4,悪夢
ユーキは夢を見ていた。とても嫌な夢だ。
少し前に僕を訪ねてくれた男。彼が深い奈落の底に落ちていく夢。それは比喩なのか、現実なのか。いずれにしても彼の身に危険が迫っているのは確かだと感じた。
彼を救いたい。その一心で夢の中、必死で腕を伸ばした。
《鈴木勇気を助けますか?>消費ポイント2000》
これはみんなが、友達や家族がくれたもの。だけど、迷うはずがない。みんな、笑って許してくれると思うから
《信仰ポイントを消費しました。信仰ポイントの残量は8100です》
「ユーキ様!」
彼のその後を見る前に現実に引き戻される。見れば、兵士が厳しい顔でこちらをにらんでいた。
「国王様がお呼びです」
とても嫌な予感がした。
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「とうとう禁を破り、接触したのだな。それも、勇者と」
国王はなんだか上機嫌だった。だが、安心などできるはずもない。余計に嫌な予感がました。
「これまではお前の母との血の誓約のおかげで手出しが出来なかったが、お前の方から禁を破っては仕方あるまい」
国王は右腕を掲げた。そこに描かれた一本の龍。
「よーく見ていろ。汝かの血の誓約の条件を破棄した。故に血の誓約はここに破れん」
その言葉を最後に、右腕の龍は苦しみ悶え、そして姿を消した。それを見て国王はニタリと笑った。
「これでお前を処分できる。なに、すぐにとはいわん。今日明日、辞世の句を考える時間くらいは与えようではないか」
そして、冷え切った声で兵士に告げた。「連れて行け」
☆
僕は連行される。さながら罪人のように。いや、現実、罪人なのだ。
だから、こうして石の牢に繋がれる。
今まで以上に狭く、ベッドもない硬い地面。この牢は何人の悲劇を目の当たりにしてきたのだろうか。そこかしこから血の匂いがする。
こんなことになったけど、僕は不思議と冷静だった。それは最期に不思議な来訪者が僕に幸せをくれたから。前世と同じように、世界は僕に優しく、最期には必ず幸せをくれたから。
それに、幸せな8月の夢。彼らはもう、僕がいなくても幸せだから。
だから。
淋しくない。
☆
全身がひどく痛む。ベッドのありがたみをこんな風に知るとは思わなかった。
のそりと起き上がる。窓ひとつないから今が何時なのか分かり得ない。
この世界にも神様はいるのだろうか。いるとするなら、最期に一度だけ、彼らの夢を見たい。そう願って目を閉じた。
だが見えたのは信じられない光景だった。あれは……3年8組を襲った異形。それが人や動物を宿主にしてそこら中を歩いていた。
荒廃した街のそこかしこから火の手が上がり、人々の悲鳴が間断なく響いていた。
プツンと映像が途切れる。
動悸がひどい。
勢いで立ち上がる。だが、忘れていた。足枷がジャラリと音を立てた。
音を聞きつけた兵士がチラリとこちらを見た。
「やっぱ、呪い子でも死ぬのは怖いんだな。でも頼むから大人しくしてろよ。めんどくせぇ」
そう言ってタバコをふかしはじめる。あれ、このにおいを嗅ぐとなんだか眠たく……。
目が覚めた。まだ僕は牢の中か。体感ではもう何日も経っている。
彼らを助けたい。その一心でもう一度彼らの光景を夢に見れるように願っているのに、いくら目を瞑っても見えてこない。
お願いだ。あと一回だけ……っ!
「出ろ」
「あ」
タイムリミットだった。僕は、間に合わなかった?
「はっはっは、どれだけこの日を待ち望んでいたことか。なあ、ユーキ?」
「……」
「チッ、もういい。やれ」
断頭台に登る。
首をはめる。その段になって鮮明な映像が脳裏を駆け巡る。これは、走馬灯……?
