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Magus 赤い猫の見聞録

作者: 緑野くま

今日は天気が悪い。晴れ間なんて見えなくて、今にも雨が振り出しそうな、そんな天気だった。

少年ユウは、カフェのテーブル席でコーラを啜りながらスマホの画面を見ていた。画面に映っているのは、SNSのダイレクトメッセージのページ。

ユウはだいぶ、焦っていた。それは、緊張とも、苛立ちとも違う。今、自分の身の回りで起こっている『とある事件』が早く終わってほしいという焦燥感だった。

突然、ピコンとスマホの音が鳴った。画面には新着のダイレクトメッセージがきた通知があった。ユウはこれを見た瞬間、大急ぎでメッセージを開いた。

『ユウ君、待ち合わせの場所にいる?』

『はい、テーブル席にいます。赤いリュックサックと黒の帽子が目印です』

『ああ、窓越しで見えたわ。私は、赤髪に緑眼で分かるかな』

ユウはバッと顔を上げた。目に映ったのは確かに、赤髪に緑眼の美女だった。髪は何故か、猫耳のようにまとめている。背も高い。もしかして、自分より高いんじゃないか?道行く人が思わず二度見している。

ユウもこれは流石に予想外だった。顔立ちをみる限り、外国人だろうか。どこか気品すら漂っていた。店に入ってきたときも、場違いなんじゃないかと思ったし、どうしてこんな所を指定したのだろうかという疑問すら出てきた。

そんな事を考えているうちに、美女はいつの間にかユウの目の前にいた。

「こんにちは、はじめましてね、ユウ君」

美女は流暢な日本語で挨拶してみせた。

「あ、ああ、は、はじめまして」

この時ユウは、とんでもない緊張に襲われていた。心臓が飛び出しそうになる程高鳴っている。だが、そんな気持ちも、どこかの誰かが発したある一言であっという間にかき消された。

「この前からさ、あの男子校の生徒、結構な人数行方不明になってんだよね」

偶然聞こえてきたその声で、ユウは本来の目的を思い出した。そうだ、こんな所でド緊張している場合じゃない。

「すいません。そこの席、どうぞ」

「ありがとう。ふふ、そんなに緊張しなくても大丈夫よ」

美女は席につき、オレンジジュースを頼んだ後ユウの方を向いた。

「改めて、自己紹介しないとね。私はローゼリンデ・グランツ。長いからロゼって呼んで。よろしくね」

「よろしくお願いします。ロゼさん」

お互いに挨拶した後、ローゼリンデは切り出した。

「さてと、早速だけど、今回の依頼の確認をしましょうか。教えてくれる?あなたの身の回りで、何が起こったのか」

意を決したユウは話を始めた。



遡ること、1週間前である。とある日の午後、この時は学校の放課後でしかも部活のない日だった。

ユウが早く家に帰ろうと支度をしていた時、ユウの親友のカケルが話しかけてきた。

「ユウ、これ知ってるか?」

そう言ってカケルが見せてきたのは、女性の写真が貼り付けられた、見るからに怪しい広告のチラシだった。

「なんか最近、先輩の家にもきてるらしいんだよ、これ」

見るからにいかがわしさ全開のその広告に、ユウの警戒心は上昇した。

「いや・・・俺はいいよ。そういうの興味ないから」

「何だよ、バレなきゃ済むんだしよ」

「そういうんじゃなくて・・・」

「あーもういいよ。俺らだけで行くから。つーか、お前みたいな真面目ちゃんには似合わねーよな」

ユウはその場にいることすら嫌になって、逃げるように家に帰った。

親友の誘いとはいえ犯罪や非行に走るのは、ユウの心が許さなかった。

だが、この時から感じつつあった。犯罪では済まされない、もっとまずいことになるのではないかという、先の見えない不安を。

ユウは、これが単なる杞憂で終わってほしいと、ひたすら願った。


次の日、そんな希望は潰えることとなる。登校していた時、顔色が真っ青な女性が「ユウ君!」と叫んでこちらにきた。よく見ると、その女性はカケルの母親だった。

「ねえ!カケル見なかった!?」

「え・・・何かあったんですか?」

「昨日の夜から帰ってないの。警察の人にも、探してもらっているけど・・・。あの子・・・いつも帰りが遅くなるときは連絡してくるのに・・・」

この時、ユウの脳裏に映ったのは、あの怪しげなチラシだった。

(まさか・・・アレが・・・!?)

