出発
「えっ、泊り…?」
「うん、今回の撮影はホテルのタイアップなの」
「まさかご褒美って…」
「そうだよ、結構高いホテルで人気あるんだから」
お金じゃないのか…
奈緒美にいわれて、一気にテンションが下がる。
「詳細はメールしておくから。じゃあ来週の月曜日、ロケバスを手配したから7時に会社に来てね」
「わかりました…」
裕哉は電話を切って、ガッカリした。
お金じゃないのか…多くもらえたら買いたかった化粧品があったのに…
もはや、その発想が女子ならではということには気づいていない。
その直後に送られてきたメールを確認する。
元々LaLaの6月号では、夏に向けて水着を紹介する予定だった。
ところが、観光地にあるリゾートホテルから提供するのでタイアップしてくれないか、
という依頼を受け、急きょ構成を考えることになり、
その結果、旅行で夏をエンジョイしよう!という企画に変わった。
まずホテルにチェックイン、次にホテルから歩いて1分のビーチで遊ぶ、
部屋の紹介、おいしい食事、そして温泉、翌日はホテルのプール、という流れになっている。
「はあ?」
この内容を見て思わず声をあげてしまった。
「急にどうしたの?」
舞香が裕哉のスマホを奪い、メールを読んでいた。
「えー、すごくいいじゃん。わたし行きたいくらいなんだけど」
「だったら代わりに行ってよ、温泉ってなんだよ…」
「そんなの気にしてるの?別に下に水着着てその上からタオル巻くから普通の水着の撮影より楽だよ」
「え、そうなの?」
「まさかアンタ、裸の上に直接タオル巻いて入ると思ってたの?」
はい、その通りです…
とは口にしなかったが、舞香はこの心の声がわかっていたので、ため息をついた。
「女性誌の撮影なんだからそんなはずないでしょ。変な雑誌と勘違いしてるんじゃないの?まったく…こういうところはまだ裕哉なんだよね」
こないだは忘れてたと言ってたくせに…
「まあ、泊りなんだし楽しんできなよ。友梨絵や玲衣と仲良くなれるだろうし」
ああ、そうだ!玲衣って子はどんな子なんだろう?
大人っぽい雰囲気で、細くてスタイルがいい、つまり外見のことしか知らない。
「玲衣さんって…どんな人?」
「会ったことないんだっけ?すごく厳しくておっかないよ。気をつけないとマジで怒るからね」
そ、そんな人なのか…うわー…一緒に撮影したくない。
よくそんな人と一緒なのに楽しんできな、などと言えるもんだ。
やっぱり行きたくない。
そう思いながら当日の朝を迎えた。
出版社の前には、小型のバスが一台止まっていた。
その前には奈緒美が立っている。
「おはようございます…」
「おはよう、中に乗って待っててね」
返事をして乗り込むと、すでに友梨絵が乗っていた。
「裕香」
友梨絵が笑顔で手を振っている。
「友梨絵さん、おはようございます」
「そんな他人行儀じゃなくていいよ。それにさ、今日は友達と旅行ってコンセプトじゃん。だから敬語はやめて友達感覚でいこうよ!そのほうが撮影もきっとスムーズだよ」
友梨絵はこういう性格だ。
だから舞香以外の読者モデルの中では、今のところ一番接しやすい。
「わかりました!」
「わかりましたって敬語じゃん」
そういいながら友梨絵が笑っている。
「あっ」と思い、すぐに言い直した。
「わ、わかった。友梨絵ちゃん」
でも玲衣はおっかなくて厳しいって言っていた。
こんな風に軽々しく話しかけたら怒られそう…
怯えていたら、前のドアから1人の女性が入ってきた。
それはまさしく玲衣だった。
無表情で乗り込んでくるその姿に裕哉は警戒していた。
そんな玲衣に、友梨絵は笑顔で声をかける。
「玲衣、おはよー」
それに気づいた玲衣は、いきなり笑顔になった。
「あ、友梨絵ちゃん。おはよー」
あれ、いきなり雰囲気が変わった…
そして玲衣は裕哉のほうに視線を向けてくる。
「裕香ちゃん…だよね?はじめまして、玲衣です」
笑顔でぺこりとお辞儀をしてきた。
舞香が言っていた雰囲気と全然違うので戸惑ってしまった。
「あ、えっと…裕香です。よろしくお願いします…」
固くなりながら挨拶をすると、玲衣が近づいてきて肩を叩いてきた。
「ちょっとぉ、そんなかしこまらないでよ。同じモデル仲間なんだから仲よくしよう」
玲衣はものすごくニコニコしていた。
なんだこれは?おっかないどころか優しくて人懐っこいぞ…
「今日楽しみだねー」と言いながら座った途端、玲衣はすぐに立ち上がった。
「そうだ、トイレ行きたかったんだ」
そういって慌ててバスを降りていった。
「まったく、あいかわらず天然なんだから」
友梨絵がちょっとあきれ顔になっていた。
おっかない、厳しい、怒る、笑顔、天然。
舞香と友梨絵の言葉、それとさっきの玲衣を見て頭の中はずっと混乱していた。
「あ、あの…玲衣さんってどんな人?」
「人懐っこくて結構天然な子。パッと見だとしっかりしてそうなんだけどね」
騙された…こんな人だってわかってたら寝るとき緊張しなかったのに!あー腹立つ!
ムカついたので、舞香にLINEを送った。
ウソつき!全然違うじゃん
既読にならないのでまだ寝ているんだろう。
少しすると、スタッフの人たちも乗り込み始めていた。
撮影用の機材や衣装なども積まれていき、
いつの間にかバスの中は意外といっぱいになっていた。
そして玲衣も戻ってきて、バスはホテルに向かって発進した。
玲衣は本当に人懐っこくて、やたら話しかけてくる。
「ねえねえ、舞香ちゃんって普段どんな感じなの?」
と舞香のことを聞いてくることもあれば、
「裕香ちゃんの髪ってすごいサラサラだよね」
と、髪を触ってきたりもした。
友梨絵は舞香と同じで今年21歳になる、2つ上なので友達感覚でいながらも
やはり年上という感じがする。
玲衣は今年20歳なので裕哉の1つ上だが、どうも年上という気がしない。
この馴れ馴れしさがむしろ年下のような気にさせる。
それぞれタイプが違うのに不思議と仲良くなれそうな気がしていた。