8話「同志よ」
「おはよう幸助。聞いたか?昨日の事件」
「事件?」
「なんだ、ニュースを見ていないのか?情弱め」
朝から滝川と石田にからかわれつつ、ニュースの内容を教えてもらった。
市内のお寺が突如燃え上がり、全焼したらしい。幸い、1名が病院送りになっただけで他に怪我人はいなかったようだ。
「でな。あそこのお寺って家の近くなんだけど、全然気づかなかったんだよ。煙の匂いとかも無かったし」
「ふっ、気流の影響だろう。煙が滞留しにくい気象条件だっただけだ」
「そうなのかなぁ。ま、いっか」
そんな事件があったとは、知らなかった。原因はわからないが、ガスの元栓とかちゃんと締めるようにしよう。
「あの、結城くん、ちょっといい?」
「え、水上さん!?」
突然名前を呼ばれ、振り返ると、クラス委員長の水上さんが居た。びっくりした。あと、近くで見るとますますかわいいな。
「放課後、時間があったら中庭に来て欲しいんだけど、いい?」
「あ、うん。全然大丈夫!」
「ありがと、待ってるね」
そう言い残し、自分の席へと戻っていった。
女子からはキャーキャーと騒がれ、男子からは血涙を流しそうな目で睨まれる。
「幸助……この、裏切り者がああああーーーーー!!」
滝川はそう叫びながら俺の脛を蹴り、廊下へ飛び出していった。痛え。
「あいつはバカだな」
「ああ」
石田はいつもの調子だ。
この日の授業は全く集中できなかった。
放課後
中庭へ向かうと、ベンチで水上さんが待っていた。
先に来ていたのか、少し小走りで駆け寄る。
「ごめんね結城くん。急に呼び出して」
「いや、全然大丈夫。ほんと、大丈夫」
やばい。緊張しすぎて、語彙力が消し飛んだ。どうしよう、こんな時なんて声かければいいんだ!?
「あの、結城くん。手握っても、いい?」
「は、はひ!」
返事を聞いた後、水上さんは俺の手を優しく握った。す、すべすべや。そして柔らかい!
「……ありがとう。その、ごめんね。私の勘違いだったみたい」
「え?」
「あ、あと、クラスのみんながあんなに騒ぐとは思わなかったの。それも、ごめんね。ちゃんと誤解だって、みんなには伝えとくから」
「あ、え?」
「それじゃあ、また明日ね」
そう言い、水上さんは中庭から去っていった。え?なんで?
しばらく呆然と突っ立っていると、背後から誰かに肩を叩かれた。
「同志よ」
そこにいたのは、哀れみの表情を浮かべる滝川だった。ひとまず、脛を蹴ってやった。
◇
「ガハッ、ここは……」
「気炎、気がついたか」
市内の総合病院。そこの一室で、気炎剛毅は目を覚ます。
その横には、慣れた手つきでリンゴを剥く三鶴城幽炎の姿があった。
「安心しろ、ここは病院だ。これでも食べて、まだ休んでいろ」
気炎は差し出されたリンゴに怪訝な目を向ける。剥かれたリンゴは全て、ウサギの形に切りそろえられていたためだ。
しかし、腹が空いているのは事実。嫌な顔をしながらも、そのリンゴを食べる。
「現場にいた術師達から、事情は聞いた。突如現れた鳥型の式神と交戦し、霊力を使い果たしたらしいな」
「はっ。そんな俺を笑いに、わざわざ東京からここまで来たのか?」
「いや。同じ筆頭陰陽術師として、お前を倒した相手が気になっただけだ。もし本当にそんな相手が居るのなら、火野山家は大変な事となる」
「あ?なんで大変なことになるんだ?」
「その場に居合わせた術師の話では、鳥型式神は水上家の術式に似ていたそうだな」
「ああ、たしかそんな事言ってた気がするぜ」
「それを聞いたウチの当主様がな、先ほど水上家へ向かったのだよ。『神前試合』を申し込むと言ってな」
「ブフッ」
まさかの事態に、気炎は思わずリンゴを吹き出す。
『神前試合』。それは、陰陽術師同士で起こった問題解決に利用される格式高い儀式の1つである。真実、物品等を互いに賭け、勝者がそれらを得られるのだ。
今回の騒動をまとめると、水上家の崇める猫神を勝手に襲い、火野山家が仕返しを受けただけである。
通常であれば、この程度の事態において、気軽に取り行っていい儀では決して無いのだ。それこそが、気炎がリンゴを吹き出した理由でもある。
「がっはっは!ウチの当主様は、ほんとどうしようもねぇな!」
「……」
本来であれば、主人へ向けた無礼な言葉を訂正させるはずだが、三鶴城は黙認した。
彼自身もまた、今の当主へ不満を募らせている一人に他ならないためだ。
「……我々は、五行の中でも『金』に次ぐ大派閥。我々の申し出を断るデメリットを、水上家の当主は理解しているはずだ」
「どこかの当主様と違ってな!」
度重なる無礼な発言を、三鶴城は静かに流す。
「おそらく、水上家の当主はこの試合を受けざるをえない。近いうちに戦いになるだろう」
「なるほどなぁ」
しかし、三鶴城が最も懸念しているのは、試合を執り行うこと自体ではない。
「もしも、お前を倒した陰陽師が水上家の者ならば……今回の試合で必ず現れる」
「!!!」
「どれほどの手合いかは不明だが、偵察用の式神一体でお前を倒せるのだとすれば……神前試合は我々の圧倒的不利だ」
三鶴城の不安をよそに、気炎の笑みは深まっていく。その表情からは、もう一度あの式神と戦えるかもしれない喜びと期待が見て取れた。
「……とりあえず、試合は近いうちに行われるはずだ。それまでに身体を治しておけ」
「おうよ!」
気炎の快活な返事が、病棟へ響き渡った。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
今まではブックマークが10もいけば小躍りするほど嬉しかったので、ここまで評価してくださる方々が居て、正直戸惑っています。
評価やブックマークをしてくださった方々、本当にありがとうございます。
多少のプレッシャーと多大な喜びを感じつつ、これからも更新頑張ります!