ユウは、カケルの母親に分からないということを伝えて学校へと向かった。


そして、学校のホームルームにて、ユウは更に事態が深刻であることを知る。

「えー、先日から、市内の高校生・・・特に男子を中心に行方不明者が相次いでいます。そして我が校でも、数名行方不明者が出ており・・・」

ユウはこれを聞いて、昨日の嫌な予感が的中したような気がしてならなかった。

(やっぱり、カケル達、巻き込まれたのか・・・!?)

恐怖が一気にユウに襲いかかった。冷たい汗が顔を伝っていくのを感じていた。

だがそれ以上に、親友を探さなければという、根拠のない強い使命感が生まれ初めていた。

その日の放課後、ユウは昨日見たあのチラシが家に届いていないか、ポストを見た。運が良いのか悪いのか、あのチラシが入っていた。

その日の夜、ユウはチラシに書いてあった住所まで向かった。そこは、人気のないマンションの一室だった。

(なんで・・・こんな、見るからに怪しい場所に・・・?)

考え事をしていた時、目の前の扉が急に開いた。ユウはドアノブに触った覚えがないので、軽いパニックを起こした。

その隙に、ユウの体は部屋の中に一気に引きずり込まれた。そして同時に、ユウの意識はあっという間に遠のいていった。


気づくと、そこは見たことのない空間だった。何だろう、この前アニメで見た、魔術の儀式を行うような、そんな場所に似ていた。

辺りを見渡していたとき、目に飛び込んできたものにユウは驚きを隠せなかった。

「カ、カケル!?」

倒れていたカケルの元へ行った・・・のだが、明らかに様子がおかしかった。さっきの叫びに反応しなかったのはともかくとして、何というか、生気が無いのだ。

ユウは恐る恐る、カケルの首に手を当てた。ユウは飛び退いた。脈が、無かったのだ。

(カケル・・・死んでいるのか!?)


「あらぁ、その子に何しても無駄よぉ?」

背後から、ねっとりとした声が聞こえてきた。振り返るとそこにいたのは・・・


背中から大きなコウモリの翼が生えた女だった。


「うわあああああああああ!!」

ユウはその場から逃げようとしたが、女はあっという間にユウを捕えた。

「可愛いわぁ、あんな紙切れ一枚でこれだけ釣れるなんて、やっぱり『人間』は浅ましいわねぇ」

「な、なん・・・で、は、離せ!」

ユウはじたばたと暴れたが、女の腕はユウの体をがっちりと捕らえていたが故、抜け出すことは全くできなかった。女は、笑顔のまま口を開いた。

「じゃあ、あなたの魂、もらうわねぇ」

「は!?」

女の指がユウの左胸に触れた、その時、また意識が飛ぶような感覚がした。だが、今度は一瞬で済んだ。気がつくと、ユウの右手を誰かが握っていた。暗くてよく見えない。

「離さないで。離すと君も動けなくなってしまうから」

何者かは、ユウの手を引っ張って走り出した。部屋からでた後も、ずっと。

気がつくと、見慣れた景色がそこにあった。小さい頃よく遊んでいた公園だ。

そして、自分を助けてくれた人の姿もよく見えた。所々青いメッシュの入った黒髪のショートカットで、スマートな身のこなしだった。男か女か正直見分けがつかなかったが・・・。さっきの声を聞く限り、この人物は恐らく女性だ。

「あ、ありがとうございます。助かった・・・」

「礼はいいよ。これも仕事だから・・・!!」

女性が何かに気づき、「下がって!」と叫んだ。女性の目線の先には、異様な姿の化け物が5体いた。

「な、なななな、なんッ!?」

ユウがパニックに陥っている中、女性はためらいなく前へ出る。そして、手をかざした。

(何を・・・?)


銀の魔法 シルヴァ・ブレイド


一瞬、ほんの一瞬で、5体の化け物の体を、無数の銀の刃が貫いた。いや、それもそうだが、さっきの一言に、ユウは完全に呆気に取られていた。

(え・・・え?今、なんて・・・魔法って言ったか!?)

到底信じられなかったが、事実だった。何もない空中から、銀の刃が出てくる。手品のようにタネを仕掛けておくような場所も、この周りには無い。目の前で起こったことを認めるしか、今の所方法がなかった。

