ご褒美タイム
今度は夕食の撮影。
ホテルの浴衣を着て、豪華なバイキングを堪能する。
どれもこれもおいしくて、3人とも自然と笑みがこぼれる。
いい表情が撮れたということで、意外と早く撮影が終わった。
すると、スタッフのみんなもバイキングを楽しみ、
まさに観光といった感じになっていた。
「やったー、今日の撮影終了!」
玲衣はベッドの上に、ダイブするように飛んでうつ伏せになっていた。
「そんな喜ぶほど仕事してないでしょ、ほとんど遊びみたいなもんだったし。ねえ」
友梨絵に問いかけられたので、「うん」と返事をしておいた。
しいていうなら、朝が早かったくらいであとは楽しかった。
奈緒美が言った「ご褒美」は、裕哉たちにとって、まさにご褒美だった。
「温泉行こうか」
友梨絵が言うと、玲衣が「賛成」と言って、ベッドから立ち上がった。
温泉…この言葉に裕哉はたじろいだ。
さっきは撮影だったから、我慢できたが、今から入る温泉はプライベート。
つまり完全に裸ということになる。
着替えるときの一瞬ではない、出るまでずっと裸。
恥ずかしいのと、一緒に入っていいのかという葛藤に悩まされていた。
しかし、2人はすでに準備ができている。
「裕香」
「行かないの?」
友梨絵と玲衣に言われ、慌てて返事をする。
「い、行くよ…」
仕方ない…か。
裕哉も支度をして、3人で温泉に向かった。
男湯と女湯に分かれている。
さっきはスタッフと一緒にぞろぞろと女湯に入っていったので、
そこまで気にしていなかったが、今は違う。
2人の後ろに隠れるように女湯のほうへ入っていった。
「やっとゆっくり入れるね」
などと会話をしながら、友梨絵と玲衣は裸になっていた。
もちろん隠す素振りもない。
この状況で、自分も裸にならなければいけないプレッシャーが裕哉の中で突然吹っ切れた。
もういいや、気にするのやめた!どうせ入らなきゃいけないんだし。
裕哉も脱いで裸になった。
特に友梨絵も玲衣もそれに対して反応することなく、
「よし、行こう」と楽しそうに大浴場へ歩き出した。
それを見て拍子抜けしてしまった。
友梨絵も玲衣の裸も、見慣れた自分の裸とさほど変わらない。
胸の大きさが少し違うとか、その程度の差だ。
そうだよね、同じ女なんだし気にするほうがバカだった。
それに気づいてからの温泉は楽しかった。
「あー…気持ちいなぁ」
「だからそれオバサンくさいって」
撮影と同じやり取りをしているので、裕哉は笑ってしまった。
「でもたまにはこういうのっていいよね」
「うん、また来たいね。裕香ちゃんは?」
「わたしも…こんなに楽しいなら来たいかな」
これは本音。
そもそも旅行というのは小学生の頃に行った家族旅行と学生時代の修学旅行しかない。
家族旅行はなんとなく楽しかった記憶はあるが、修学旅行はそうでもなかった。
クラスのみんなとお風呂にも入ったが、特に会話もなく淡々と入った記憶しかない。
今は全然違う。
今更気づいたが、女子はしゃべるのが大好きだ。
友達の美紗たちもよくしゃべるなと思うくらい、いつもしゃべっている。
どちらかというと無口だった裕哉も、いつの間にか彼女たちと同じように
しゃべるのが大好きになっていた。
だから今も楽しい。
「ずいぶん楽しそうだね」
目の前には奈緒美が立っていた。
「奈緒美さんもやっと落ち着いたんですか?」
友梨絵が聞くと「まあね」と言って湯船に浸かってきた。
やはり恥ずかしさはない。
このあとすぐにヘアメイクさんやスタイリストさんたちも入ってきて、
みんなでガールズトークをしながら温泉を楽しんだ。
「あー、いい湯だった」
友梨絵はベッドに転がりながらそう呟いていた。
そこで玲衣が突然言い出した。
「ねえ、インスタに載せるから3人で写真撮ろうよ」
「ええ?だってすっぴんだよ」
友梨絵のいうことはもっともだと思った。
前まではメイクをすることに抵抗があったのに、
今では、むしろすっぴんのほうがありえない。
「アプリで盛れば大丈夫だよ。ねえ裕香ちゃん」
「ならいいかな…」
「はい、決まり。こっちきて」
3人でアプリを使って写真を撮った。
友梨絵や玲衣はもちろん、裕哉も自然にポーズを取っている。
もはや裕哉は裕香という女の子になっていた。
ベッドに入ってからも3人は服のことやスキンケア、恋愛の話などで盛り上がっていた。
ただ、恋愛の話だけはどうしても苦手だ。
「裕香ちゃんって彼氏いないの?」
「いないよ、玲衣ちゃんは?」
「わたしはいるよ。見る?」
玲衣は堂々と彼氏の写メを見せてきた。
それに裕哉も友梨絵も食いつく。
「へー、普通にかっこいいね。年上?」
「うん、2つ上だよ」
「いいなぁ、まったく。わたしは先月別れたばかりなのに」
「でも友梨絵ちゃんならすぐできるでしょ」
「どうだかねぇ、誰でもいいってわけじゃないし。裕香もそうだよね?」
友梨絵に振られ、一瞬返答に困ってしまった。
彼氏という考えがない。
いくら裕香となって、今を楽しんでいても男に恋愛感情はないからだ。
「それもあるけど、今は恋愛よりもこっちを頑張りたいの。わたしなんかお姉ちゃんや友梨絵ちゃんや玲衣ちゃんに比べるとまだまだだから…」
そういうと友梨絵が「ふふっ」と笑っていた。
「舞香みたいなこと言ってるよね。ホント姉妹なんだから。でも今の裕香はわたしたちと変わらないくらい頑張ってるから自信もちなよ」
「そうだよ、裕香ちゃん普通にかわいいもん」
「ありがとう…でももっと頑張るんだ!」
そう、今は立派な読者モデルになるのが一番の目標。
それ以外のことは考えている余裕などなかった。
「すごいな裕香、わたしも見習わないと。ってことで彼氏はわたしもいいや」
「ちょっと、それだと彼氏いるわたしが頑張ってないみたいじゃん!」
玲衣が頬を膨らませていたので、かわいくて笑ってしまった。
「あー、ホント楽しい」
思わず裕哉は本音を言っていた。
「また来ようよ!今度はプライベートでさ」
「いいねいいね、そしたら舞香ちゃんも呼ぼうよ」
それはいい案だ。
「そうしよう」「どこに行く?」と3人はまた盛り上がった。
そのことを想像しただけでもう楽しみになっていた。
お姉ちゃん絶対に喜ぶだろうなぁ。
そんなことを考えながらやっと眠りについた。