82話「You Lose」
先進国の一部の権力者が共同で出資を行い、密かに開発が進められている量子人工知能『ラプラス』。
この量子人工知能が地球上のあらゆる現象を分析し、未来を計算することで世界経済を支配する『ラプラス計画』は、実行されれば出資者達によって地球上の全ての人と物の動きが管理されることを意味していた。
しかし、そのラプラス計画の実行を間近にして、大きな問題が発生していたのである。
「なっ……!?ラプラスを構成する人工衛星の一つがクラッキングされただと!?」
とある国に存在するラプラスの開発施設では、開発の総責任者である老齢の研究者『プレシス』が驚愕に声を震わせていた。
「一体何があったのだ?詳しく説明しろ」
「は、はい。先日、ラプラスを構成する86機の人工衛星の内、日本の上空で待機していた1機がクラッキングを受け、制御権を奪われました。しかしながら、約10秒ほどで制御権は返還され、情報の抽出やプログラムの書き換えが行われた形跡もありませんでした」
「なっ、どういう事だ?目的はなんだ?いや、そもそもどうやって侵入したのだ……?ラプラスを構成する86機全ての衛星には量子コンピューターが備えてある。それらは密接に連携し合って、互いを守っている。それをクラッキングなど、現代技術では不可能な筈……」
部下の説明を聞いたプレシスは、戸惑いながらも思考を続けていた。
量子人工知能ラプラスは、86機の人工衛星それぞれに搭載された量子コンピューターによって構成されている。それらは脳の神経細胞のように密接に繋がり合っているため、単純に86機の量子コンピュータを合わせた以上の計算能力を発揮するのである。
本来であれば同数の量子コンピューターから攻撃を受けたとしても容易に防ぐことが可能であり、反撃を行う余裕すらある性能であった。
「……だが、実際にクラッキングを受けたということは、ラプラス以上の処理能力を持つコンピューターが存在するということになる。まさか、そんな筈は……そうだ!侵入した相手は特定できたのか?」
「申し訳ございません。クラッキングを行った個人の特定は出来ませんでした。ですが、不正アクセスと同時にラプラスが全力で抵抗したことで、辛うじて発信源の端末の形式だけは特定することができました」
「端末の形式しか分からなかっただと!?」
プレシスは部下の言葉を聞き、驚愕に目を見開いた。
クラッキングを成功させた時点で相手がラプラスよりも高性能な量子コンピューターを所持していることは確定的だが、多少の性能差であればラプラスの逆探知によって相手の位置は特定できると考えていたためだ。
「多少の性能差」という前提から「圧倒的な性能差」へと認識を改め、プレシスは動揺を無理矢理抑え込み、話を続けた。
「それで?発信源はどの型式の量子コンピューターだ?量子コンピューターはまだ開発国が限られている。形式さえわかれば所有国は特定できる筈だ」
「それが……」
「なんだ、さっさと言わんか!」
度重なる驚愕の事態に心の余裕がなくなっていたプレシスは、言い淀む部下に対して声を荒げた。
「し、失礼致しました。その、発信源は一般向けに販売されているスマートフォンでした」
「……スマート、フォン?」
部下の言葉を理解できなかったプレシスは他の研究員にも目を向けて事実確認を行おうとしたが、皆一様に首を縦に振り、それが事実であることを肯定した。
「バカな……スマートフォン?一般向けの携帯端末に……私が生涯をかけて創り出したラプラスが……負けたというのか……?」
一般向けのスマートフォンに生涯をかけて創り上げた量子人工知能が敗北したという事実を聞き、プレシスは膝から崩れ落ちた。
「プ、プレシス所長、ラプラス自身に話を伺ってみてはどうでしょうか?」
「……そうか、そうだな。ラプラスは今何をしている?」
「クラッキングを受けた直後は犯人の探索を行っていたのですが、手掛かりが一切無く、見つけ出すことは不可能だとすぐに判断したようで……その後は自身のスペックを高めるために自己学習プログラムを休みなく続けております。自己学習プログラムの一環として、現在は世界的に有名なバトルロイヤルゲームをプレイ中です」
「そうか、少し様子を見てこよう」
そう呟きながら、プレシスはラプラスと直接会話の行える制御室へと向かった。
「ラプラス、先日のクラッキングの件について聞きたいのだが……ラプラス?」
制御室では、空中に映し出されたゆるキャラのような悪魔の立体映像が、呆然とした表情で巨大モニターを見つめていた。
「ラプラス、何があったのだ?」
「……負けた」
ラプラスが見つめている巨大モニターには、『You Lose』という文字が大きく映し出されていた。
◇
「あぁ……どうしよう……」
「あぁ……どうしよー……」
怒涛のバイト生活が終わった週の週末。ウルと共に項垂れながら、ニアがプレイしているオンラインゲームの画面を気分転換に見ていた。
「リンのことを説明するなら、みんなのことも紹介するべきだよなぁ……」