女性は化け物が消えたのを確認した後、ユウへと振り向き、言葉を発した。

「今ここで起きたこと、誰にも言わないでね」

冷静な一言の圧に押され、ユウは「は、はい」と答えることしかできなかった。女性は話を続ける。

「ところで、なんであの場所にいたの?君もチラシ見てここにきたの?」

「いや・・・そうといえばそうなんですけど・・・あの」

「・・・?」

急に口を噤んだユウに女性は不思議そうな表情を見せた。だが、その直後ユウは言い放った。

「俺の親友が、あそこにいたんです。危険なのは分かっていたけど、アイツのお母さんも心配していたの見ていたら、いてもたってもいられなくなったんです!」

「・・・だからあそこに?」

ユウはこの問いに「はい」と力強く答えた。

女性は少し考えた後、スマホを取り出した。

「君って、SNSのアカウント持ってる?」

「え・・・はい、持ってますけど、何を?」

そう聞くと、女性はある画面を見せた。誰かのアカウントのページだった。

「このアカウントのダイレクトメッセージに、『赤い猫への手紙』って一言打ち込んで。そうすれば、彼女は必ず話を聞いてくれるから」

「ダイレクトメッセージ・・・それでいいんですか?」

「うん、大丈夫だよ。親友助けたかったら、なるべく彼女と行動するようにね。それじゃあ、私はこれで」

そう言うと、女性は一瞬にして目の前から姿を消した。


その日の夜、ユウは迷っていた。今日見たもの全てが、信じられない事の連続だった。翼の生えた女。得体のしれない化け物。そして、魔法。空想の産物であるはずのものが、この現実に存在していたのだ。

全て、夢なんじゃないかと思ってしまった。正直、本気で信じるとは、胸を張っては言えなかった。

けれどカケルを助ける為には、これしか方法がない。

ユウは、あの女性に教えてもらったアカウントを開いた。あの女性の知り合いということは、その人も恐らく事情は知っているのだろう。

覚悟は決まった。ユウはダイレクトメッセージを開いて、打ち込んだ。『赤い猫への手紙』

ものの数分で、返信がきた。『はじめまして、依頼ですね』



「なるほど・・・それが今までの経緯ね」

「はい。どうにかしたくて、連絡しました。どうでしょうか・・・?」

ユウは恐る恐る尋ねると、ロゼは優しい笑顔で答えた。

「大丈夫よ。今ならまだ間に合うわ」

「本当ですか!?」

「ええ。それじゃあ、まずはざっくりとした説明からしようかしら」

ローゼリンデは一息ついてから、ある事実を告げた。それも真剣な顔で。


「ユウ君、あなたが見たのは魔女よ」


「え・・・ま、魔女!?」

何が来てもいいように身構えていたが、意外すぎる一言にユウは思わず叫んでしまった。

「魔女って、てっきり、とんがり帽子に黒い服で、ほうきに乗って空飛んで・・・ってイメージだったんですけど」

「あはは、確かにそういう考えが大半よね。でも本当の所は少し違うわ」

ローゼリンデは持っていたカバンから資料を取り出した。見た感じ手書きだろうか。ものすごく綺麗にまとめられていた。

「中世ヨーロッパの時、魔女狩りと呼ばれる事件があったの」

「あ、なんか聞いたことあります。何かの本で載ってたような・・・」

「あら、そうなの?じゃあ話は早いかしら。当時、大勢の人達が処刑されたけれど・・・」

「けれど?」

「その中に、本物の魔女もいたのよ」

「本物って・・・どういうことなんですか?」

「当時『ワルプルギス』と呼ばれる一族がいて、彼女たちは生まれつき魔法を扱うことができたの」

「彼女たちって・・・」

「ワルプルギスの一族は、どういう訳か女性しか生まれてこない特殊な一族で、加えて魔法も扱える・・・。いつしか彼女たちは、魔女と呼ばれるようになったの」

ユウは言葉を失っていた。まさか歴史の中で、こんな事実があったとは。

「話がそれちゃったわね。魔女狩りの時、彼女たちも処刑された。だけど彼女たちは全員、魔法の世界の存在と契約して、肉体が滅んでも魂は生き残るようにしていた」

「魔法の世界って、存在するんですね」

「ええ。信じられないかもしれないけど、魔法の世界は何百年も前から、この現実の世界に干渉しているわ」

「あー、ええと、さっきの話まとめると、俺が出会った魔女は魂だけ生き残っていたってことですよね。あれ?どうやって肉体を手に入れたんだ?」

「契約して、新しい肉体を手に入れたか・・・自分の手で作ったか・・・ね。他人の体に乗り移っているなら最悪だわ。どれにしろ、調査を始めないと」

ローゼリンデはそういった後、頼んだオレンジジュースを一気に飲み干した。

「ユウ君、その現場に連れて行ってくれる?何か手がかりがあるかもしれないわ」

「はい、分かりました」

二人は、会計を済ませて外に出た。



「やっぱりいいわね。日本のこういう街並みって私は好きなの。仕事じゃなかったらスケッチブック持って行きたかったわ」

「絵、描くんですか?」

「うん。小さい頃から絵を描いたり、ちょっとした編み物とか作ったりするのが好きだったの」

「さっきの資料見て思ったんですけど、ロゼさんって器用ですね」

「あら、ありがとう。そんな風に言われると何だか嬉しいわ」

道中は非常に穏やかだった。ユウはこの穏やかさに少しだけ、ほんの少しだけだが、救われていた。

ユウから見たローゼリンデは、お世辞抜きで魅力的な人だった。SNSでやりとりは何回かしていたが、実際に会ったときも、彼女は気さくに話をしてくれた。この明るい雰囲気・・・きっと友人も多そうだと思った。

