94話「ここは任せて先に行け!」
「やっぱり結界が張ってあるわね。しかも、特大サイズで相当厄介そうな雰囲気だわ」
車から降りた芽依さんがそう呟いた。
百年記念塔は小高い丘のようになっている北電公園という場所にあるのだが、公園の面積は相当広い。
公園というだけあって立派な遊具がいくつかあるのだが、面積が広すぎて閑散としているように見えるほどだ。
だが、目の前の結界はそんな北電公園のほとんどを覆い尽くしている。駐車場までがギリギリ結界の外のようだが、その先からは異様な雰囲気を感じる。
「一見するとなんでもない公園に見えますね。百年記念塔もここから見る分には問題なさそうです」
「一見すると……ね。表面は人避けの結界で、2枚目に認識阻害の結界があるわ。これの効果で見た目は異常がないように偽装してるんでしょうね。そのさらに内側にも、2枚くらい結界の気配を感じるけど、侵入を防ぎたいなら表面に硬い結界を張るはずだから、3枚目は中から出られなくするような結界を張ってるパターンね。最後の1枚は、雰囲気が一番やばそうだけど効果までは分からないわ。ただ、ここら辺一帯の異様な雰囲気と濃密な霊力はその結界が原因っぽいから要注意よ」
結界に触れもせずただ見ただけなのだが、芽依さんは仕掛けられている4枚の結界うち3枚の性質を即座に見破った。
さすがは師匠。観察力に自信があるクロも驚愕している。
ちなみに、俺は習得能力を使ったのに表面の2枚しか分かりませんでした。
「破壊して突き進んだほうが良いでしょうか?」
「んー、それは逆に危ないかもね。4枚目が破壊することで発動する効果とか持ってたら面倒だわ。かといって表面の3枚だけ削るのも難しいわね」
「リン、できる?」
「んー……できるけど、時間かかっちゃうかも」
結界は4層だが隙間なく張られているため、境目がよく分からない。
慎重にやればリンは削れるらしいが、時間はかけたくないな……。
「『玩具』。土人形たち、偵察してきてくれ」
土人形を何体か作り出し、結界内へ侵入させた。
「昨日も使ってたけど、それって術じゃないよね?」
「……はい」
「……弟子よ。私は何も見ていなかったことにする」
「ありがとうございます師匠」
潤叶さんを見ると、「私も何も見ていないよ」と伝えるように目を塞いでいた。
異能が使えることに関しては、2人は何も追求しないスタンスでいてくれるらしい。ありがたい。
「あ、何の問題もなく侵入できました」
そんな雑談を交わしている間に、土人形は結界内へ何の抵抗もなく侵入していた。
人形には霊力糸を接続しているため、内部の情景も見れる。
遠くに見える百年記念塔の天辺には、昨日戦った千年将棋の2人と不気味な笑みを浮かべるお地蔵さんがいた。さらに、複数の妖が塔を囲みながら莫大な霊力を練り上げている。
「結界は普通に通り抜けられるみたいです。それと、百年記念塔の天辺に千年将棋の駒と笑ってるお地蔵さんがいます」
「笑ってるお地蔵様……『笑い地蔵』でしょうか?」
「結界使って人を化かす妖の話しをワコさんから聞いた時に、その名前出てたわ。たぶん、この結界もその地蔵が作ってるんでしょうね」
潤叶さんの言葉を聞き、笑い地蔵について思い出した芽依さんがそう教えてくれた。
妖の能力は習得できないのだが、北電公園に張られた結界は習得できた。どうやら、人も扱える技術なら妖からも習得できるみたいだ。
「あと、複数の妖が塔を囲ってとんでもない量の霊力を練り上げてますね」
「その妖たち使って何かをしようとしてるみたいね。どうする?このまま突入する?」
「そうですね。頼りすぎるのは良くないけど、こちらには身代り札があります。それに、この面子なら多少の罠があっても後れを取ることはないと思います。行きましょう!」
「私も幸助くんに賛成だよ。行こう!」
「いいね。行きましょ!」
「うむ」
「カー!」
「いくー!」
「行キマス!」
「いっくよぉおおお!」
カルも真っ赤に点滅してやる気充分だ。
