90話「わぁ……」
シロの小技とは、相手の『声真似』と『消音』だった。
絶妙なタイミングで槍使いの声を消し、同時に「桂!後ろっ!」という声を再現して発したのである。
さらに、この声は発声源を好きな場所に変えられるそうだ。そのため、桂という大太刀使いは横にいた槍使いから発せられた声だと疑わなかったのだろう。
そうしてできた隙をついて、リンが無数の飛ぶ斬撃を放ったのである。
「にしても、リンもちゃんと考えて斬撃飛ばしてたんだな」
本来ならリンは尋常ではない数の斬撃をほぼ同時に飛ばせるのだが、最後以外はあえて少なめに飛ばしていた。
相手を油断させるため、ここぞという時に備えて斬撃の数を抑えていたらしい。
「リンが考えたんじゃないよ、カルのアドバイスだよー」
「そうだったのか。カル、ありがとな。助かった」
「……」
感謝を伝えると、照れているのか刀に変化していたカルは暖色系の光を放っている。もちろん、シロとリンとニアとウルも存分に褒めてあげた。
にしても、カルは意外と策士だったんだな。知らなかった。
「結城くんもとんでもないけど、結城くんファミリーズもとんでもないわね」
「自慢の家族です」
「とんでもない家族だね……」と呟いているが、芽依さんも結構とんでもない。
シロとリンのタイミングに合わせてブロック状の結界に隙間を作りつつ、武術熊の足場にしている結界作りも、俺がミスした際は完璧にフォローしてくれていたのだ。
本当にとんでもない。
「さてと、それじゃあじっくり話を聞くとしましょうか」
目の前には、両手足を斬り飛ばされた大太刀使いと槍使いが転がっている。
こんな状態でも死に至ることはないようで、2人とも悔しそうな表情を浮かべている。すごい生命力だ。
「そういえば、周辺に笹猪とかケナシコルウナルペはいた?」
「いえ、見つけられませんでした。他の仲間も潜んではいないみたいです」
この2人を倒した後、『玩具』によって作り出した大量の土人形と武術熊たちで周辺を捜索したのだが、先ほど逃げた猪も他の仲間も見つからなかった。
だが、念のため巨大結界は解除していない。さらに四重結界を待機状態にしているので、備えは万全だ。
「それなら今度は邪魔されずに尋問できるわね。君たちは何者かな?なんで私たちを襲ってきたの?」
「……どうやらここまでか、貴重な駒だが、仕方ない」
大太刀使いはそう呟くと、口から木の破片のようなものを2つ吐き出した。
「将棋の駒……?」
「煙々羅、時間を稼げ。鎌鼬、我々を連れて逃げろ」
大太刀使いがそう命令すると、将棋の駒の1つから大量の煙が吹き出し、辺り一帯が一瞬にしてもやに包まれた。
「くそっ!『四重結界』!」
芽依さんと大太刀使いたちを隔てるようにして四重結界を張ったのだが、こちらへの攻撃はないようだ。
「……!?くそっ!『巨大結界』!」
次の瞬間。巨大結界の一部分が切り取られた感覚があった。
即座に切り取られた巨大結界を覆うようにして別の巨大結界を張ったのだが……間に合ったか!?
「……ギリギリ間に合わなかったみたいね。物凄い速さで遠ざかってる」
探知結界で気配を探った芽依さんがそう教えてくれた。
おそらく、巨大結界を切り取ったのは鎌鼬の能力だろう。もっと強度を上げておけば切り取られなかったかもしれない……。
そんな後悔を抱きながら前を見ると、うっすらと人の顔が浮かび上がった煙の塊がいた。えんえんらとか言ってたな。こいつも仲間の妖か。
「何をするにしても、まずはこいつを倒さないといけないみたいね」
「明らかに物理攻撃効かなそうですね。その上、本体がどこにあるかもわからないです」
目の前に顔はあるが、おそらく周囲の煙もこいつの体の一部だろう。
シロたちもどう戦おうか悩んでいるようだ。
「先程の戦いでは何もできなかったからな。どれ、ここは儂がやろう」
潤叶さんの治療を終えたクロはそう言いながら煙の妖へと近づき、獅子の姿へと変化した。
「わぁ……」
クロの本来の姿を初めて見た芽依さんは、もう驚き疲れたのか反応が薄い。
「……すぐに送ってやろう」
クロがそう呟き、煙の妖を瞬殺した。
◇
市街地の廃屋へ逃げ込んだ桂と香は、不要な駒を食べる事で失った手足の再生を行なっていた。
「もぅ最悪。何よあの化け物集団……」
再生した腕と足の動きを確かめながら、香は不機嫌な表情でそう呟いた。
「術師共も妖が減っている事実に気付いたのだろうが……初手からあれほどの実力者を派遣してくることは流石に予想外だった。早く楔を作る必要があるな」
「本当はもっとたくさん楔作って、駒もたくさん集める予定だったのに、もう潮時ね……」
「まぁいいさ、駒集めは本州で百鬼夜行の準備をしている飛空も行っている。我々の最優先事項は楔を作ることだ。これから作る楔があれば、我らの王を封印している『果ての二十日』に亀裂を生じさせるだけの数は揃う。それさえ叶えば、王の復活という最終目的は果たせたも同然だからな」
再生した手足の動きを確認し終わった桂は、そう語りながら静かに拳を握り締めた。
「10年前と同じ轍は踏まん。忌々しい日本の陰陽術師共を叩き潰し、この世界に我々の敵などいないということを知らしめなければならない」
「そうね。そのためには果ての二十日の破壊が重要よ。バカ猪、本当に楔の数は大丈夫なんでしょうね?あと一本で王の封印を解けるの?」
「それは大丈夫っす。王様を封印している果ての二十日は自分が封印されていたやつよりも強力ですけど、莫大な量の霊力を固めて作った楔がそれだけの数揃えば通用する筈っす。ただ……」
桂と香と共に、廃屋で身を潜めていた猪笹王は言葉を続けた。
「さっき桂さんが言ってたように、これから作る一本を合わせて、やっと亀裂が生じる程度です」
「それでも充分よ。亀裂さえ入れば、中にいる仲間の力で破れるわ」
手足の動きを確認し終えた香も立ち上がり、桂の後を追って廃屋の出口へと向かった。
「王の復活っすか……」
目の前にいる強大な2体の妖。そして、それと同等以上の力を持つ仲間と、それらを統べる王の存在。
「彼らが復活したら、本当にこの世界がヤバくなるかもしれないっすね……」
恐怖に負け、彼らに従うと決めた猪笹王は、自身で決めたその選択に僅かな後悔を感じていたのだった。
呪術廻戦0、面白かったぁ……やはりコピー能力はかっこいい!