95話「親友と作った秘密基地」
※背景が黒いですが、お使いの情報端末は正常です。
『常世結界』の中は真っ暗だった。自分の手元すら見えないほどだ。
一寸先は闇という言葉通りの暗闇である。
「にしても、術と異能が使えないのは不便だな……こんなに体が重く感じるとは思わなかった」
この『常世結界』に閉じ込められてから、何故か術と異能の発動ができなくなっていた。
神様に強化してもらった身体能力と習得能力はそのままだが、散炎弾も強化の異能も全く使えない。
ちなみに、手の擦り傷は即座に治るため、身代り札は問題なく機能しているようだ。
「常世結界に術や異能を封じる機能はないから、この空間内にいる別の存在の能力だろうな。習得できないということは、妖の能力か……おっ、また来た」
そんな独り言を呟きながら、襲ってくる獣っぽい感触の妖をディエス直伝の格闘術で仕留めていく。
この空間に閉じ込められた直後から、獣っぽい妖が何度も襲い掛かかってきているのだ。
今のでもう30体目くらいだと思う。
「ディエスから視覚を失った時用の戦闘訓練を受けておいて本当に良かった……」
紅さんに雇われていた時のことを思い出しながら、音と気配で相手の位置と動きを特定し、拳を振るう。
「襲ってくる妖たちも何も見えないから、鼻や耳の優れた獣っぽい妖が配置されてるのかな?」
そんな考えを巡らせながら迫り来る妖を倒していると、微かな違和感に気が付いた。
「本当に少しずつだけど、霊力の巡りが良くなっている気がする……」
おそらくだが、力を封印する能力にも限界があるのだろう。
しかし、この常世結界を破るほどの力は回復してないため、ここから抜け出すにはまだ時間がかかりそうだ。
「おっ、襲撃が止んだ」
そんな事を考えていると、妖の襲撃が止まった。
襲撃してきた妖は大体50体くらいだろうか。千年将棋が使役している妖は倒すと霧散して消えるため、倒した正確な数はわからない。
「やっとみんなを探せるな。誰かー!いませんかー!?」
思いっきりそう叫ぶが、声の反響すら返ってこない。相当広い空間のようだ。
「みんなが心配だ。早く合流しよう」
そう考え、感覚を研ぎ澄ませながら周囲の気配を探る。
「何にも感じないな……」
いくら耳を澄ませても匂いを嗅いでも何も感じないため、別のものを辿ることにした。
「身体にまとわりつく嫌な気配……俺の術と異能を封印している元凶は……あっちか」
俺に封印系の能力をかけている存在の位置を探ると、遠くのほうに複数の妖の存在を感じた。
数は、20体以上は居そうだな。
それだけの数の妖に封印能力を仕掛けられていたとは……そりゃ術も異能も使えなくなるわけだ。
「封印能力の妖全員倒して、結界壊して、みんな見つけて、千年将棋も倒す。時間がないけどやるしか……うわっ、眩しっ!」
そう言いながら駆け出そうとした瞬間……視界が一転して建物の中に場所が変わった。
「常世結界の能力か、面倒だな」
常世結界は、内部の情景を術者のイメージで変更できる。
一面針の床や溶岩の海など直接危害を加えるような情景には変更できないが、それ以外の情景であればイメージ次第でどんな場所にも変えることができるのだ。
「にしても、ここはどこだ?学校か?」
夕暮れの差し込む広い玄関。立ち並ぶ古びた下駄箱。老朽化が目立つ廊下。
どこか見覚えがある……というより、思い出した。ここは俺がよく知っている場所だ。
「……俺の通っていた中学校か」
僅か数ヶ月前の出来事だが、すでに忘れかけていた。
ここは、俺が3年間通っていた中学校だ。
「常世結界には相手の記憶を読み取る機能はない。ということは、俺の記憶を読み取る能力の妖がいて、その記憶を頼りに情景を変えた感じか」
そんな考察を続けながら校舎の中を歩いていく。
一階廊下の突き当たりにある教室。そこが、俺が中学3年生の頃に通っていた教室だった。
「あんまり良い思い出はないけど、懐かしいな……」
こんなことをしている場合じゃないと分かっていながらも、自然とこの教室の前まで歩みを進めてしまった。
「時間がないんだ。先を急がないと……ん?」
教室から離れようとした瞬間。中から人の声や物音が聞こえてきた。
1人や2人じゃない。複数人の声が聞こえる。
「誰かいるのか!?」
そう語りかけながら勢いよく教室のドアを開けると、数人の男子生徒が1人の男子生徒をリンチしている光景が目に入ってきた。
「……なるほど、こういう能力か」
戦闘では俺を倒せないと分かり、別の角度から攻撃を仕掛けてきたのだろう。作戦としては優秀だ。時間稼ぎが目的なら、これほど有効な手はない。
頭の中では冷静にそう考えながらも、目の前の光景に嫌な汗が滲む……。
「精神攻撃か……やってくれるな」
目の前の光景は……俺が中学時代に喧嘩をしている様子だった。
というより、多勢に無勢で一方的にボコられているだけだ。
「常世結界で情景を整えて、人のトラウマを見せる幻術みたいな能力をかけてる感じか」
蹴られている昔の俺の体に触れようとしてみるが、触れない。だが、周りの机や壁には触れる。
教室の内装は常世結界で再現されており、動いている人間は幻術で再現しているようだ。
「にしても……よくできた幻術だな」
暴力を振るっている同級生の表情だけでなく、昔の俺自身の表情も再現されている。
自分では見えないので記憶にないはずだが、そういった部分は補正をかけて再現しているのかもしれない。
「まぁいいか。当時は辛かったけど、今となっては別にトラウマでもなんでもないし」
もう吹っ切った過去だ。
そう思いながら先を急ぐために教室を出ると、情景がまた一変した。
そこは、林の中にある廃材で作られた小屋だった。
「……この記憶は、少し辛いな」
この小屋は、俺が同級生に喧嘩を仕掛けるきっかけとなった存在。
中学3年の時、疎遠になった……親友と作った秘密基地だった。