81話「精霊が踊っている動画」
「それで、札幌の状況はどうでしたか?」
「充分な情報も得られなかったし、作戦は失敗したよ。というか、神の異能使われて現実を書き換えられてたらその僅かな情報もあてにならないけどね〜」
異能組織ディヴァインの本部では、ランクAの異能者であるチエと、幼い見た目ながらもしっかりとした口調で話す金髪の少年『クエイト』が情報の共有を行なっていた。
「解析班の見解では、神の異能には強力な制約か制限があるとのことでした。今回の一件では発動の痕跡も確認できなかったので、現実が書き換えられている可能性は低いそうです」
「そんなのただの憶測でしょ?『神の異能を際限なく使用できる』とか『神の異能の発動した痕跡を無かったことにする』って感じに現実書き換えられてたら全く意味ないじゃん」
「解析班は、際限なく現実改変を行えるのであれば、そもそもこの組織ごと無かったことにする筈だ。という考えのようですね」
「んー、その意見も一理あるけど、ディヴァインに目を付けられることを何とも思ってなかったり、この状況を楽しまれてたら意味ないよね。神の異能の使い手にただ弄ばれてるだけの可能性は大いにあるよ」
「もしそうであっても組織は目的を達成するまで諦めないと思います」
「うわぁ……確かにそうだね。はぁ、世界を裏から支配する巨大組織かと思ったらただの巨大な泥舟かも知れないなんて、笑えない冗談だよ」
クエイトはそう呟きながらため息をつく。
異能組織ディヴァインは『結合』『付与』『寒熱』の回収を諦めておらず、新たな作戦の第一段階として密かに札幌の裏社会を支配し、札幌市内で自由に動かせる戦力と情報網を得る計画だった。
しかし、最重要警戒対象である結城幸助が関わってきたことにより事態は急変。
表向きには健全な高校生として生活している結城幸助が裏社会へ関わる可能性は低いと考えていた組織は、予想外の事態に方針を急遽変更。強行策を行う事で結城幸助とその周辺人物に関する情報の収集に専念したのだった。
その結果が、今回の一件の真相だったのである。
「早々に対応されたお陰で相手側の被害はほぼゼロ。得られた情報もほぼゼロ。こっちはそれなりの労力とそれなりに優秀な手駒を3つも失っちゃったわけか……これが全て相手の計画通りなら、とんでもない策士だよ。ほんとお見事だよ」
「ですが、今回の一件で情報操作に特化した仲間の存在は確定と考えて良いでしょう。これは充分な成果です」
「それって成果と呼べるのかなぁ。あれだけの労力使って得た情報がこの程度って……ほんと割りに合わない相手だね。この3人結構気に入ってたのになぁ……」
クエイトはトウジョウ、ニケラ、ジャスパの情報が載った資料を見ながら、肩をすくめてそう呟いた。
「失った労力は大きいですが、ディエスが結城幸助に協力している事実を知れたことも今回の作戦の成果の一つだと思います」
「確かにそうだね。ディエスが敵側に付いていたのには本当に驚いたよ。僕と同じ種類の異能者が背後にいるのかなぁ?」
「神の異能の仕業なら別ですが、ディエスの実力ならそう簡単に操られる可能性は低いと思います。彼の性格上、札幌に置いていかれた時点でディヴァインとの契約が打ち切られたと判断し、新たな雇い主を見つけた可能性も充分に考えられます」
「組織に見捨てられたかと思ったら、この巨大な泥舟から脱出できたわけか。運が良いのか悪いのか分からないね」
「ディヴァインが泥舟かどうかは、今後の我々の活動と結城幸助の出方によると思いますよ」
「そうだね。組織にはおいしい思いも沢山させてもらってるし、現時点でこの世界を支配している存在なのも事実だ。悲観するより前向きに任務に取り組むとしようかな」