そして、それだからこそ気になることがあった。

「あの・・・魔法とかそういうのって、所謂、裏社会・・・の世界なんですか?」

「裏社会・・・か。・・・そうね。あなたたちから見れば、そういう世界なのかも。私たちは、ユウ君たちの知らないところで、魔物退治や超常現象の調査をしているの」

「ロゼさんは、いつからこんな仕事を?」

「私は・・・小さい頃から。物心ついた時には、魔法を使う人たちが周りにいたわ」

ユウは、また言葉を失った。どうして、こんな人が裏の世界にいるんだろう。こんなにも明るくて優しい人が、何故?始めてローゼリンデを見たとき、表舞台で活躍していてもおかしくないと、そう思ってしまった。

自然と重い空気に包まれてしまったのを感じたのか、ローゼリンデは話題を変えた。

「そうだ。ユウ君、あの時あなたのこと助けた人、私の友達かも」

「えっ!やっぱりそうなんですか!?」

「ええ。多分、ヨハンナだわ。私と一緒に日本に来たの」

「あの、さっき言ってた仕事って、もしかして・・・今回の魔女を?」

「そうよ。私たちはその調査でここに来たのだけれど、あなたの話を聞いて、確信したわ。魔女はこの街にいる」

「はっきり言えるんですね・・・。あっ、あれです!あのマンション!!」

ユウの指差した先には、例の人気ないマンションがそびえ立っていた。

二人は階段を上り、あの一室へと着いた。その時ローゼリンデが何ら躊躇なく扉を開け放ったので、ユウは思わず飛び退いた。

中は至って普通のマンションの一室だった。あの儀式の部屋のようにはなっていなかったし、何かがいる気配も全くない。だが、ローゼリンデは何かを感じていたようだった。

「魔力の残滓が残ってる・・・。ここを出たのはつい最近ってところね」

「魔力って、魔女のですか?」

ローゼリンデが「ええ」と頷いた時、ユウは肝心なことを思い出した。今まで思い出せなかったのが恥ずかしいレベルのものを。

「そうだ!カケルは!?カケルはどうなったんですか!?」

「カケル君・・・あなたのお友達ね?この前ヨハンナから連絡があったけど・・・」

ユウは、唾を飲み込んだ。

「今の所、問題はないわ。魂を抜かれているだけだって」

「全然大丈夫じゃないですよねソレ!!」

「いえ、カケル君の体に魂の残滓が残っていたらしいの。カケル君だけじゃない・・・他の被害者の男の子たちも、全員ね。でも時間の問題だわ。魔女が人の魂を狙う理由は大体決まっているから」