俺が悩んでいる理由は、親にクロ達のことをどう説明すれば良いのかだ。
先日、母さんがパスポートの更新を行うために市役所で戸籍謄本をもらったらしいのだが、そこに『結城リン』という見知らぬ娘の名前が記載されていたというのが事の発端である。
もちろん、母さんは見覚えもないし産んだ覚えもない。役所の職員に聞いても書類の不備やミスは見つからず、結城リンという娘がいることになっている。
そして、疑いの矛先は父さんへと向かった。
母さんの質問に対し、父さんも状況が分からずパニック。基本的に家では母さんの方が立場が強いため、パニック状態の父さんへ母さんの怒涛の尋問が炸裂。状況はさらに悪化して、離婚の話が出たらしい。
「説明の前に、まずは父さんに謝罪だな……」
正確にはユイというソージ達の協力者?の人がしてくれたことだが、俺が勝手に戸籍謄本を書き換えたと説明して離婚の話は無くなった。
だが、メールや電話だけで伝えられる内容ではないため、リンを連れて実家に帰ることになったのだ。
「父親だけでなく、迷惑をかけた母親への謝罪も必要だと思うぞ」
「そうだね。どうせ説明は長くなるだろうから、まずは父さんと母さんに謝って、そこからかな」
次の週末は連休があるため、そのタイミングで帰省して説明する予定だ。
実家までは電車とバスを乗り継ぐので、クロとシロ用にペットケースとか買わないといけないかもしれない。
「ま、うちの親って結構変わってるから、何とかなるだろう。ところでウルは何でそんなに悩んでるんだ?」
「う〜、聞いてよご主人様〜」
ウルの悩みは、動画投稿サイトのアカウントが削除されたことについてだった。
特に規約違反となる動画は作成していないにも関わらず、突然アカウントを削除されたらしい。運営に問い合わせても返答はなく、削除された理由も分からなかったそうだ。
バイト中もずっと元気がなかったのはそれが原因だったのか。
「それでも、ニアが諦めずに何度も問い合わせてくれたお陰で運営から返事はきたんだけど……」
「良い内容ではなかったのか」
結局、返答内容も事務的なものでアカウントの復活は認められなかったらしい。
それだけでなく、新しいアカウントの作成までできなくなったそうだ。ネットの世界は厳しいんだな。
「せっかく見つけた趣味だったのに、全部ダメになっちゃった……」
「そうだったのか……バイト代も入ったし、今日は出前でも取って美味しいもの食べるか?」
「食べるー!」
返事は元気だが、どことなくいつもより浮かない表情だ。今回の一件は相当心にきているのかもしれない。
今日は奮発してデザートも付けてあげよう。
「夕食まではまだ時間あるし、引き続きニアのプレイでも見るか」
「ニアっちの操作うますぎて全然参考にならないけどねー」
ニアは今、世界的に人気なバトルロイヤルゲームをプレイしていた。
ノートパソコンで操作しているのだが、ニア自身が小さいため、キーボードとタッチパッドの上を両手足を使って這うようにして操作している。凄い技だ。
「霊力糸繋いで直接ノートパソコンを操作した方が楽じゃないのか?」
「ソレダト操作パネル越シノ僅カナラグガ無クナルノデ、僕ガ圧倒的ニ有利ニナッテシマイマス。出来ル限リフェアナ条件デ戦イタインデス」
思った以上にニアの対戦ゲームへの拘りは強いようだ。
対峙した相手の動きから回線速度やパソコンスペックを即座に読み取り、うちのネット回線とノートパソコンを霊力糸で弄ってそれらの条件も限りなく同じ状態に調整しながら戦っているらしい。凄い拘りだ。
「裏でそんな色々やりながら圧勝してたのか、凄いなニア」
「イエ、今回ハ少シ危ナカッタデス。途中デ戦ッタ『Laplace』トイウプレイヤーハ今マデデ一番強カッタデスネ。マタ戦イタイデス」
中盤で尋常じゃないレベルの弾の撃ち合いしてたけど、その時の相手か。
ニア曰く、相手からフレンド申請が来たのでもう登録済みだそうだ。ニアにも友達ができたみたいだな。
「私もゲーム趣味にしてみようかなー」
「ヤッテミマスカ?教エマスヨ」
体はほとんど同じ大きさだからニアが操作できるならウルにもできるとは思うけど、あの動きは大丈夫なのか?怪我したら危ないので身代わり札を貼ってから遊ぶようにしてもらおう。
「とりあえず、週末の親への説明文でも考えるかな……」
「説明するよりも術や異能を見せたほうが早いかもしれんぞ?」
「確かにそうだね。みんなの能力も披露してもらうかもしれないから、その時はよろしく頼むよ」
「うむ、どうせなら見栄えのある技でも披露するとしよう」
「カカーカ!」
「リンもがんばるー!」
「私も凄い魔術披露しちゃおーっと!」
「僕ハ最近編ミ出シタ、霊力糸デ空ヲ駆ケル技ヲ披露シマス」
「いや、みんなそんなに気合い入れなくて良いからっ」
週末の帰省、別の意味で不安になってきた。
あと、ニアの空を駆ける技って何だ?凄い気になるんだけど。
Vtuberウルのお話を広げていく上で参考にと思い、様々なVtuberを見たのですが……めちゃくちゃハマってしまいました。
みんなてぇてぇ。