83話「滝川市っていうところ」
「結城くん、放課後時間があったら少し話したいことがあるんだけど、いい?」
朝、今日も憂鬱な学校生活が始まるかと思いきや、委員長からそんなお誘いを受けた。
女子からはキャーキャーと騒がれ、男子からは血涙を流しそうな目で睨まれている。
以前も似た状況を経験した気がするな。タイムリープしてる?
「えっと、もちろん大丈夫!」
「ありがと、それじゃあまた放課後にね」
滝川に「幸助…この、裏切り者がああああーーーーー!!」と叫ばれながら脛を蹴られ、本日も平穏な学校生活が始まった。
◇
放課後。休み時間に委員長と打ち合わせを行い、水上さんファンクラブを撒きながら学校の屋上で合流した。
「ほんとにごめんね。みんなに聞かれないところで誘えばよかったね」
「いや、水上さんも俺もみんなにマークされてるから、どこで誘っても同じだったと思うよ」
委員長はファンクラブから常に熱烈な視線を向けられており、俺は学校中の美女とお知り合いということであらゆる集団から熱烈な殺気が向けられている。
そのため、この2人が揃う時点でトラブルは避けられないのだ。
撒くのは少し大変だったが、最近は委員長が忙しそうで話す機会がなかったため、俺としても話しができるのは嬉しいので別に苦ではない。
「それで、話したいことって何なの?」
「ずっと言いたかったこと、かな」
「ずっと言いたかったこと……?」
鈍感系主人公のような返答をしながらも、俺の脳内はフル回転で委員長から発せられるであろう言葉を予想していた。
人には聞かれたくない内容、2人きりのシチュエーション、委員長の好感度は悪くない……それらの情報から導き出される答えなど、既に決まっている。
「宿泊レクリエーションの出来事だけじゃなくて、神前試合のことも、猫神様を助けてくれたことも、本当に本当にありがとう!」
委員長は頭を深く下げながら、そう感謝を伝えてきた。
やっぱりね。お礼だと思いましたよ。告白だと思ってはいませんよ。
「結城くんほどの術師なら困ることもあんまり無いと思うけど、何か困ったことがあれば協力するから。遠慮なく言ってね」
「そんな、気にしなくていいのに」
「気にしないとかのレベルの借りじゃないから。だから結城くんに困ったことがあったらすぐに教えてね!」
「その気持ちだけで充分だよ。ありがとう水上さん」
その後は、潤奈ちゃんとアウルちゃんと龍海さんも同じくらい感謝を示している事や、俺が仮面の術師だということが神前試合の後の結構早い段階でバレていたことなどを教えてもらった。
「うわっ、あれバレてたの?恥ずかしっ」
「先に気づいたのはお父さんなんだけどね。霊力を完全に隠している術師なんて殆ど居ないらしいから、逆に不自然だったみたい」
委員長と中庭で握手した際に、実は俺が纏う霊力を探られていたらしい。その後、神前試合の前に龍海さんと握手した時にも霊力を探られていたらしく、同様に霊力を一切感じなかったため正体がバレたそうだ。
「でも、意図的に隠してるわけじゃないんだよね。隠そうと意識したこともないし」
「それじゃあ、そういう体質なの?」
「分からないけど、たぶんそうだと思う」
霊力を感じないどころか、術も異能も同時に使える。きっと神様が強化してくれたお陰なんだろうけど、いずれちゃんと調べる必要がありそうだ。
「そういえば、他にも話したいことがあってね」
その後は、宿泊レクリエーションの後処理についても教えてもらった。
既に協力者は捕らえられたが、首謀者の3名のうち1名が未だに行方知れずなのだそうだ。さらに、事態を悪化させた『邪神の心臓』の存在も行方が分からないらしい。
「その逃げた1人が邪神の心臓を持ち出したとか?」
「その可能性は低いと思う。昔から旭川を守ってくれているワコさんっていう妖がいるんだけど、その方が特殊な結界を旭川に張ってくれてるの。持ち出せばその結界が反応するはずだから、旭川の外には出てないみたい」
さらに、邪神の心臓は強大な悪意の塊みたいなもので、それに耐え得る強靭な器と邪神の悪意を抑え込めるほどの力がなければ保管することすら難しいとも教えてくれた。
「それこそ、神話に登場するような神様の力を持つ英雄とかでもない限り、密かに持ち出して保管なんてできないらしいよ」
「えっ、神話に登場する英雄って実在するの?半神とか!?」
神様の血を引いてる英雄なら、有名なのはアキレスやペルセウスだろうか。生い立ちや伝説を描いた映画を見たことがある。
「あくまでも居たらっていう話みたい。何百年も生きてる妖の方々と話す機会がたまにあるんだけど、その方々でも半神は流石に見た事がないっていってたよ。でもそれに近い存在は居るとも言ってた」
「それに近い存在ってだけで充分凄いけどね……」
半神に近い存在……あれ?それって、俺?まぁいいか。
というか、何百年も生きてる妖と話す機会があるっていう委員長の私生活も凄いな……あれ?クロもそうか?まぁいいか。
「結局、邪神の心臓は消滅した可能性が高いみたい。そうだ!あと、邪神の心臓の件で他にも報告があってね」
邪神の心臓を宿した術師を倒した功績は、表向きには委員長のものとなったそうだ。
どこの派閥にも属さないフリーの術師が解決したとなると色々な組織から狙われる危険があるため、龍海さんがそういう筋書きに書き換えたらしい。
ちなみに、その関係で政府や外国の偉い人が委員長に会いに来ていたため、最近は忙しくて時間が作れなかったらしい。
「手柄を横取りする形になっちゃって、本当にごめんね」
「いやいやいや!むしろ感謝しかないよ。本当にありがとう」
委員長は勝手に決めたことを気にしているのかもしれないが、この件に関しては心の底から感謝しかない。
偉い人に挨拶なんて絶対嫌だし、色々な組織から狙われるなんてもっと嫌だ。
「だから、その件に関しても私は結城くんに大きな借りがあるの。何か困っていることとかない?」
「逆に手柄を貰ってくれたことには感謝しかないから、全然気にしなくていいのに」
「そんなわけにはいかないよ」
「いやいやいや」「いえいえいえ」と日本人らしい押し問答を続けていると、お願いしたいことが思い浮かんだ。
「あ、いえいえいえとか言った後で申し訳ないんだけど、やっぱりお願いしたいことあるかも」
「なに?私が手伝えることなら何でも言って」
何でも……だと?ダメだダメだ。煩悩退散!
