92話「短剣と市販のピッケル」
千年将棋の主な能力は2つある。
「1つ目は最初に説明した通り、倒した妖を使役する能力です」
たとえ跡形もなくなるほどバラバラにされたとしても、千年将棋に倒された妖は完全に回復した状態で駒にされる。
さらに、使役した妖は将棋の駒のような形で保管できるだけでなく、千年将棋の各駒がどこからでも引き出せるらしい。そのため、桂馬や香車が単独で存在していても使役している無数の妖と対峙している前提で戦わなければならないと、潤叶さんが教えてくれた。
「今回戦った2体も使役している妖を召喚してたけど、まだまだたくさん召喚できるって考えた方がいいのか……」
「うん。本州で行方不明になっている妖もいるから、その妖も召喚してくると考えた方がいいと思う」
「他にも10年前の戦いで使役した妖もいるんでしょ?相当強力な能力ね」
「でも、使役した妖を即座に召喚できるわけではないみたいで、一度駒の状態で口から吐き出す動作が必要なんです。隙と呼べるほどの時間ではないですけど、増援は口からしか出てきません」
なるほど、口元を見てれば増援の出現は分かるのか。
千年将棋と対峙した時に潤叶さんが真っ先に突っ込んだのは、増援を呼び出す隙を与えないようにするためでもあったのかも知れないな。
「そして2つ目は、使役している駒を犠牲とした再生能力です」
千年将棋の駒たちは腕や足を失ったとしても、それを補える量の妖を食べることで再生できるらしい。
さらに、王将以外の駒はたとえ倒されたとしても、失った駒と同等の量の妖を生贄にすれば復活させることもできるそうだ。
「そしたら、さっき戦った桂馬と香車はもう回復していると考えた方がいいのか……」
「そうだと思う。復活は時間がかかるみたいだけど、再生は数秒で行えるっていう記録が残ってるの」
「口から駒を出せるなら、ほぼノータイムで駒を食べられる。厄介な相手だね」
つまり、倒すためには再生を超える速度で連続攻撃を仕掛けるか、ほぼ一撃で仕留める必要があるのか。
それでも時間をかければ王将から復活するし、大量の妖を使役してるし、単純に強い。厄介すぎるな。
「そういえば他の駒ってどこにいるの?あと18体もいるんだよね?」
「10年前の戦いで千年将棋は仕留めきれなかったんだけど、東北の山奥に再度封印することはできたの。そのことでさっきお父さんから連絡があってね。その封印の調査を行ったら、桂馬と香車と飛車の3体が封印から逃げ出していたらしいわ」
ということは、さっき戦った2体は予想通り『桂馬』と『香車』だろうな。これで飛車だったら名前詐欺にも程がある。
他の駒が封印されているという事実にはとりあえず安心したが、まだ『飛車』が残っているわけか……。
「そういえば、五大陰陽一族の金森家が駒の1体を見つけたっていう連絡もきてたから、こっちにはあの2体しかいないみたいだよ」
「あ、そうなんだ。それならあの2体を見つけて倒すことだけに集中できるね」
倒した場合は封印術の中にいる王将の口から復活するそうなので、倒せれば強制的に封印術送りにできる。
復活されるのは厄介だが、倒せば即封印できるのは助かるな。
「とりあえず、以上が千年将棋の能力と現状で判明している情報です」
潤叶さんがそう締めくくり、説明は終わった。
だが、何か引っかかるな……。
「妖の使役と駒の再生と復活。千年将棋の能力って、それだけなの?」
「うん、確認されている情報はそれだけかな」
「なんか、不自然だね……」
「不自然?」
俺の言葉に潤叶さんたちが首を傾げている。
「倒した妖を操るのは、取った駒を使える将棋のルールに準じてる。再生能力は少し無理矢理だけど、本来の将棋なら使える駒は将棋の駒だけだから、取った駒を変換した結果が再生っていう形の能力になったのかなと思う」
「多少無理矢理感はあるけど、一応将棋のルールに準じた能力になってるわけね」
「そうだと思います」
芽依さんの言葉にそう答えながら話を続ける。
「でも取った駒を使えるルールって将棋ならお互いに適応されるから、こっちが使えないのはおかしい気がするんです」
「んー、相手の得になるルールなんて残さないんじゃない?」
「うむ……あくまでも儂の経験則だが、遊戯を元にした能力は相手が有利になる決まりも能力に反映されることが多い。千年将棋が将棋の決まりに準じた能力であるなら、こちらも取った駒を使えると考えるのが普通だ」
俺と芽依さんが首を傾げていると、クロがそう教えてくれた。
昔、遊びを元にした能力を持つ妖と戦ったことがあるらしく、その時の妖は相手が有利になるルールすらも能力として発動していたらしい。
「他にも、将棋の駒って相手の陣地に入ったら『成る』ことができるから、それに準じた能力はないのかなって思って」