ユウが「理由って?」と聞いたところで、ローゼリンデのスマホが鳴った。発信者はヨハンナだった。ローゼリンデはすぐに通話に出る。

「ヨハンナ!どうしたの!?」

「ロゼ!魔女の居場所が分かった!地図送るからすぐに来て。私が先に足止めしている!」

電話が切れた。ローゼリンデはユウに事態を告げ、二人で現場に急いで向かった。



「う、うわああああ!?」

とある場所にて、複数人の少年があの魔女に捕らえられていた。

「逃げても無駄よぉ?あなたたちの魂は私のものなんだからぁ」

魔女は左胸に手を当てた。その手は体の中へズブズブと埋まっていく。

「ぐ・・・うぐぅ・・・!?」

「いいわぁ。これで何もかも私のもの・・・」


「そこまでだ」


どこからともなく、声がした。そしてその直後、その場にいた全員の意識が飛んだ。

数秒後、魔女はその場に留まっていたが、襲われていた者も含め、少年たちは魔女から距離を取った場所にいた。

「ここから逃げるんだ。いいね?」

その声がした後、少年たちは一目散に部屋の外へと出て行った。

声を発した人物は、魔女の元へと歩み寄る。ショートカットの黒髪が微かに揺れていた。

「へぇ・・・あなた、魔道士なのねぇ・・・。でも男じゃないのはちょっと残念」

「男じゃなくて悪かったな。まあ、仮に男だったとしても、魂取られるのはごめんだね」

「フフ・・・あなたの魔法、かなり特殊ねぇ。時間と空間を操れるのかしらぁ?さっきのもそうなんでしょぉ?」

「まあね・・・否定はしない。それより、男の子の魂ばっかり取って、いったい何がしたいんだ」

魔女は「フフフフ」と不気味に笑ってから答えた。


「決まっているでしょ。復讐よぉ。私たちワルプルギスの一族を根絶やしにした人間にねぇ・・・!!」


魔女の爪が鋭く伸び、ヨハンナの周囲をなぎ払った。ヨハンナは間一髪避けたが、その後異変に気づいた。周りの壁が溶けていたのだ。

「・・・毒か」

「ええ、そうよぉ。食らえば五分もしないうちに楽になれるわよぉ!」

何度も斬撃が際限なくヨハンナに襲いかかった。だが、ある一撃が来る直前、ヨハンナの魔法が発動した。


時空の魔法 プレース・スワップ


魔女が床へと放ったはずの攻撃は、天井を直撃していた。

(こいつ!空間操作で攻撃そのものを移動させた!?)

魔女が怯んでいる隙に、ヨハンナは魔女に追い討ちをかける。


銀の魔法 シルヴァ・バレット


無数の銀の弾丸が魔女の体を貫いた・・・が、しかし。

「甘いわねぇ。これで死ぬとでも思ってたのぉ?」

蜂の巣にされたはずの魔女の体がみるみるうちに綺麗に再生されていく。魔女の再び爪による斬撃がヨハンナを襲った。

「うっ・・・!」

ヨハンナはギリギリで避けたが、それでも精一杯のレベルだった。

「息があがっちゃってるわねぇ。このまま魔法を使っても、魔力切れで限界がくるのはあなたの方よぉ?」

ヨハンナの呼吸は荒くなってしまっていた。しかし・・・ヨハンナは不敵に笑っていた。

「別に私はいいんだよ、こんなの前座みたいなもんだから。本番はこれからだ。覚悟は決めときな」

言い終わった後、魔女の周りに炎でできた蕾が漂っていた。


炎の魔法 ローゼン・フランメ


炎でできた薔薇の花が一気に咲き乱れる。炎の花は魔女を燃やした。

(ぐうっ!この魔力・・・こいつのものじゃない・・・!?)

魔女は戸惑っていたが、すぐに魔力の主に気づいた。

「また魔道士なのねぇ・・・!!」

魔女の目の前にいたのは、赤い髪の女だった。

「来たね。ロゼ」

「ヨハンナ!大丈夫!?」

「心配ないよ。ただ・・・魔力切れがマズいかもって・・・」

ヨハンナの目は、ローゼリンデの後ろにいる少年の姿を見逃さなかった。

「その子・・・連れてきたの?」

「ええ、それが何か?」

「何かって君さ・・・一般人をこんな危険な場所に連れてくる?」

「大丈夫。結界を張れば守れるから」

「そうだけど・・・まあ、いいか。君の魔法なら問題ないし。でも一応私が見てるから」

「分かったわ。お願い」

会話が終わったと同時に、魔女の体は復活していた。魔女の表情は怒りに満ちていて、もはや別人のようにも見えた。

「あなたもぉ・・・私たちの邪魔をするのねぇ・・・」

「罪のない男の子たちの魂を使って、儀式でもするつもりなの?」

「そうよぉ。人間も殺せて私たちの力も増強できる・・・。これ以上に一石二鳥なことなんてないでしょう?」

「何が一石二鳥よ!あなたたちの恨みは、この時代の人たちには関係ないわ!」

「いいえ、私たちは呪い続けるわよぉ・・・。何百年何千年かかっても・・・私たちの怒りを思い知らせ続ける!永遠にねぇ!!」

ローゼリンデと魔女の魔法がぶつかり合っている。ユウは、まるで海外のヒーローものの映画を見ているような、そんな衝撃を感じていた。

「ロゼさん、大丈夫何ですか?」

「彼女なら心配ないよ。それは保証する」

「あの・・・失礼なこと聞くかもしれないんですけど、ヨハンナさん、どうしてあの魔女を倒さなかったんですか?ヨハンナさんの魔法なら、倒せるような・・・そんな気がしたんですけど」