満場一致で突入が決まったため、全員で覚悟を決めながら結界内へ足を踏み入れると、突然沼へ沈むような感覚に襲われ、視界が一変したのだった。
◇
「あれ?結城くんは?」
「幸助くん、どこ?」
結界内へ入ると同時に、幸助がいなくなった。
その事実に気付いた芽依と潤叶がそう声をかけるが、返事はない。
幸助のいた位置には、胸ポケットに入っていたニアと頭の上に乗っかっていたウルがぽつんと取り残されている。
「マ、マスターガ……地面ニ沈ンデイキマシタ!」
「なんか足元が黒い沼みたいになって、ご主人様だけ沈んじゃった!早く助けなきゃ!『製鉄工場』!」
「待つのだウル!」
ウルが砂鉄で作り出した巨大なドリルで地面を掘削しようとしたが、それをクロが止めた。
「カ、カカーカ?」
「あるじ、どこ?」
「お主らも落ち着け。ここはすでに敵陣だぞ」
クロが慌てているシロとリンにも落ち着くよう話し、敵の陣地であることを思い出した全員が冷静さを取り戻した。
「まず、この下に主人は居ない。おそらく、別の場所におる」
「別の場所?」
「うむ。結界内へ足を踏み入れた瞬間、主人の足元に例の4層目の結界が収束して連れ去ったのを感じた。一瞬の出来事で詳細までは理解できなかったが、その瞬間にこことは違う空気の匂いを感じたのだ」
「ということは、別の場所にワープしちゃったってこと?」
「わからんが、地面の下やこの公園の周辺にいないことは確かだ。それは『擬似・感知』で確認しておる。それと、この結界や主人を連れ去った結界を発動しているのは、やはりあの地蔵らしい」
地下と上空を含む半径数キロ圏内の感知を終えたクロが、ウルの疑問にそう答えた。
「別の場所に飛ばす結界……いや、でもあれは……」
「芽依さん、何か知っているんですか?」
潤叶の言葉を聞き、独り言を呟きながら思案している芽依に注目が集まる。
「別の空間に相手を閉じ込める結界の話を聞いたことがあってね……対象の足元に影のような沼が出現して飲み込むっていう光景も似てるんだけど……」
「それは何なんですか?どんな結界なんですか!?」
「たしか、『常世結界』っていう術よ。あの世でもこの世でもない『常世』っていう空間を擬似的に作り出して、そこへ対象を閉じ込めるの。中には空気もあるし、攻撃を加える機能もないから無事だとは思うんだけど……たしか、術者のイメージで情景や大きさを簡単に変化させられる結界らしいわ」
「内部の情景や大きさを自由に変化させられる結界、ですか」
「そうよ。一面マグマの海みたいに攻撃的な情景にはできないらしいけど、相手が嫌がる地形や過酷な環境にしたり、果てしない広さにしたりもできるらしいわ……でも、あいつらが常世結界を使えるのはおかしいのよね……」
「どうしておかしいんですか?」
「『常世結界』は五大陰陽一族の一角、土御門家の秘術なのよ。土御門家の現当主と次期当主にしか伝えられないらしいわ。だから、あの妖がそれを使えるはずがないのよ」
潤叶の質問に答える芽依の説明を聞き、クロたちも首を傾げた。
「とりあえず、あの地蔵ぶっ飛ばせばご主人様は戻ってくるかも知れないんだよね?だったらさっさとぶっ飛ばそうよ!」
「ぶっとばすー!カル!」
ウルの要約を聞いたリンは、召喚時から所持している純白の日本刀と刀に変化したカルを抜き、特大の飛ぶ斬撃を2発、笑い地蔵へ向けて放った。
「やっとお話終わったみたいだね」
「もう少し話し合ってくれていてもいいのだがな」
そんな軽口を叩きながら、香と桂が特大の飛ぶ斬撃を斬り払った。
「よく見たら黒猫の妖がいるね。いないのはあの少年かぁ。てっきり、常世結界に閉じ込められたのはあの黒猫だと思ったんだけど、予想外れちゃった」
「常世結界は最も危険度の高い対象に発動するよう設定している。あの猫の妖よりも少年の方が危険だとは思えなかったが……私も予想が外れたようだ」
香と桂はそう話しながら、数十メートルの高さがある塔の天辺から飛び降り、何事もなかったかのように着地した。
「楔の完成は目前だ。絶対に邪魔はさせん。妖共!奴らを倒せ!!」