皆、逃げていた。
突如現れた異形は恐ろしい速度で増殖し、被害者を増やしていった。
ほとんどの防衛組織は瓦解し、異形の対応に苦慮していた。そんな中、不思議と異形に襲われることのない者達はその共通点を見出してある場所に来ていた。
友季の墓前だ。
「なあ、頼むよ。このままじゃ地球が全滅なんだ。俺の友達も何人もここに来ている。いつ奴らに気付かれるか……」
その時だ。
異形に侵食された大量の人間が餌を見つけたように走り寄ってくる。それはこの場にいる、8月の墓参りに参加しなかった人々を狙ってだ。
ユーキは彼らを救いたい一心で手を伸ばす。
《彼らを救う>消費ポイント10000❋ポイントが足りません》
あと、2000ポイントあれば……はっとする。今日の昼、僕は彼らからもらったポイントを使ってしまったのだった。
人助けのためだから。それを言い訳に、彼らは許してくれると、そう自分に言い聞かせて……ああ。こんなバカなやつ、誰が許してくれるんだろう。みんな、きっと呆れて友達を辞めてしまう。僕の親だって、僕のことを恥ずかしく思うだろう。
だが、こんな状況になってさえ、僕は昼に彼を、僕を頼ってくれた彼を救ったことをちっとも後悔できないのだ。それに自己嫌悪を感じる。
異形の魔の手が、1人に伸びる。
実体はない。でもどうにかその魔の手を遮るように、僕は立った。
《一体の異形を倒しますか?>消費ポイント1》
救うではなく、倒す。これの消費ポイントは意外と少ないと気付く。手始めに直近の異形を全て滅した。異形が消失すると生身の人間が地面に倒れこんだ。
僕の墓に参ってくれた彼らはその様子をみて、驚きに目を丸くしていた。
僕は知る。
救う、ではやることが多岐にわたるため必要ポイントが多いのだろう。だったら。
《異形を全て滅しますか?>消費ポイント1000000❋ポイントが足りません》
いったい何体いるというのか。それなら
《ここを中心に半径80キロに異形を滅する空間を作りますか>8000ポイント》
……これが限界か。
《信仰ポイントを消費しました。信仰ポイントの残量は54です》
これで彼らは助かるだろうが、人類全体からみれば異形による被害は殆ど減らないだろう。とても歯痒いが、仕方ないのだ。
どうしてだろう。世界は優しくて、最期には幸せをくれるんじゃなかったのかな。
現実に引き戻される。国王の合図1つで大きな刃が僕の首を切断するだろう。
ああ、出来るなら。もっと、もっと、彼らと。
「お話、したかったなぁ」
国王の手が振り下ろされると同時に、断頭台はその顎を閉じようとする。
目を瞑ってその瞬間を待つ。だが、待てども待てどもその痛みはやってこない。
恐る恐る目を開けると、不思議な光景が広がっていた。
「おい、お前らなんなんだ」
「それはこっちのセリフだ」
「はぁ。何よこれ。もしかしてその子が死にそうになったの、あなたたちの不手際のせいじゃないでしょうね」
「「ああっ!?」」
潤さんと、2日目の夜の女の人、それから独り言の人。彼らが一堂に会し、そして僕の体を抱えていた。
そぉーっと上を見ると断頭台の上部分がごっそりなくなっている。うわぁ、なにこれ。
「ちょっと離しなさいよ」
「なんでだよ」
「俺の攻略上その子は必須だ。渡すわけにはいかないな」
「セクハラで訴えるわよ」
「「ちっ」」
えっ、なんでっ!?
「ほら、よく分からないけど早く逃げるぞ。潤、全員で影渡だ。いけるな?」
「オーケーだ。おら、しっかり掴まれ」
初めて会話したというのに(クラスメイト同士でそれはどうなのというのは置いといて)異様なチームワークを発揮して皆、潤の服をつかんだ。
「おい、絶対に逃がすなっ!!」
国王が顔を真っ赤にして近衛に指示をあげるがもう遅い。
「じゃあな」
この悲惨な処刑場から、彼らの姿が瞬く間に消えた。
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