「全然失礼じゃないよ、その質問。そうだな答えるとしたら・・・」

ヨハンナは一時考えた後、口を開いた。


「この世界で魔女を倒せるのは、現状ロゼだけってところかな」


ユウは「は!?」と声を上げたきり、開いた口が塞がらなかった。

その直後、ローゼリンデと魔女の戦場でも変化が起こった。彼女たちが戦っていた辺り一面がボロボロになっている。ローゼリンデと魔女は互いににらみ合っていた。

「しぶといわねぇ・・・何度も殺し損ねたわぁ・・・」

「こっちも殺される訳にはいかないもの」

「ねぇ・・・一つ聞いてもいいかしらぁ?」

「何?」

魔女は不気味な微笑みを浮かべてローゼリンデに尋ねた。

「あなたはぁ、あの男の子たち救って何か得でもするのぉ?」

「えっ?」

「あなたが今救おうとしている人間はねぇ、紙切れ一つで自分の欲を抑えられないバカ共よぉ?魂も見たけどぉ、ロクな人間には見えなかったわぁ。大人になっても賢くはならないでしょうねぇ」

「何を・・・言って・・・!?」

「だから、生きる価値も見いだせないような人間救って何の意味があるのって聞いてんのよぉ」

ケラケラと笑う魔女を見て、ユウの中で怒りがこみ上げていた。それはもう、冷静さを失ってしまいそうになるほどに。

だがそれは、ローゼリンデも同じようだった。あのローゼリンデの口から有り得ない程の荒々しい声が放たれた。

「ふざけないで・・・あなたのものの見方一つで人の生きる価値を決めつけるな!!」



「俺・・・正直怖かったんです」

あのマンションで調査をしている途中、ユウが放った一言だった。

「怖かったって?」

「カケルの事です。カケルが死んでるって分かったとき、頭の中真っ白になったっていうか・・・信じられなかった。いや、カケルだけじゃなくて、他の友達も」

ローゼリンデには、ユウの声が震えて聞こえた。ユウはそのまま、膝をついて動けなくなってしまっていた。

「一緒に登校して、勉強して、部活して、時々家にも遊びに行って、バカみたいに騒いで・・・。ずっとそんなのが続くと思ってた。思ってた・・・けど、こんなのあんまりだ・・・」

ユウの瞳から涙が溢れていた。拭っても拭っても、止まることはなかった。

その時、ローゼリンデがユウにハンカチを差し出した。

「・・・ロゼさん」

「ユウ君、その気持ち・・・よくわかるわ」

ユウはハンカチを受け取って、涙をもう一度拭った。ローゼリンデの瞳には優しさと悲しさが入り混じった何かが宿っていた。

「私もね、今まで大切な人たちの死を嫌になるほど何度も見てきた。私も思っていたの、その人たちはおじいちゃんおばあちゃんになるまで生きていて、そのうち色んな楽しいことが待っていたんじゃないかって。多分、人の死は・・・これからも見ると思う」

ユウは黙ったまま、ローゼリンデの目を見て話を聞いていた。

「でも彼らはまだ間に合う。魂が魔女の元にあるなら、絶対に取り返すわ。絶対に」

ローゼリンデは極めて強い言葉で言ってみせた。どうしてだろう、ローゼリンデの言葉を聞くと、不思議と安心している自分がいた。

「それに・・・これは、あなただけの問題じゃないわ。カケル君たちの家族の人たちの為にも行かないと」

ローゼリンデは立ち上がった。ユウにとってはその姿は眩しくて、まるでヒーローの様だと思った。



「大切な人は奪わせない・・・特にあなたの様な人からは!!」

ローゼリンデが構えをとる。先程の魔法よりも強烈な勢いの炎だった。


炎の魔法 フューアー・ランツェ


炎の槍は魔女に直撃した。だが、魔女の体には火傷どころかかすり傷すら負っていなかった。

「あなたも学習しないのねぇ・・・。無駄な攻撃ばっかり繰り返す」

「いいえ、さっきの攻撃で分かったわ。あなた、私たちの魔力を吸収して体の急速再生をしているのでしょう?しかも魔力が多ければ多いほど、回復するスピードも早くなる。違うかしら?」

魔女は何も言わなかった。あの様子だと、どうやら図星らしい。だが、ユウはそれを聞いたとき、不安に襲われた。

「で・・・でも、ヨハンナさん。あれってヤバくないですか?」

「ヤバいって?」

「あの魔女、魔力を吸収するってことは、吸収した分だけ強くなるんじゃ・・・」

「確かにそれはあり得る。実際私の魔法が吸収された時も、動きが全く違っていたけど・・・、でも」

「でも?」

「あいつがローゼリンデの魔力を吸収したなら、もう勝負はついてる」

ユウは対峙する二人の女の方へと目線を移した。

(勝負がついているって・・・どういうことだ?)

