裕香の過去と裕哉の過去
持っていた鍵でドアを開ける。
「ただいまー…って誰もしないのに言っちゃった」
舞香は久々に実家に帰っていた。
だが、父親も母親も仕事に行っているので誰もいない。
わかっているのに言ってしまうのは実家だからかもしれない。
前に帰ってきたのは年末から成人式が終わるまでの半月間。
約5か月しか経っていないので、それほど懐かしい感じはしなかった。
リビングに行き、荷物を置いて見回した。
前とまったく変わっていない。
キレイ好きな母が、ちゃんとこまめに掃除しているのが見てわかる。
「さてと…」
舞香はリビングを後にして階段を上がった。
手前にある部屋は舞香の部屋だが、ここには必要最小限のものしか置いていないし
目的はこの部屋じゃない。
舞香の目的は、この奥にある裕香の部屋。
ここに住んでいた裕香はどんな子だったのか、それを舞香は調べに来ていた。
ドアを開けてみると、思った以上に物がなかった。
上京するときに片づけたのかもしれない。
だが、舞香はこの部屋を見て違和感を覚えた。
「なんか…変…」
一見シンプルで、裕哉の頃と同じような感じがするのに、
ところどころにはかわいい小物などが置いてある。
ベッドのシーツもピンクの花柄だ。
ポイントポイントに女の子らしさがちゃんとある。
少しは女の子っぽかったのかな?
でも持っていた服や下着を見る限り、そんな感じはしなかった。
タンスの中を見てみると、残っていた服は同じように無地でシンプルなものばかり。
うーん…やっぱりたまたまなのかな?
棚に目をやると、卒業アルバムが置かれていた。
まずは一番新しい高校から見てみることにした。
「えーと…君川裕香…あった」
そこに映っている裕香は、裕哉が裕香になったばかりの頃とまったく変わっていない。
つまりオシャレに無頓着な裕香だ。
次に中学生を見ても、幼くなっただけで変わっていなかった。
ところが、小学生の卒業アルバムは違っていた。
雰囲気がかわいくて女の子らしい。
ということは、小学校を卒業してから中学校を卒業する間に何かあったってこと??
勝手に引き出しなどを漁ると、今度はアルバムが出てきた。
ちゃんとプリントアウトしてるんだ。
写真は高校の頃のものだった。
学校で撮ったもの、外で撮ったもの、それほど枚数が多くないが、
どれも地味な裕香が写っている。
これより前のものは見つからなかった。
「んー…もっと前のないのかな。あっ」
舞香は自分のパソコンのデータに裕香が写っているかもしれないと気づき、
移動しようとしたら、入口の隅に段ボールが置いてあるのを発見した。
「これ持っていく予定のもだったのかな?」
ちょっと気になって開けてみたら、予想外のものが積まれていたので驚いてしまった。
「LaLa…」
中に入っていたのは、LaLaだった。
しかも、舞香が読者モデルをやるようになってからのものだ。
「あの子、ちゃんとチェックしてたんだ…」
パラパラ捲ってみると、ところどころに折り目が付いている。
この折り目はなんだろう…?
最初は自分が写っているところかと思ったが、そんなことはなかった。
友梨絵のページなどにも折り目が付いていた。
ますますわからない…。
「わからないのは後回し!」
気を取り直して自分の部屋に移動した。
ここは自分の部屋なのでさすがにどこに何があるかわかる。
パソコンを立ち上げ、整理してある写真データを見ていく。
まずは子供の頃から。
そこには、舞香と一緒にたくさんの裕香が写っていた。
無邪気に笑っている仲良し姉妹にしか見えない。
公園で撮った見覚えのある画像。
舞香の記憶では、裕哉と並んで撮っていたが、それは裕香に代わっていた。
じゃあ七五三は?
舞香が7歳で、裕哉が5歳のときに一緒に撮ったものがある。
「これも違うんだ…」
舞香こそ着物を着ているが、隣は袴姿の裕哉ではなく、ワンピースを着ている裕香だった。
さらに前に戻ると、今度は5歳の舞香がワンピースを着ていて、裕香が着物を着ていた。
基本的に小学生の頃に一緒に写っている裕香は、かわいくて女の子らしい格好をしている。
ところが、舞香が中学3年生になったあたりから極端に少なくなった。
順番に画像を開いていくと、やっと1つだけ裕香が出てきたが、
それは地味な裕香になっていた。
ということは、裕香が中学生になってから何かあったということになる。
それに極端に減った理由はなんだろう?
更に、高校の頃になると裕香は1枚写っていなかった。
それもそうだ、舞香自身が裕哉と一緒に撮った写真がないことを覚えていたから。
なんでこうなったんだろう?
一生懸命、自分の中の記憶を探ってみた。
オシャレに無頓着で、愛想がなくて、ロクに会話もした記憶がない。
それでも、裕哉はときどき話しかけ、わたしが嫌がった。
こんなダサいやつが弟とバレたくない。
今思えば大人げなかったかもしれない、どんな性格や見た目でも裕哉は弟だ。
そんな弟をわたしは、弟と認めなくなかった。
上京してきて、部屋が決まるまで面倒をみるように言われたときは、
死ぬほど嫌だった記憶もある。
わたし、最低かも…
でもいつからそう思うようになったんだろう?
もっと記憶を掘り探る。
少なくとも小学生の頃は普通に仲が良かったはずだ。
よく一緒に遊んだし、あの裕香が写っている写真のように、
裕哉と写っている写真がたくさんあった。
あの写真は裕哉がそのまま裕香になったと考えて間違いないだろう。
そのとき、下から声が聞こえた。
「舞香、いるの?」
声の主は、母親の聡子だ。
「あ、いるよ!」
返事をして慌ててリビングに向かう。
「急に帰るっていうからビックリしちゃった。どうしたの?」
「ん…ちょっとね…」
聡子に裕香のことを聞いてみたい。
けど聞き方によっては怪しまれる。
どう聞けばいいか考えていたら、先に聡子のほうから言ってきた。
「裕香と仲良くやってる?舞香が一緒に住むって言ったときは驚いたよ」
「え?なんで??」
「だって舞香、裕香のこと嫌ってたじゃない」
わたしは裕香を嫌っていた…つまり、裕哉を嫌っていたのと同じだ。
きっと同じ理由だろうな、裕香がダサいから…
聡子が話を続けてきた。
「けど裕香も読者モデルなんてねぇ…やっとあの子も本当の自分を出せたのね」
その一言に舞香は過剰反応した。
「どういうこと?本当の自分って??」
「あの子本当はオシャレ大好きだったから。本人は嫌いなふりをしてたけどね」
裕香はオシャレが好きだった…?
舞香はますます混乱していた。