クエイトはそう答えながら、『No.4』と書かれたIDタグを首から下げて気怠げに歩き出した。
「まだそのIDタグを下げているのですか?既にNo.3のIDタグは発行されていた筈ですが……」
「いやいや、No.3の席とか絶対無理だから。僕の異能じゃ元No.3のトウリくんの代わりになんてなれないし、その上の2人も化け物だし……僕は僕のペースで、組織のNo.4異能者として頑張る所存だよ。この『洗脳』の異能を使ってね」
クエイトはにこやかにそう答えながら、会議室を後にした。
◇
イギリス。ロンドンの中心部にある魔術協会の本部では、『黄昏と夜明け団』の各支部の代表が集まり、議論を交わしていた。
「これは由々しき事態ですぞ!すぐに日本へ注意喚起を行い、あの精霊を回収すべきだと判断します!」
声を荒げている初老の魔術師は、黄昏と夜明け団の強行派をまとめる『プルト・アデプト』である。
強硬派のリーダーとも言える彼の言葉に、同じ強硬派閥に属する面々も頷きながら同意を示していた。
「注意を促すという点にだけは同意だ。しかし、既に動画は削除してアカウントも停止させた。別アカウントの作成もできないよう制限をかけた上に、他の動画サイトでも発見次第削除されるよう各企業には話を通している。充分な対策は行ったのだから、しばらく様子を見ても良いのではないか?」
怒りを滲ませるプルトへそう言葉を掛けたのは、『黄昏と夜明け団』の団長にしてアウルの父親である『ロジウム・メイザース』である。
「妖精種が盗まれたことは一部の団員の暴走ということで話は終わっている。だが、回収が失敗した上に、どこの魔術組織にも属さない謎の高校生術師がそれを手にしたことに関しては、君の娘さんであるアウル・メイザースの失態ではないのかね?だとすれば、この件に関する責任もあるはずだ」
「何を言っておる。それこそ終わっている話であろう。回収にアウル・メイザースが向かうことにはこの場にいる全員の賛成があったはずじゃ。それに、結果として邪神の力を宿した術師を倒す一助となったのだ。称賛こそすれ、責任を負わせるなど冗談にも程があるわい」
厳しい処断を求めるプルトの意見に対して、白髭を蓄えた高齢の魔術師が即座に反論した。彼の名は『ジルコニウム・ウェストコット』、黄昏と夜明け団の副団長であり、過去に団長を勤めていたこともある実力者である。
現在、黄昏と夜明け団は大手動画サイトに上げられた『精霊が踊っている動画』の存在により、対象の精霊を即座に回収するべきだと主張する強硬派と、注意喚起のみに留めて様子見に徹するべきと主張する穏健派の2つの派閥による会議が続いていたのだ。
「即座に回収するという意見もあるようだが、そのような話通るわけがなかろう。精霊かその契約者が強い拒絶を示さない限り、他者が精霊との契約を断ち切ることなどできぬのだぞ」
「このように動画で見せしめを受けているんだぞ!精霊も不快に思っているに違いない!なんなら私が交渉に行き、不当な扱いを受けている精霊をすぐに回収してきてやる」
「馬鹿を言うな!対象の精霊の契約者は、邪神の力を宿す術師を倒した水上潤叶の関係者だ。強引な手を使えば、彼女の心証を悪くするおそれがある。それに、我々には邪神の件で日本を危機に晒した負い目もある。下手をすれば国際問題となるぞ!」
「邪神の件は日本も邪神の心臓の管理体制が不十分だったという理由で既に終わっているだろう。だからこそ、今回の件で国際問題に発展する可能性は低いはずだ」
対象の精霊が不当に扱われている可能性はあるが、契約者が邪神の問題を解決した水上潤叶と近しい存在であることや、日本とイギリス間の国際問題に発展する可能性があるという2つの理由から、双方の派閥による会議は完全な平行線を辿っていた。