「それを知った程度でどうにかなる訳でもないわよぉ!」

魔女の斬撃がローゼリンデを襲った。あのトリックに気づいたということは、毒にも気づいているのだろう。ローゼリンデも、避け重視の防戦一方状態になっていた。

「知った途端に何もできないなんて哀れねぇ!このまま死ねぇ!」

魔女の一撃がローゼリンデに当たる直前、魔女に異変が起こった。魔女の体が硬直し、その場に倒れたのである。

「な・・・に?うごか・・・な・・・い?」

その時、魔女がハッとした表情を浮かべた。大量の汗がダラダラと流れ落ちている。

「こ・・・この・・・魔力・・・まさ・・・か・・・!」

魔女はカッと目を見開いて、ローゼリンデに向かって叫んだ。


「お前ぇ・・・!お前も・・・ワルプルギスなのかぁ!!」


「そうよ。私もあなたと同じワルプルギスの一族。・・・あまり周りには話してないけれど」

「ふざけるなぁ!同族殺しが許されるとでも思っているのかこのアバズレぇ!!」

「・・・これは、さっきのあなたの質問の答えになるけれど」

ローゼリンデは両手に魔力を纏わせながら、答えを告げた。

「私は、今生きる人たちの幸せの為に戦っているの!ハッキリ言わせてもらうわ。私はね、あなたたちの復讐にはこれっぽっちも興味はない!」

ローゼリンデの精製した魔力の楔が、魔女の左胸を貫いた。

「ワルプルギスの一族の魂を滅ぼせるのは、同じワルプルギスの一族の者のみ!あなたが奪った魂、返してもらうわよ!!」

楔は眩い輝きを放ち、魔女の体を包み込み、部屋では魔女の断末魔が響き渡る。ユウとヨハンナはこの光景を、固唾を飲んで見守った。そして・・・


魔女は肉体と魂ごと、光の粒子となって消滅した。


ユウはただ、消えてゆく光を見ることしかできなかった。


部屋はしばらくの間、静寂に包まれた。ローゼリンデはというと、魔女が消えたのを確認してから、奥の部屋へと向かっていった。ユウとヨハンナの二人も、彼女の後に続いた。

「あったわ。これね」

そう言ってローゼリンデが手に取ったのは、美しい装飾が施された瓶だった。中で何かが怪しく光っていた。

「それの中身、何ですか?」

「被害者の男の子たちの魂ね。この様子だと全員分あるわ」

「じゃあ、それを開けたら・・・」

「ええ、主人の元に帰って行くわ。ヨハンナ、被害者の男の子たちの体ってどこにあるの?」

「街の中央病院に安置されてるよ。多分今からでも訪問できる」

「じゃあ行ってみましょう。魂が戻っていくところを見るまで安心はできないわ」

ローゼリンデはそう言った後、部屋を出て行った。二人も彼女の後へとついていった。



三人は病院のとある一室を訪れた。ベッドは全て埋まっていたが、恐ろしいほど無機質な空間だった。そんな中、ユウは奥のベッドから見えたその姿の正体にすぐに気づいた。

「カケル!?」

ユウはわずかしかない道を走った。ユウがベッドの柵に手を掛けたとき、ガタン!と音を立てた。

ヨハンナが、「ユウ君落ち着いて」と冷静に話しかけ、ユウはここが病院の中だったとハッとした。

「これで、全て終わると思う。・・・ロゼ」

ヨハンナの静かな言葉にローゼリンデは頷き、瓶の栓をそっと開けた。瓶に溜まっていた光が一気に放出した。ユウは、いつだったかテレビ番組で見た、オーロラの光景を思い出した。