「実は幸助くんと同じ疑問を感じた術師がいてね。というより私のお父さんなんだけど、その疑問については何度も議論はされてきたの」
お父さんということは龍海さんか。やっぱり同じ疑問を感じる人はいるんだな。
「でも、実際に千年将棋の駒を倒してもこっちは使役できないし、10年前の戦いではあと一歩のところまで追い詰めたんだけど、『成る』のルールに沿った能力は確認できなかったの。だから、そういった能力が使える可能性は低いっていうことで意見はまとまったみたい」
「たしかに追い詰められても使わなかったのなら、そもそもそんな能力が無い可能性のほうが高いか……」
盤面のマス目が実際にある訳じゃないから、自陣と敵陣の概念も曖昧だもんな。
「そういえば、増援って来てくれるの?」
「今は術師を呼び戻している最中で、同時に本家の守りも固めないといけないので、術師の増援は早くても明日の昼頃になるみたいです」
芽依さんの質問に潤叶さんがそう答えた。
こっちの騒ぎは陽動で、水上家の本家を狙う可能性もある。確かに守りは必要か。
増援の到着は少し遅いと思ったが、これでも相当早く動いてくれているらしい。
「千年将棋の捜索は明日になりそうだし、今晩は固まって過ごしたほうがいいかもね」
「確かに、どこに潜んでいるか分かりませんもんね」
芽依さんの言葉に潤叶さんが同意を示した。
本来であれば、潤叶さんと芽依さんは市内のホテルに泊まる予定だったそうだ。
「どうしましょうか。水上家に協力してくれている寺院に連絡してみます?」
「それがいいかもね。お寺なら結界張りやすいし」
「ちょっとまったぁー!」
「最後のほうだけだけど、話は聞かせてもらったわ!」
今晩の宿探しが始まろうとした瞬間。俺の両親が部屋に突入してきた。
あれ?結界は解除していないはずだ……どうやって入ってきたんだ!?
「ん?結界なら、この短剣と母さんのピッケルで何度か叩いていたら割れてしまったぞ」
「壊しちゃってごめんなさいね。思ったよりも脆かったわ」
いや、そんなはずは……本気で張ってないとはいえ、厚さ数センチの鉄板くらいの強度はあったはずだ。
どんなに頑張っても、動物の骨でできた短剣と市販のピッケルで壊せるような強度じゃない。
「あの短剣とピッケル……なにやら異様な気配を感じるぞ」
「カカーカ」
「カルト似タ気配ヲ感ジマス」
クロとシロとニアが何かを感じたようで、小声でそう教えてくれた。
たしかに不思議な力を感じるが、習得能力で調べてみても馬の骨の短剣とアルミや鉄でできたピッケルということしかわからない。
「カルがまだ子供っていってるー」
「子供?」
「あの道具、魂が宿り始めてるみたいだよ。私たちと同じ、精霊っぽい雰囲気も感じるもん」
ウル曰く、この2つは魂が宿り始めたばかりの道具らしい。だからカルが「まだ子供」と言ったのか。
骨董品としてカルを集めていたお爺ちゃんといい、異世界転生されなかった俺といい、うちには不思議を集める血が流れているのかもしれない。
「よく分からないけど、これは当時有名だった登山用品メーカーのピッケルよ?買ったのはもう30年くらい前かしら」
「これはギリシャの奥地で迷子になっている時に出会った、ラピテース族という民族からもらった短剣だ。いやぁ、とても気持ちのいい人たちだったよ」
母さんのピッケルは30年前のものとは思えないほど綺麗で、汚れどころか傷一つない。まるで新品だ。
骨の短剣のほうは切れ味が悪そうなのに、昔を思い出して頬擦りしている父さんのもみあげの一部を削り取っている。
引き攣った笑みを浮かべていると、長い間大切にしてきた物には魂が宿る場合があるとクロが教えてくれた。
「潤叶さん、あの道具って……」
謎の道具たちについてもっと詳しく聞きたいと思い潤叶さんと芽依さんを見ると、驚愕に目を見開いて放心していた。
聞ける状態ではなさそうだ。
「そんなことよりもだ。泊まる所がないならうちに泊まるといい!」
「そうよそうよ。部屋も余ってるから、ゆっくりしていって」
「えっと……泊まらせていただいても良いんですか?」
「良いとも良いとも!2人は幸助の学校のお友達なんだろう?大歓迎だ。是非とも学校の話を聞かせてくれ」
「あー、私は同じ学校じゃなくて仕事仲間みたいな感じなんですけど……」
「あら、こうちゃんのお仕事の話も是非とも聞きたいわ」
こうして潤叶さんと芽依さんは実家に泊まることになり、両親の好奇心の餌食となることが決定してしまった。
すでに両親からの怒涛の質問攻めが始まっている。
「潤叶さんは……大丈夫そうだな」
母親の仇である千年将棋の件もあるので少し心配だったが、うちの両親の質問攻めにも楽しそうに付き合ってくれている。