桂がそう叫ぶと同時に、公園の各地に散らばっていた将棋の駒から多数の妖が召喚された。
続々と召喚されていく妖によって、見渡す範囲全てが妖によって埋め尽くされる。
「先に公園内に駒を設置していたのか。ニア、どうだ?」
「ダメデス。使役サレテイル妖ニ自我ハアリマセンガ、魂ノ欠片ヲ感ジマス。ソレニ阻マレルノデ操作ハデキマセン」
ニアは使役されている妖の操作を試みるが、失敗した。
通常であれば、ニアは強力な式神や召喚体であっても、自我さえなければ支配権を奪える。しかし、たとえ自我がなくとも魂のある存在を操作することはできない。
そのため、意識のない相手を操作することもできないのである。
「おそらく、千年将棋の魂の欠片を入れているのだろう。魂のない分体や召喚体は込めた霊力が切れれば消える。それを防ぐために、霊力を生成し続けられる魂の欠片を込めているのだ。ああいった能力の常套手段だな」
ニアの言葉にそう返したクロは、眼前に広がる妖の軍勢を見ながら莫大な霊力を練り上げる。
「強力な妖は塔の周辺にいる一部だけのようだ。それ以外の脅威度が低い妖は全て儂がやろう」
「儂がやろうって、すんごい数いるよ!?」
「問題ない。『真正・百鬼顕現』」
ウルの言葉にそう答えた直後。クロの背後の空間が歪み、眼前で待機している妖の軍勢と同じ見た目の妖が次々と出現した。
「うわぉ、とんでもないね」
「クロ、とんでもない」
「カ、カーカ」
ウルとリンとシロの言葉に同意するように、その光景を見た全員が驚愕に目を見開いていた。
「露払いは任せろ。笑い地蔵と儀式の妨害は頼む」
「りょ!そしたらニアっち、組もう!」
「了解デス」
「カカーカ」
「わかったー、それじゃあシロと私とカルだね!」
「ということは、私は潤叶ちゃんと組む感じかな」
「芽依さんとなら何度か一緒に戦ったこともあるので、連携はしやすいですね」
ウルとニア、シロとリンとカル、芽依と潤叶で組むことが決まると同時に、こちらの態勢が整ったことを察した妖の軍勢が一斉に進軍を開始した。
「我が軍勢よ、道を作れ!」
しかし、それを阻むようにしてクロの軍勢が襲い掛かり、一瞬にして膨大な数の妖の乱戦が始まった。
敵軍の中央を駆け抜ける潤叶たちを守るように、クロの軍勢は完璧な連携で立ち回る。だが、防ぎ切れなかった数体の妖が潤叶たちへと迫った。
「『黄金巨兵』!ニアっち、お願い!」
「オ任セ下サイ」
全長3メートルほどの黄金巨兵にニアが霊力糸を接続した瞬間。黄金巨兵は達人級の格闘術を撒き散らす殺戮巨人へと変貌を遂げる。
襲いくる妖を薙ぎ払いながら強引に道を切り開いていき、軍勢を抜けた空間まで到達するが、黄金巨兵の足はそこで止められた。
「ナルホド。彼ラガ、クロサンノ言ッテイタ強力ナ妖デスカ」
黄金巨兵が子供のように見えるほど大きな岩の巨人と、その両肩に乗る妖を見上げながらニアはそう呟いた。
「岩巨人に、蜘蛛に鬼っぽいのもいるね」
「ココハ僕タチデ引キ受ケマショウ。ウルサン、セリフハ譲リマス」
「おお!ありがとうニアっち!一度言ってみたかったんだよねぇ〜。それでは失礼して……みんな!ここは任せて先に行け!」
キリッとした表情で言い放ったウルのセリフに苦笑いを浮かべながら、潤叶たちは先へと進む。
「あっぶな!こんなに早く抜けられるとは思わなかったわ」
「全くだ。だが、ここから先へ通さん」
しかし、そんな潤叶たちの前に香と桂が立ちはだかった。
すでに武器を取り出しており、臨戦態勢は整っている。
「あの刀のひととたたかいたーい!」
「カー!」
「わかりました。それじゃあ、私たちはこちらの槍使いを引き受けます。芽依さんも、それでいいですか?」
「良いよ。潤叶ちゃんのリベンジマッチを全力でサポートするわ」
潤叶たちがそう言葉を交わし、それぞれの相手と向かい合う。
「舐められたものだな」
「昨日は多勢に無勢だったからね。これだけ減ってくれたら負ける気しないわ」
そう話しながら余裕の笑みを浮かべて武器を構える桂と香。
幸助のいない北電公園では、それぞれの戦いが始まろうとしていた。