光はあらゆる場所へと飛んでいく。そしてその光は、ベッドの上で横たわっていた体に溶け込んでいった。カケルの体の中にも、もちろん戻っていった。


数秒後、カケルが目を覚ました。


「・・・!!カケル!?」

ユウはその異変に気づき小さく叫んだ。カケルはゆっくりとユウの方へと向いた。

「あ・・・れ・・・ユウ?俺・・・今まで何を・・・?」

「あ、ああ・・・カケル・・・良かった・・・良かったぁぁ・・・!」

ユウはその場で泣き崩れてしまった。カケルは何が起こっているのか把握できていなかったのか、ポカンとそた表情でユウを見ていた。

「記憶が飛んでるっぽいね、あれ」

「少し話した方がいいかしら。でも、今はそっとしておきましょう?」

「そうだね。気持ちは分からなくはないよ。私たちも、ああいう事は何度もあったからね」

「ええ、とにかく・・・良かった」

二人は友人との再会の場面を静かに見守っていた。自分たちの体験を思い出しながら。



後日、ローゼリンデとヨハンナは空港にいた。出発まではかなり余裕があったが、これにはある理由があった。・・・といってももう、分かりきった事なのだが。

「ロゼさん!ヨハンナさん!」

明るい少年の声が、響いてきた。赤いリュックサックと黒い帽子をかぶった少年が、二人の元へと向かってくる。

「ユウ君!久しぶりね!」

「久しぶりです。出発前に挨拶したくて・・・時間とらせてしまってすみません」

「いいのいいの、気にしないで。カケル君たちはどう?」

「だいぶ調子戻ってます。病院の先生も、このままなら来週から学校にも復帰できるって言ってました。」

「今回の件で厳重注意はしたし・・・これからはこんな事には巻き込まれることは無くなると思うよ」

「一回死んでますしね・・・」

何気ない会話が続く中、ローゼリンデがあることを聞いた。

「ユウ君、あの時は緊急事態だったから聞けなかったけど・・・少しいい?」

「何ですか?」

「どうして、カケル君を助けようと思ったの?あなたは一度、自分の身の危険を感じたはずよ」

「ああ・・・それは・・・」

ユウは少し考えてから、答えた。

「俺・・・昔、人と話すのが苦手だったんです。今まで友達なんてまともにできたことがなかった・・・けど、カケルは、そんな俺に話しかけて来てくれたんです。俺はカケルに色々助けられていた。危険なのは分かっていたけど、どうしても、助けたかった。ただ、それだけなんです」

ローゼリンデとヨハンナは静かに聞いていた。話が聞き終わったとき、ローゼリンデは優しく話した。

「ユウ君。あなたは、あなたが思っているよりもずっと、勇気に満ちているわ」

「勇気・・・ですか?」

「考えなしに向かって行ったというのなら、それはただの無鉄砲だけど、あなたはちゃんと考えて、迷って決めたのよね。普通じゃそんな事はできないわ。ただ、今度からは無茶はしないようにね」

「はい・・・今回は、本当にありがとうございました!」

ユウは全力で頭を下げた。ローゼリンデは「どういたしまして」と、またあの優しい声で答えた。ユウは頭を上げた後、ローゼリンデに尋ねた。

「あの、またいつか会えますか?」

ローゼリンデは笑顔で答えた。

「そうね、いつかきっと会いましょう。今度は仕事抜きでね」

ユウは「はい!」元気よく答えた後、空港から去っていった。大きく手を振っていたので、ローゼリンデも大きく手を振り返した。



空港を去るユウの背中を見て、ローゼリンデは物悲しさを感じていた。

「寂しいの?」

ヨハンナがそう聞くと、ローゼリンデは素直に答えた。

「うん・・・やっぱりお別れするのはちょっと寂しいかな」

ローゼリンデは更に続ける。

「それに、久しぶりの海外の仕事だったから、ちょっと浮かれてちゃってたかも」

「浮かれてた・・・か。君らしい」

「何度もこの経験してるはずなのに、今も慣れないの」

「別にいいんじゃない。君には君の考えがあるんだから。それに引きずらないでいれば切り替えられるんだし」

「ヨハンナはそう思うの?」

「私はね」

その時、会話を遮るように、ローゼリンデのスマホが鳴った。発信者の名前は『先生』とあった。ローゼリンデは通話に出る。

「先生?」

『やあ、ローゼリンデ。任務は無事終わったようだね。お疲れ様』

「お気遣いありがとうございます。これから搭乗ゲートに向かいます」

『そうか。でも、疲れもあるだろうから、ゆっくりしておいで』

「はい・・・」

『ああ、そうだ。先日から『プロジェクト・メイガス』の話が進んでね、頃合いを見てまた連絡するよ」

「メイガスが!?分かりました。ヨハンナにも伝えます」

『よろしくね。他に、何か聞きたいことはあるかな?』

ローゼリンデはすぐにあることを聞いた。

「あの、『ティターニアの心臓』の情報ってありますか?」

『ああ、それか・・・。済まない。今のところ情報が少なくてね・・・。調査は進めているよ。やっぱり、気になるのかい?』

「気になるっていうか・・・別にいいんです。そんな急ぎの用って訳でもないので、大丈夫です」

『そうか、分かった。こっちに着いたら、また連絡してね』

「はい。それでは失礼します」

電話を切り、ローゼリンデはヨハンナに今までのことを話しながら、共に搭乗ゲートへと歩を進めた。



さあ、いかがでしたか?ローゼリンデのとある日常の物語は以上で終わりです。お付き合いいただき、ありがとうございました。

・・・え、何ですか?『先生』とは誰か?『プロジェクト・メイガス』や『ティターニアの心臓』とは何なのか?

そうですね・・・もしかしたら、いつかその事も話す時が来るかもしれません。

全てを話す準備ができたら、また会いましょう。

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