着たい服着たりしたら?って。そうしたら興味ないって意固地になっちゃって。それでもシーツとかかわいいのに替えたら嬉しそうでね。あ、やっぱり本当はオシャレでかわいいのが好きなんだってわかったの」
もうこれ以上話を聞くのが辛かった。
全部わたしが悪い、裕哉を苦しめてたのはわたしだ…
それでも聡子は話をやめない。
「あとね、一緒に住んだらって言ったときに舞香は猛反対したでしょ。裕香もそうだったのよ。でもわたしは心の中で賭けたの、2人が仲直りするのはこのタイミングしかないって。一緒に暮らせば、昔のように仲良くなって、裕香も本当の自分を出せるんじゃないかってね。そしたら現実になったのよ」
「お母さん…」
聡子は優しい笑みを浮かべていた。
「確かに舞香はヒドイことを言ったけど、それを知っていて何もしなかったわたしが一番いけないの。母親失格ね」
「そんなことない!悪いのは全部わたしなの、わたしが裕香を傷つけて…」
「もういいじゃない、確かに昔は仲が悪かった。でも今は仲がいいんでしょ?もう仲が悪くなることもないだろうしね」
それは間違いないと今は胸を張って言える。
裕哉は妹になってしまったけど、かわいい妹だ。
そこで、再び疑問が浮かんだ。
わたしはせめて裕哉が妹だったら無理矢理でもオシャレさせるのにと願った。
まさかそんな願いをしたから裕哉は裕香になったの?
そんな程度で現実が変わっていたら、世の中メチャクチャになってしまう。
でも罪悪感しかない舞香にとっては、それも自分のせいだと決めつけていた。
「わたし、裕香にちゃんと謝る…」
「別にもういいんじゃない?」
「よくないよ!」
それを聞いて、聡子は少し笑っていた。
「頑固ね、そういうところ裕香と一緒。やっぱり姉妹なのね」
そう、今はもう姉妹…わたしのせいで…
「お母さんそろそろ寝るよ。おやすみ」
聡子はあくびをしながらリビングを出ていった。
裕哉…謝って許されるかわからないけど…ちゃんと謝らせて…