89話「まるで地獄」
「まるで地獄だね……」
芽依さんが目の前の状況を見ながら、引き攣った笑みを浮かべてそう呟いた。
今回の作戦のコンセプトは、安全第一。
まず、敵の増援が邪魔してこないように、そして主犯格らしき2人を逃さないように、辺り一帯を単純に分厚くてただでかいだけの『巨大結界』で囲んだ。
次に相手の機動力を奪うため、結界内の地面のほとんどを『溶解』の異能で泥沼と化し。
さらに万全を期すため、ウルの『製鉄工場』によって支配下に置いた熊を完全武装させ、ニアの操作で達人級のカンフーベアへと変貌させている。
ちなみに、戦っている熊の足場は結界を張ることで補っている。もちろん、その結界に敵が乗ってきたら即座に消して泥沼へドボンだ。
当の俺たちは芽依さんが作り出した無数のブロックのような結界に守られているため、相手は手出しできない。
また、結界は芽依さんの意志で隙間を作れるので、タイミングを見計らってシロとリンが遠距離攻撃を仕掛けている。
ここに『玩具』の異能で土人形を大量投入したいところだが……流石に戦場が荒れそうなのでひとまず保留だ。
「えげつないコンボだね……これ、相手の立場なら絶望しかないわよ」
「いえ、まだ油断できません」
足場は泥沼、達人級の武装熊による攻撃、時折飛んでくる斬撃と衝撃波。確かに相手にとっては絶望的状況なはずだが、ここまでやってもまだ倒しきれていない。
さすがに防戦一方な様子ではあるが、この状況で泥沼に浮いている木々を足場にしながら攻撃を交わし続ける実力は恐ろしいものがある。
「このまま体力を削り続けるか、更にもう一押しするか……」
既に『無上・黄金巨兵』の詠唱は終了しているため、いつでも発動できる状態にしてある。
だが、黄金巨兵の攻撃で森にどれだけの被害が出るかが心配だ。ただでさえ溶解でこの一帯を泥沼にしてしまったので、これ以上の自然破壊は避けたい。
「カカーカカ」
「え、良い作戦があるって?」
シロがとっておきの小技があると言ってきた。うまくいけば決定打を与えられるそうだ。
「分かった。それじゃあシロに任せてもいいか?」
「カカーカ!」
「任せて!」と伝えるようにシロは鳴き、リンと何やら打ち合わせを始めた。
「今の鳴き声で何言ってるかわかるんだね」
「最初の頃はわからなかったんですけど、今は長文でも問題なく理解できます。驚きました?」
「いや、目の前の状況にも驚きすぎて、もう驚き疲れたかな」
乾いた笑みを浮かべながら芽依さんはそう言った。突然の襲撃でだいぶお疲れのようだ、早くこの戦いを終わらせるとしよう。
「カー……」
次の瞬間。シロがとっておきの小技を仕掛け、相手の手足が斬り飛ばされた。
◇
時は数分前。
「まるで地獄だな」
「なに冷静に呟いてんのよ!ひいっ!」
桂の言葉にそう答えながら、香は泥沼に浮いた木々を足場にし、鉄の鎧で武装した熊の攻撃を躱していた。
「にしても本当に地獄ね。一体幾つの術を発動してるのよ!」
「くるぞ!」
桂の言葉で香が伏せると、頭上を斬撃が通過した。直後、2人が足場にしていた木を破壊するように衝撃波が着弾し、2人は別の木へと即座に移動する。
「退路は結界で塞がれて、足場は全部泥沼。そんな中で斬撃と衝撃波が飛んでくる。しかも熊は逆に操られてるし、いつの間にか鉄の鎧と爪で完全武装してるし、なんか達人みたいな武術使ってくるし!何よこの状況!?」
「加えて言うなら、こちらの攻撃はあの女の結界で完全に防がれている。攻め手は無い状況だな」
「だから何冷静に呟いてるのよ!ひいっ!」
香は冷静な桂にそう言い放ちながら、飛んでくる斬撃を器用に避け続けていた。
「この巨大な結界のせいで森の中に配置しておいた駒からの援護は期待できない。このままではこちらが負けるか」
「もういいじゃない!駒使って逃げようよ桂!」
「いや、まだだ。この巨大結界を破れる駒は貴重だ。それに、これほどの強者であれば我らの王が進む道に立ちはだかる可能性が高い。ここで限界まで相手の手を見ておくべきだ」
「まだ楔の準備もできてないのに死にたくないよぉ〜、ひいっ!」
桂と香の2人は軽口を叩きながらも、達人級の熊の攻撃をいなし、時にはわざと殴り飛ばされることで別の足場へと移動しながら現状を維持し続けていた。
「くるぞ」
「これが一番厄介なのよ、ねっ!」
そして、時折飛んでくる斬撃と衝撃波も躱し、再び別の足場へと着地する。
「流石に足場も減ってきたし、そろそろ逃げようよぉ〜!」
「確かにな。これ以上ここにいても、新しい手は見られそうにないか……」
「桂!後ろっ!」
「なに!?」
香の言葉を聞き、桂は咄嗟に振り向くが、背後には何もいない。
同時に横目で香を見やると、焦った表情で何かを叫んでいるが、声は聞こえない。
(しまった、騙されたか……)
桂がそう考えた瞬間、今までとは比較にならない数の斬撃が飛来し、2人の手足が斬り飛ばされたのだった。