「まず、結城幸助が精霊を不当に扱っているという前提を見直すべきだろう。情報では、彼の人間性は高く、不当に精霊を扱うような性格ではないそうだ。それが真実であれば、精霊自身が望んで踊りの動画を撮影してネットに上げている可能性もある」
「そんなわけが……」
「本当にそう言い切れるのか?妖精や精霊と関わる者ならば分かるだろうが、彼らの中には好奇心旺盛で悪戯好きな者も多い。もちろん大人しい者もいるが、踊りや動画、インターネットの世界に興味を持つ妖精や精霊が多いのも事実だ」
ロジウムの言葉を聞き、プルトを含めた強硬派の魔術師達は苦い表情で反論できずにいた。
彼らの中にも、精霊と交流した際に悪戯でスマートフォンやパソコンを奪われた挙句、勝手にいじられたり遊ばれたりした経験もあるためだ。
「何を行うにしても、まだ情報が足りない。それに、動画は即座に削除される状態なのだから、目下の問題は解決したとも言える」
「何を言っているのですか!このような解決策など一時凌ぎにしか過ぎません!そもそも、あのような強力な精霊をどこの誰とも知れない術師が所有しているなど……」
「情報が足りないと言った筈だ。余計な行動をとり、もしも動画の精霊が敵に回ればどんな事態になるか、説明しなければ分からないのか?」
「くっ……」
ロジウムの言葉を聞き、強い反発を示していたプルトだけでなく会議室にいた全員が息を呑んだ。
結城幸助がどれほどの術師であるかは不明だが、動画に映っていた精霊は別である。
動画越しでは一般の術師であっても本物の精霊かの判別は難しいが、この場にいる術師はその精霊の脅威度まで判別できる実力があった。そのため、動画に映っていた精霊『ウル』がどれほど脅威的な精霊であるかを充分に理解していたのだ。
「あの精霊の正確な強さは不明だが、並の精霊とは一線を画す存在であるのは確かだ。そもそも、妖精種から妖精の段階を飛ばして精霊が生まれたこと自体が異例なのだ。あの精霊が特別な存在であることは確実と言える」
「結城幸助だけでなく、その精霊に関しても現時点では情報が少な過ぎる。話を聞くにしても接触するにしても、まずは様子を見ながら情報を集めるのが妥当じゃのぉ」
ロジウムの言葉を肯定するようにジルコニウムが言葉を発し、円卓を囲む過半数の魔術師もそれに同意するように首を縦に振った。
「そういえば、近頃の日本では凶悪な妖の発生頻度が上がっているらしいのぉ」
「凶悪な妖、ですか?」
「それは、まさか……!」
「そうだ。気づいた者もいると思うが、近く日本では『百鬼夜行』が起こると予想されている」
「百鬼夜行ですと!?期間が遥かに短いと思うのですが……」
「やはり、前回の百鬼夜行の残党による影響も大きいのだろうな」
ロジウムの発した『百鬼夜行』という言葉を聞き、会議室にいた魔術師達は驚愕の表情を浮かべた。
他国で起きた出来事とは言え、前回の百鬼夜行で起きた被害の大きさを彼らも理解しているためだ。
「その援軍としてイギリスからも術師を派遣する予定だ。おそらく、百鬼夜行には結城幸助も参戦するだろう。その時には接触する機会もあるはずだ」
「それまでに情報を集め、対応を考えるということじゃな」
「そういうことです」
ロジウムの言葉にジルコニウムが捕捉を加え、会議に参加していた魔術師のほぼ全員が同意を示した。
「異論は無いようだな。それでは、本日の会議は終了とする」
ロジウムの言葉を聞きながら、唯一同意を示さなかったプルトは苦々しい表情を浮かべていたのだった。
お待たせして大変申し訳ございません!m(_ _)m
次話でニアが残したフラグを回収したのち、両親離婚の危機から始まる新章へと移らせていただきます!