6,げんこつ
「だから言ってるでしょう? 私がこの子の面倒を見ます。粗野な男と効率変態野郎には任せられないわ」
「んだと腹黒女」
「お前の方がよっぽど粗野だろうがよ」
かごめかごめされているユーキはパニックだ。何か言おう言おうとする程にテンパって何も言えなくなる。
「……お前ら何をやってるんだ」
「幸さん!!!」
ユーキは救われた気分になった。
幸は買って来た人数分のフルーツジュースを配った。
「これは、なんのフルーツ?」
「さあな。だが案外いけるな」
「おおおおおっ! これはリャコンベリージュースか!?」
「そ、そうだが、お前よく知ってるな?」
ユーキも恐る恐る口をつける。口の中いっぱいに酸味と甘みが広がる。例えるならオレンジとりんごのミックスジュースという感じだ。
「おいしい!」
よく考えれば2日ほど何も飲まず食わずだった。色々あって忘れていたが、喉が渇いて仕方なかった。
みんながひと段落ついたところで自己紹介の段となる。
「俺は朝道幸だ。ほらそこ、必要ないとか言わない」
「仕方ないわね。私は八橋あんこ。言っとくけど、よろしくするつもりはないわよ」
「絶対毒入りだなって痛ってぇ!」
「つまらないこと言ってないで早くすれば?」
「……俺は夜識潤だ。一応よろしく頼む」
「俺は「さあ、本題に入りましょう」ちょっと待て! 俺は芸家無尽だ。よ「さて、誰がユーキを面倒みるかだが」……ろしく!」
その光景を見てユーキはニヨニヨしていた。いつかの3年8組のような、友人同士の遠慮のない言葉の掛け合い。参戦するほどの能力はないが、見ているだけで幸せな気分になる。
そしてたまに心の中で会話に参戦するのだ。
「僕と友達になってくれませんか!」
みんな唖然とユーキを見た。一方のユーキは あれ? という風に首を傾げる。もしかして、今、僕、声に、出?
ユデダコのようになったユーキはいつぞやの時のように全力で走って逃げた。これまでの監禁生活の長さなど微塵も感じさせないスピードだった。
「「「「……」」ってちょっと待った! 追うわよ!」お、おう」
リャコンベリージュースをぶちまけるほどの急展開に流石の猛者たちもついていけなかった。
☆
1人トボトボ歩く。絶対に変な奴って思われた。おしまいだ。
それにここどこ。
鬱々としながら角を曲がったところだ。
1人のおじさんが倒れていた。
「ちょ、ちょっと大丈夫!?」
通行人は誰も見向きもしない。関わり合いになりたくないのだ。
「ぅぅ、喉が」
「喉! 喉ね! 喉がどしたの!? あ、リャコンベリージュースならあるよ!」
ひしゃげて半ばまで飛び出たリャコンベリージュースを手渡す。よくよく考えれば僕は街中でリャコンベリージュースのスプリンクラー役を務めてしまったかもしれない。
だけどそんなことより今は。
「くぅっ、すまねぇな嬢ちゃん」
「ああ無理しないでいいから! そ、そだ、救急車! ってないのか現実!」
パニクる。夢の中の世界では倒れていた人がいたら周囲に助けを求め、心臓マッサージにAED……だったかな? あれ? 反応がある場合は要らないんだっけ?
そのあまりの狼狽ぶりに、行き倒れの男は逆に申し訳なくなってカラ元気を見せる。
「大丈夫だっての」
「うぅ。ならとりあえずそこの箱に座ろ? 休まなきゃダメだよ」
ユーキは突然容態が急転しても良いようにしばらく一緒にいることにした。もちろんその場にユーキがいて何ができるわけでもないが、このままこの男をここに放置する選択肢は無かった。
「……なぁ、聞いてくれるか」
「え、う、うん」
「俺はなぁ、強盗なんだ」
泥に塗れた男は強かだった。余裕を取り戻したといってもいい。少女の背格好を見れば分かる。この子は貴族で、金を持ってるだろうと楽に推察できた。
怯えて逃げ出そうとするところを背後から捕獲して有り金を奪う魂胆だった。しかし、そうはならない。
少女は決して男から目を離しはしなかった。その目に浮かぶのは哀れみだった。
「……嬢ちゃん、俺が怖くないのか?」
「これから強盗しようとする人が、そんなこと教えてくれないでしょ?」
……底抜けのバカだなぁこいつは。それでいて、バカバカしいほどに純粋だ。
「ハッ、やめだやめ。俺は行くぜ」
「えっ、大丈夫なの!?」
「もう問題ねぇよ。こんなの日常茶飯事だからな」
どうしてだ。どうして初対面の強盗と別れるだけでそんな悲しそうな顔をする。なんだか笑えてきたぜ。
「ほら、もう行け。そうだな……また会おうぜ」
その言葉を聞いて、その子は顔を華やがせた。そのあと、なにやらハッと悟った顔をして言った。
「分かった! またね!」
脱兎のごとく行ってしまう。何だったんだ? まあいい。でもこれで死ぬこたぁ出来なくなったな。
……ああ。分かってるさ。あの子と次会うときには俺はこんなコソ泥じゃいけねぇんだ。
ああ。次会うときはこの国の悪すべてを支配するほどのでっかい存在になってなきゃいけねぇ。それで、最期は彼女に断罪してもらうのさ。心優しい彼女のことだ。拒みはしまい。
1人の男は闇に紛れる。彼のいなくなった細い路地を赤い夕陽が祝福するように照らしていた。
☆
危ない危ない危ない危ないっ! あと少しでしつこい奴だと思われるところだった!