こういうことを考えるから、まるで告白のようなシチュエーションで呼び出されても全然違う話でした、という呪いにかかるんだ。
そんなことより、お願いしたいことの話だ。
「実は、水上さんのやっている陰陽術師の仕事について知りたいんだ。潤奈ちゃんとアウルちゃんにフリーの術師だって言ったんだけど、そもそも術師って普段何をしているのか知らないんだよね」
神様のことや異世界転生されなかった話はあまりに突拍子もないので、その点は省いてある日突然普通じゃないものが見えるようになり、術が使えるようになったと説明した。
「今まで訓練とかしたこともないの?それか、ご実家が術師の家系とか」
「訓練したことは一度もないかな。そもそも術の存在すら知らなかったし。親は少し変わってるけど……たぶん術師ではないかな」
父さんは農家で母さんは普通の看護師だ。父さんは旅好きで母さんは登山が趣味なため、昔は2人で色々な国を回ったらしいが、別に特別な能力を持っているわけではないと思う。
一緒に生活していて、そういう一面を見たことは一度もない。
「突然力に目覚める人は確かにいるけど、結城くんほどの術師は流石に聞いたことないかな……そういえば、普通じゃないものってどんなものが見えるの?」
「えっと、妖精っぽいカラフルな光の球とか、目を凝らせば魂っぽい白い球とか小さいおじさんとかも見えるかな」
「そ、それって凄い才能だよ!」
妖や妖精は生きた霊力の塊のような存在のため、術を使える人なら誰でも姿を見れるらしい。しかし、俺がオーブと呼んでいる白い球や小さいおじさん、いわゆる幽霊は見えないそうだ。
どれほど霊力操作能力が高い術師でも見えない人がほとんどで、一般的に『霊感』と呼ばれているような才能が必要らしい。
「『悪霊を祓ってほしい』とか、『亡くなった人に会わせてほしい』っていう依頼が時々来ることもあるんだけど、そういうことはできないんだよね」
「術師って悪霊を祓ったり亡霊を成仏させたりしてるのかと思ってたけど、そうじゃないんだね」
アニメや漫画知識でそう思っていたけど、実際は違うのか。
「期待を裏切るようで申し訳ないんだけど、それは術師の仕事じゃないの。結界には悪霊を寄せ付けないものもあるから、どうしてもって言う人にはそれで様子を見てもらったりもするけどね」
「結界ってそんな効果のやつもあるんだ」
結界術は防御の要なので自主練は欠かしていない。そのため、ある程度は性質を理解していたつもりだが、まだまだ知らないことは多そうだな。
「もしも結城くんが良ければ、陰陽術師の仕事を体験してみる?ちょうど、近いうちに仕事の予定があってね。その仕事にはフリーの術師さんも同行するから、学べることもあると思うの」
「え、いいの?」
術師の仕事やフリーの術師がどんな存在なのかも興味はある。でも、そんな特殊過ぎる職場体験って気軽にできるものなのだろうか?
「もちろん普通はダメだけど、結城くんの実力なら大丈夫だよ」
「でも、術師としては本当に素人だよ?」
神様に体を強化してもらったお陰で色んな術や異能をコピーして使えるだけの一般人だ。あれ?俺って逸般人?
「自覚がないと思うけど、結城くんの術師としての実力は相当なレベルだからね。それこそ、日本だけじゃなくて外国の政府から依頼がきてもおかしくないくらいだよ」
「外国の政府から依頼って……」
陰陽術師って人知れず除霊とかして世の中を良くしている組織程度に思っていたが、今の話だと日本政府だけじゃなくて外国の政府も関わっている規模の組織らしい。
想像を超える規模だった。
「でも、流石にそんな依頼は滅多に来ないよ。今度の仕事はそういう大きな仕事じゃなくて、異変を確認するための見回りだから」
「見回りか」
それなら問題なさそうだな。足りない技術は委員長を見て習得しよう。
「是非ともよろしくお願いいたします」
「了解ですっ。それじゃあ日時なんだけど、実は今週末の三連休なんだよね」
「三連休……」
タイミングが悪かった。三連休は実家にクロ達を連れて行って事情を説明する予定なのだ。
「ごめん、その日はちょっと実家に帰る予定があって……」
「あ、そうなんだ。こちらこそごめんね。流石に週末は急だったよね」
「どうしても外せない用事で……ちなみに、そのお仕事っていうのはどこでやる予定なの?」
「場所わかるかな、滝川市っていうところなんだけど」
……場所わかる。そこ、地元だ。
北海道滝川市。
作者生誕の地。ではないのですが、都会に憧れながら青春を過ごした思い出の土地なので、この章の犠牲……舞台にさせていただきました。
ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲のような塔が建っている素敵な街です。
ゴリラの愛称で親しまれている、とある天才漫画家の出身地らしいですね。