2,異世界からの来客②
ワクワクしながら布団を被っていたユーキの耳にガサガサと音が届く。
「潤さっ、ムグゥッ」
あれ、潤さんじゃない? あと、首筋にキラリとしたもの。これは、ナイフ?
「叫べば命はないと思って」
女性の声? だけど迫力いっぱいすぎて僕はこくこくと頷くしかなかった。
「名前は?」
「ユユユユユユユ」
「珍しい名前ね。ユユユユユユユ」
「ち、違うよっ! ムグゥッ!」
「叫ばない」
理不尽だ。でも、このやり取りのおかげで少し力が抜けたかも。
「ゆ、ユーキです」
「ユユーキね。なんでこんな場所に1人でいるのかしら。ここは牢獄の階層でしょう? 何をしでかしたの?」
「な、何もしてないよ?」
「……でしょうね」
何だろう。この人と話すのすごい疲れる。いや、話すのは楽しいんだけどね?
「どうせロクでもない理由でしょうね。こんな場所に年端もいかない少女を監禁するなんて……」
「ん? ちょっと待って、たしかに年端はいかないかもだけど……ムグゥッ!」
「ごめんね。また折りを見つけて会いに来るから」
そういったが最後、ダクトの中に身を躍らせて去ってしまった。
「……僕、少女じゃないよ」
その呟きは空に紛れた。
☆
「おい潤……」
幸は優しい目をして、肩を落とす潤をポンポンとした。
「ドンマイ」
「うがあっ!」
今日の夜こそはユーキに会いに行く予定だったのだが、彼の只者ならない空気を感じ取ったのか王様が潤だけを呼び出したのだ。
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その日の夜。
また何か起こりそうな予感にワクワクしていたユーキはベッドに座って足をプラプラさせながら待っていた。
すると突然扉が勢いよく開いた。
驚きのあまり肩を跳ね上がらせた。
潤でも、あの女の人でもない誰かが入ってきた。その侵入者は中から鍵を使って扉の鍵を閉めた。
そこで、顔があった。お互いにぽかーんとアホみたいな顔をしていた。その侵入者は焦りに焦って結局僕のベッドの下に隠れた。
しばらくすると駆け足とともに扉がノックされる。
「ユーキ様、何か異常はございませんか」
「えっと、どうしたの?」
「何も無いなら良いのです。それでは」
その兵隊さんも僕に対する嫌悪感を隠そうともしなかった。だけどそのおかげで部屋を暴かれなかったのは良かったかもしれない。
彼らが立ち去ったのを確認して、僕はベッドの下の人に話しかけた。
「もう大丈夫だよ」
そう言うと、彼はゆっくりと出てきた。
「どうして助けた?」
「困ってたんでしょ?」
この場では僕が彼を助け、なんというか僕の方が立場が上っていう感じがあってうまく喋れた。自分より下の立場の人とは話せるって、僕は最低なやつかもしれない。
「くっ、うぉぅ」
「え、うわ、どどどどしたの!?」
男が急に泣き出した。その予想外の事態に僕は混乱の渦に巻き込まれる。
話を聴くと、最近辛いことばかりで優しくされて泣いてしまったという。
僕には彼が何に苦しんでいるのかとか、何がかなしいのかだとか分からないし、分かった気になって何か言葉をかけるのもなんだか違うなと思って、とりあえず彼の頭を撫でた。
だけど余計に泣いちゃって少し困った。
彼はクラスでうまくいってないらしい。その上、イジメを受けているのだという。こんな初めて会っただけのやつに話すなんて勇気のいることだっただろうし、何か力になってあげたい。
あるいは。僕も環境が違えば彼の立場だっただろうから。そんな同情みたいなものがあったのかもしれない。
うまく喋れたとは思えないけど、次に顔を上げた彼の顔は力に満ちていた。少しは役に立てただろうか。
「ありがとう。この恩は忘れない」
そう言って彼は帰ってしまった。日はもうまたいでいるだろうから仕方ない。
ここ最近の不思議な邂逅の数々のおかげで、僕は今という時が楽しかった。今夜は誰が来てくれるんだろう。そんな楽しみだけを抱いて眠りについた。
☆
その日の訓練場のことだ。急に異世界に召喚された動揺を諦念で押し殺し、やっと落ち着いてきた頃合いだった。
「テメェもういっぺん言ってみろよ!」
「僕は君のパシリじゃないんだっ! 自分の訓練くらい自分でやれっ!」
「んだとテメェッ!」
激情のあまり手に火魔法を宿らせた金髪の男。言いたいことは言い切ったとぎゅっと目をつぶったイジメられていた男。
巌がその間に立ち入った。潤である。
「おい」
彼のあまりの迫力に、チンピラのような男の炎はしゅんと縮んだ。
「おいお前」
潤はかつてイジメられていた男に顔を向けた。
「やるじゃねぇか」
男は照れくさそうな、でも誇らしげな笑顔を返した。
が、その笑顔はピキリと固まる。
それを不思議に思った潤が振り返ると鬼のような形相の団長がいた。
「……テメェらまとめて訓練サボりか?」
「い、いや、これは」
「問答無用ッ! 今夜第2訓練場に来いっ! 徹底的に扱き倒してやる!」
潤は、漢気につられて絡んだのを後悔した。
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