ユーキは頭を抱えていた。
どうしてこうなのかなぁっ!? そりゃそうだよ! あの人にだって用事くらいあるのにそれをウジウジと引き止めて……ああ、嫌われたなこりゃ。少なくとも、もう関わりたくない相手と思われただろう。最悪すぎる。
「確保ーっ!」
「のわーっ!」
「はーい、皆さーん、これはじゃれてるだけですのでー、決して誘拐じゃありませんのでー!」
暗殺女ことあんこはユーキを米俵のように担いで駆けた。それはもう、言葉に鮮烈なドップラー効果がかかるほどのスピードだった。
そして
「このバカッ!」
「あいたっ!」
ユーキの頭にげんこつが落ちた。
「危ないでしょう! どこに変な輩がいるか分からないのにっ!」
「まあまあ。落ち着けよ」
「第一、世間からすりゃお前もそうとう変な輩だぞ」
「コウジュンコンビ。何か言ったかしら?」
「……ぅぅ。ごめんなさい」
ユーキはぼろぼろと涙を零していた。ここで泣けば情けない奴と思われる。そう思ってるのに、涙が止まらない。
「やーい、毒入りあんこが泣かせた〜」
「しっ」
「ゲフッ! ち、ちょ、まて。その、攻撃は、俺に効く。グフッ」
「僕、みんなと友達になりたくて……でも」
その言葉に、みんなが彼女の境遇を思い出し、そしてしょうがないなと息を吐いた。
「コラ。バカなこと言わないの」
「えっ」
「私たち、もう友達じゃない」
その言葉にユーキは目を見張った。そして周囲を見渡すと頷くみんながいた。今度は、別の意味で涙が溢れてきた。
だが、ここで返す言葉に迷ったりはしない。
「うん!」
ユーキの顔に華が咲いた。
「じ、じゃあ。僕も……」
「ん?」
「自己紹介をします!」
みな、温かい目で見守った。
「僕はユーキ・エステル、13歳の男です! 趣味は無いです、好きな食べ物もわかりません。こんなつまらない人間だけど、友達になって下さい!」
みな、温かい目で……
「「「「ちょちょちょちょっ!」」」」
「えっ? ななななななな、何か変でした?」
「お、お前男だったのか!?」
「えっ、そ、そうですけど」
「あんこっ!」
「了解!」
あんこはユーキを担ぎ上げ路地裏に連れて行く。
「え、え、ちょ、え? って待って、えっ、だ、ダメ、あっ、ああああ、うわぁっ!」
しばらくして魂の抜けたユーキを担いだあんこが帰ってきた。その顔は真剣そのものだ。
「……ついてたわ。小さかったけど」
ユーキに追い討ちがかけられた。
だが、それどころじゃない集団は天を仰いだ。
「なあ、無尽。ここの国、なんて名前だったかねぇ」
「……エステル王国だ。つまり俺たちは」
「王子様を攫っちゃったわけか。大変だな」
三者三様の表情をする中であんこが言った。
「まあでも、処刑されるところだったわけだし? 大丈夫ー、みたいな?」
「あ、ああ。そうだよな。ああそうだ」
「玄関前の廃棄雑誌を拝借するようなもんだよな」
「それは普通に犯罪だ」
まあでも過ぎたことは仕方ないかと切り替える。この切り替えの早さは流石なものだ。
「なあ、提案がある」
幸が切り出した。
「俺は、ここにいるやつは最低限信頼できると感じた。どうだろう。手を組まないか」
その言葉にあんこと無尽は少し逡巡したが、ユーキの方をチラリと見て腹をくくった。
「仕方ないわね。まあそっちの方が安定はするかしら」
「仕方ないな。だが、俺の知識は他言無用で頼むぞ」
幸、潤、あんこ、無尽は拳をつき合わせた。そこにあんこの肩の上から伸ばされる小さな手。
ユーキは、この友達らしい行為に顔がニヤつくのを止められない。
「えへへ」
「……ほっとけるわけないじゃない」
「ああ」
「まさかこの子が……」
「詐欺だよな」
つき合わされた5つの拳。彼らの伝説はここから始まった。
一章完結です。




