禍福はくるくる回る、リボンの如し
黒森 冬炎様の企画へ参加させていただいてます。
今回、オリンピックイヤーでもありますので、「スポ魂なろうフェス」企画にも、参加させていただきます。
指導者としての反省は、山のようにあるのだが、私の心の奥に引っかき傷のように、残っているものがある。
それは、十年以上も前のことだ。
当時私は、ある私学の高校教諭として、採用されたばかりだった。
その学校では経験の有無を問わず、何かの部活顧問に、ならなければいけない。
私は、新体操部の副顧問になった。「副」がついても名ばかりの、ただ練習場所にいるだけの顧問だった。
ところで、どこの私立学校にも、共通の命題が一つある。
生徒の確保、である。
有名大学への進学率も、甲子園やインハイへの出場も、生徒を確保するための手段にすぎない。
勤務先の新体操部の実力は、集団競技ではたいしたことはなかった。だが、見た目は整った生徒が多く、学校紹介のパンフレットや動画に、よく使われていた。
私が赴任した年の初夏。
新体操部の卒業生が、アイドルの卵になったことがきっかけで、学校はテレビ局の取材を受けることになった。
理事長や校長は学校の宣伝になると喜んで、正顧問と私に言った。
「宣伝効果を上げるために、選りすぐりのキレイなコを出せ!」
新体操部の中で、一番実力のある生徒は、特にリボン演技の評価が高く、個人戦では良いところまで行っていた。 今年のインハイには出られるかもしれないと、正顧問も部員たちも期待していた。
勿論、本人も。
ただ。
彼女はおよそ、新体操向きの外見とは、言えなかった。
いや、顔かたちは可愛いのだ。
瞳は大きく睫毛は長く、すっきりとした鼻梁の持ち主だ。
だが、身長は低めで、日本人女子特有の下半身充実型。 太ももは、自転車競技でもやっているのかという太さ。
彼女が網タイツを履くと、贈答品のハムを思い出すほどだ。たまに本人が、自虐的ネタにしていた。
他の部員と並べると、体全体、ひときわ丸い。
正顧問は苦渋の決断で、テレビ局の取材の時に、個別取材は勿論、全体の練習風景を撮影する時にも、彼女には、はずれてもらうことにした。
「しょうがないですね」
それを彼女に告げる役は、私に押し付けられた。
彼女は一瞬俯いて顔を上げ、笑顔で私に言った。
「先生。ほんの数分だけ、お時間ください」
彼女はリボンを持っていた。
「見ててくださいね」
真紅のリボンが宙に舞う。
彼女の腕から放たれたリボンは、小さな渦巻を何回も作る。
螺旋のように、無限に回転を続けるリボンは、練習場所の床をバラ色に染めた。
演技が終わり、彼女の手首に、赤いリボンがくるりと巻き付いた。
私は小さく拍手した。彼女は顎を少し上げ、目を閉じた。
数年後。
世界大会に向かう取材を受ける、彼女を見た。
ぽちゃっとしていた輪郭はシャープになり、レオタードから伸びた下肢は、見違えるように、ほっそりしていた。
頑張ったな。
本当に、良かったなあ。
私はテレビ画面の彼女に、大きな拍手を送った。
同時に少しだけ、ほんの少しだけ、寂しかった。
本音を言おう。
私は、あの、はちきれんばかりの彼女の太ももが、大好きだったのだ。
企画を運営してくださいました、黒森 冬炎様
いでっち51号様
深く感謝申し上げます。