思うところはあるかも知れないが、楽しんでくれているなら何よりだ。
ちなみに、芽依さんはすでに疲労が現れ始めている。
「しまった!晩御飯の用意がまだだった。お弁当屋さんのオードブルって今から注文しても間に合うだろうか?」
「ダメならまたお寿司でもとりましょう」
「「お寿司ー!」」
連日で出前なんて贅沢は普段なら出来ないため、リンとウルのテンションが高い。
結局、両親の持っていた謎の道具のことは聞けずに夜は更けていったのだった。
◇
中国・近畿地方一帯を守護する五大陰陽一族、金森家。
その支部がある兵庫県神戸市のオフィスビルの一室では、まだ年端も行かない金髪ツインテールの少女が手元の資料を見ながら表情を歪め、その側では妙齢の女性が別の資料を整理していた。
「妖が失踪した時期、探知に引っかかった強力な妖の反応……千年将棋の一駒がここら辺で暴れてるんは間違いないみたいやな。とんだ外れクジやで」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、金森家の現当主であるその少女、『金森叶恵』は言葉を続ける。
「龍海さんから送られてきた資料やと、北海道で確認された駒は『桂馬』と『香車』で間違いないみたいやな。せやったら、こっちで悪さしてるんは『飛車』で確定か」
龍海から送られてきた資料に目を通し終えた叶恵は椅子の背もたれに体重を預け、穏やかな表情で寛ぎ始めた。
「まぁええわ。すでに三間根を向かわせとるから何とかなるやろ」
「叶恵様。三間根は術師として活動を始めてからまだ二か月も経っていません。本当に彼に任せて大丈夫なのでしょうか?」
寛ぎ始めた叶恵に厳しい表情でそう口にした妙齢の女性は、金森家の筆頭陰陽術師である地崎千里であった。
「三間根の術師としての腕はすでに一流……いや、それ以上や。千年将棋の能力を加味しても後れをとるとは思えん。それに、あいつの本当の実力を測る良い機会や」
「それはそうですが、叶恵様はまだ三間根を疑っていらっしゃるのですか?」
「そりゃそうやろ。あいつの経歴どうなってんねん。違和感しかないやろ。訓練中もいつも余裕ぶった表情しとるし、絶対実力も隠しとるわ」
彼女たちが話す三間根という青年は、2ヶ月ほど前に金森家へ見習いとして入ったばかりの術師である。
異常に飲み込みが早く、金森家の筆頭陰陽術師にも迫る勢いで成長を続けている期待の新人でもあった。
ところが、そんな彼の経歴に叶恵は大きな違和感を憶えていたのだ。
「家庭環境が複雑でまともに義務教育を受けとらんくて、親戚は妹以外みなおらんくなってて、最終学歴である定時制の高校はすでに潰れとる。結局のところ、三間根には友人も妹以外の親戚もおらん。妹さんと役所の資料以外にあいつの経歴を知る手立てが無いなんて、どう考えてもおかしいやろ」
「確かに違和感はありますが、戸籍はしっかりとしたもので辻褄は合っています。それに、妹さんは可愛いです。考えすぎでは?」
「お前は三間根の妹を気にいっとるだけやろがい!」
背は小さく、快活で性格が良く、何より顔が可愛い。
可愛い女の子を愛でるという危ない趣味を持った地崎にとって、三間根の妹はドストライクな存在であったのだ。
「そもそもあの兄妹、全然似てへんしな。血の繋がりからして怪しいわ」
「逆にそこまで怪しまれているのに、なぜ三間根を任務へ向かわせたのですか?実力を測るためとはいえ余りにもリスクが高いと思うのですが」
千年将棋の持つ『倒した妖を駒として使役する能力』は、時間が経つごとに脅威度が増していく。
そのため、今回の千年将棋の討伐は重要度の相当高い任務であり、信頼と実績を兼ね備えた術師を向かわせるのが普通であった。
「まぁ、一番の理由は人手不足やな。このタイミングでの地脈の異常。おそらく、こっちの人員を割くために飛車がなんかやったんやろ」
「そうでしょうね。あまりにもタイミングが良すぎます」
現在、金森家の術師の多くが京都府を流れる地脈の異常に対応すべく奔走していた。
そのため、千年将棋に即座に対応できる術師は限られていたのである。
「使えるもんは何でも使う。それがうちのやり方やからな!」
(かわいい……ツインテール美少女上司、良いわね)
自信満々にそう言い放つ叶恵の姿を見ながら、地崎は真面目な表情で別のことを考えていた。
「……ちゃんと聞いとるんか?」
「聞いております」
「……まぁええわ。にしても、こいつらは本当に何者なんやろなぁ」
『三間根トウリ』と『三間根ユイ』の情報が記載された資料を眺めながら、叶恵は静かにそう呟いたのだった。
皆さま、あけましておめでとうございますm(_ _)m
今年も『異世界転生……されてねぇ!』を何卒よろしくお願いいたしますm(._.)m