一話目
「お願いします、暗殺スキルを教えてください!」
ほの暗く、窓のない部屋の中。日光に照らされれば太陽と見紛うほどにきらびやかな金髪を汚れた床につけ、土下座している少女が一人。
「………嬢ちゃん、何者だ………。」
部屋の主であった一際存在感の薄い男がそう聞いた。一般人であれば、すぐ隣にいても彼の存在に気づくことはないだろう。
しかし、少女はその男をはっきりと認識していて、彼に向かって土下座をしている。男には意味が分からない。
そして、その周りで少女に倒されて意識を失っている部下たちのことも、意味が分からない。
少し前まで、その部屋では部屋の主と部下たちが一仕事終えてのんびりとしていた。
この部屋は男の部下たちが隠れて見張っており、誰か来たなら、少なくとも連絡が来るはずだった。変な奴なら通すなとも言ってあった。
だが、少女が行儀よくドアをノックして入ってきたとき、その部屋にいた男たちは存在感の薄い男を含めて、驚愕して武器に手をかけた。部屋の周りにいた部下から連絡が来ていなかった。
それが意味するのは、部下の全滅かあるいは、部下たちが一人も少女の存在に気づかなかった、ということなのだ。
男たちは少女が入ってきたとき、明確ではないが敵対しそうな組織を複数頭に浮かべていた。あるいは騎士団か。彼らはいつも唐突に裏組織を潰しにかかる。
しまった。何故今。どうしてここが。そんな動揺を抑え込んで、ほぼ確実に敵といっていい少女、それも自分たちの警戒を掻い潜るような強い少女が何をするのか警戒していた。もっと言うとどんな攻撃を仕掛けられてもいいように身構えていたのだ。
少女はそんな男たちをあざ笑うように部屋を見渡し、そして部屋の主であり男たちのリーダーであり
、最も実力のある、存在感の薄い男に目を止めたのだ。
その時の男たちの緊張のほどは計り知れない。
男たちの組織はその内情を一切外に漏らしていなかった。そのつもりだった。リーダーの情報など、組織の内部でも限られた人間しか知らない。はずだった。
なおかつリーダーは常にある程度気配を消している。当然見ただけで実力が分かるように振る舞ってもいない。一般人の動作を完全に真似る程には徹底している。
そのリーダーに、部屋の外の部下たちを出し抜いた少女は目を止めた。つまり、どこからか情報が漏れていたか、少女がリーダーの実力を凌駕している可能性がある、ということだった。
簡単に言い換えれば、男たちは金髪のあどけない顔をした少女に殺される覚悟を決めていた。そしてリーダーだけでも少女から逃がそうと考えていた。
だから、リーダーに目を止めた少女が無邪気な笑顔を見せて頭を下げて次のように言ったとき、男たちはそれが攪乱か何かだと思った。
「お願いします、暗殺スキルを教えてください!」
それが攪乱で、自分たちを油断させるものだったとしたら運がいい。男たちは既に覚悟を決めていて、少女を完全に強力な敵であると認識していた。
要ずるに少女の視線が自分たちから外れたので、一斉に襲い掛かったのだ。といっても部屋の中にはリーダー以外には三人しかいなかったが。
それでも、その三人は人を殺す術に関しては組織の中でも一、二を争う実力だった。たいていの人間はそれぞれが一撃で殺せる自信があったし、事実これまで狙った標的は必ず殺してきた。
一人目のナイフが少女の白いうなじに飛び、二人目は素早く少女の後ろにロープを持って回り込み、三人目は毒薬を金色の髪の中心、つむじにかけた。三人はそれぞれが自分の行動で、少女を殺せた、あるいは殺せると確信していた。
一人静かに状況を観察しながら逃げる算段を考えていたリーダーでも、少女が実際のところ何をしたのかは分からなかった。ただ、少女が何かを呟いたのは聞こえた。
「百二十四番。」
リーダーの聞き間違えでなければ、少女はそう呟いたように聞こえていた。
その瞬間、一人目の放ったナイフは地面に落ち、二人目は何かにぶつかったように後ろにのけぞり、三人目の毒薬は透明な壁にかかって落ちて床を溶かし始めた。
「五十一番。」
毒薬は突然姿を消し、代わりに床に汚れが付いた。一人目と三人目は放心するより先に手が動き、それぞれナイフを持って近づき違う毒薬に手をかけた。二人目も体勢を整えた。
「百二十五番。」
二人目は再び何かにぶつかり倒れこみ、すぐに少女に向かっていた一人目も何かに弾き飛ばされた。最後に透明な何かは三人目を弾き飛ばし、三人目は毒薬を自分にかけてしまった。
「五十一番。三番。」
三人目にかかった毒薬はすぐに何かの汚れに替わり、倒れこんだ三人は透明な何かに腕と足を拘束された。リーダーにはそのように見えた。
「十番。」
鈍い音が一つ聞こえて、少女に襲い掛かった三人は意識を失い体から力が抜けた。そして、少女は顔を上げた。
「皆さん、なんで突然襲い掛かるんですか。話ができないじゃないですか。」
不服そうに顔をゆがめた少女が場にそぐわず可愛らしくて、だからリーダーは恐怖した。すぐに嬉しそうな笑顔を見せたのもまた、恐怖を強める事だった。
「でも、あなただけは襲い掛かりませんでした。暗殺スキルの使い手が、話の出来る人で本当によかったです。」
無邪気に笑って言う少女に動揺を隠せなくなるリーダー。
自分も今やられた三人と同じように意識を奪われ、何かされるのだろうか。それとももっと単純に殺されるのだろうか。
少女は一歩、二歩とリーダーの男に近づき、すぐ目の前で立ち止まった。笑顔はなくなり真剣な顔になる。リーダーは緊張して身構える。何をしたか分からなかったし、何をされるか分からなかった。
そして、少女は膝をつき、長く綺麗な金髪を床に垂らして、土下座した。
「お願いします、暗殺スキルを教えてください!」
呆気に取られたリーダーはふとさっきも少女が同じことを言っていたのを思い出す。もしかして、本当にそれだけなのだろうか。敵対しにここにやってきたのではないのだろうか。
少なくとも自分が何をしたところで少女に通用はしないだろう。であれば。少女の話に乗るほうが賢明なのかもしれない。そういえばさっき気絶した三人も殺されてはいなかった。
そう結論付けたリーダーは、安心してしまって先ほどから気にかかっていたことが口から出てしまったのだった。
「嬢ちゃん………何者だ………。」
顔を上げて何を言われたのか考えている姿は可愛く感じるが、それゆえになおさら少女がなんであるか気になった。