78話「うっそだろ!?五エ門かよ!」
「おい、一部の監視カメラの映像が止まっているぞ」
「すみません。急遽設置したため不具合が生じているのかと」
「不具合だと?」
「はい、一時的な誤作動なのでしばらくすれば……がはっ!」
トウジョウは部下の言葉を聞き終わる前に、腹部を蹴り込み気絶させた。
「無能はいらん。おいお前、どこの分隊の所属だ?」
「チームアルファです」
「そうか、分隊の残りの4人を連れて捕らえた花園リサと蛭害の居る部屋を見てこい。僅かでも異変があればすぐに知らせろ」
「り、了解しました!」
指名された部下はトウジョウの命令を聞き、即座に監視室を出て行動に移った。
トウジョウはその姿を見る事もなく、映像の映らないカメラの位置とアジトの構造図を脳内で照らし合わせる。
(一見すればランダムでカメラが停止しているように見えるが、ブラフだな。監禁部屋から出口までのルートにあるカメラもしっかりと停止している。カメラは全て有線のオフライン。この監視室以外からのハッキングは不可能、電磁波や震動波による外部からの妨害工作の可能性が高いな……先手を取られたか)
脅威的な観察力と死地で培ってきた直感から、トウジョウは既に敵の攻撃が始まっていることを確信した。
「地上からの潜入であれば確実に罠が作動する筈……カメラを止めたと言う事はそれを掻い潜ったという事か」
護衛部隊からの誘拐はトウジョウにとって退屈な任務であった。銃器を装備しておらず装甲車にも乗っていない相手など、制圧するのは造作もない事だったのである。
「ふはははは!これでも警戒は怠っていなかったつもりなんだがな、中々面白そうな相手だ」
そのため、気付かぬ間に先制攻撃を仕掛けられる相手の存在に胸が高鳴るのを感じていた。
「各員に告ぐ、すでに敵の攻撃は始まっている。異変があればすぐに知らせろ」
「こちらチームブラボー、屋外の西側を巡回中。上空を大量のカラスが飛び交っています」
「こちらチームチャーリー、屋外の東側を巡回中。こちらからも上空にカラスの群れを確認」
「カラスか……ここら一帯の動物の習性も把握しておくべきだったか」
アジトへ車を走らせている最中も異様な数のカラスが飛び回っていた事を思い出し、奇妙な違和感を感じながらも、トウジョウは部下の報告を聞いていく。
「ん?チームアルファ、応答しろ」
部下からの報告を聞き終えたトウジョウは、先程監禁部屋へと向かわせたチームアルファからの報告がない事に疑問を感じて通信を行うが、返事はなかった。
「全滅か」
チームアルファの全滅。トウジョウは戦場で培ってきた数多の経験から、確信を持ってそう呟いた。
報告がなかったと言う事は、それを行う間もなく一瞬のうちにやられたことを示唆している。
「一応は俺自身が声をかけて集めた精鋭だったのだが、それを一瞬とは、面白い!」
返事のない無線機を横目に、トウジョウは怪しげな笑みを浮かべながら監禁部屋へと向かう。
しかし、そんな彼を呼び止める存在が居た。
「あ、見つけたー」
「……!」
監禁部屋へ向かう通路の途中。片手にキーホルダーのついたカギを握りながら歩いていた白髪の少女、リンがトウジョウを見つけてそう呟いたのである。
「……そうか、やはり、車内で感じた違和感は間違いでは無かったか!」
リンの姿を目にしたトウジョウは目の前の少女が強者であると確信し、即座にアサルトライフルを発砲した。
「じゅうだー」
リンが持つキーホルダー付きのカギは一瞬にして日本刀へと変化し、迫り来る弾丸の全てを斬り裂いた。
「うっそだろ!?五エ門かよ!」
カギが日本刀に変化した事よりも、音速を超える速度で発射された弾を難無く斬り落とす少女の技量にトウジョウは驚愕し、目を見開く。
目にも止まらぬ速度で振われる刀。火花を散らしながら斬り裂かれていく弾丸。その光景に魅了されながらも、トウジョウは満面の笑みでアサルトライフルの引き金を引き続けた。
「おおー、楽しかったー!」
急所を確実に狙うよう放たれた弾丸は全て斬り裂かれ、目標へ届く事はなく床に転がっている。
そんな光景を目にし、弾を撃ち終えたアサルトライフルを握り締めながらトウジョウは感動に打ち震えていた。
「ふははっ、がははははは!そうか、楽しいか!俺も今最高に楽しいぜ!!」
かつてパキスタンの戦場で目撃した重力を操る少年。その存在を見た瞬間、トウジョウは自身の信じていた世界が崩壊するほどの衝撃を受けた。
誰よりも狂った世界を生き続け、世界の全てを知った気でいたトウジョウの常識はその瞬間に崩れ去ったのだ。
「まさか、こんなつまらねぇ仕事で出会えるとは思わなかった。やはり、あの時の出来事は夢じゃなかった!!」
この世界にはまだ知らない領域がある。常識を超えた力、超常と呼ばれる力の真実を知るために、トウジョウはあらゆる手段と10年の時を費やした。
そしてようやくその手掛かりを知るという人物を見つけ、その力の真実を報酬とする代わりに今回の依頼を受けたのである。
だが、まさか任務中にその真実の一端に出会えるとは思わず、トウジョウは自身の感情のコントロールを完全に失っていた。
「最高だ。10年前のあの時と同じ気持ちだ」
空になったマガジンを交換しながら、トウジョウは満面の笑みで語りかける。
「嬢ちゃん、名前は何て言うんだ?」
「えっと、リンだよ!」
「そうか、俺はトウジョウだ。よろしくな!」
そう語りかけながら、マガジンを交換し終えたアサルトライフルを構えるトウジョウ。
「うん、よろしくー!」
その姿を目にし、日本刀を構えるリン。
硝煙の匂いが漂う中、2人の激闘が始まろうとしていた。
◇
「早くリンちゃんを探さないと!」
「あかんて、危険や。戻ったらトウジョウに見つかってまうかもしれへん」
牢屋から脱出したリサと蛭害は、堂々と歩くリンの案内に従って建物の出口付近まで来ていた。
しかし、「忘れ物したからとってくるー」とリンが突然言い放った直後、目にも止まらぬ速度で来た通路を戻っていき、2人は出口付近の通路に取り残されていたのである。
「私の危険なんてどうでもいいです!リンちゃんを早く連れ戻さないとっ」
焦るリサを他所に、蛭害は真剣な表情で現状の理解に努めていた。
(あのリンっちゅう子は只者やない。だからこそ心配いらへんはずや。僕らがここへ置いていかれたっちゅう事は、そばに居るとあの子の足手纏いになるっちゅう事やろうしな)
敵だらけのアジトの中で誰にも遭遇せず、出口付近まで迷わず進み、目にも止まらぬ速度で走り去っていった白髪の少女。牢屋で見せた異様な現象も相まってリンが只者ではないと確信していた蛭害は、あえてこの場に置いていかれた意味を考える。
(にしても、僕らの縄切らずに牢屋に置いてくほうが楽やったろうに、あえてここまで誘導してくれたっちゅう事は、ここが一番安全っちゅう事か?判断材料は少ないけど、ここから動かんほうがええやろうなぁ)
その結論に至った蛭害は目の前で冷静さを失っているリサを宥め、この場から動かない事が得策だと判断した。
「あー……大丈夫や、心配いらへん。今ここへ到着した部下から連絡があったわ。あの子は無事やで、先に安全なとこ連れてってもろたわ」
「連絡?通信機か何か持っていたんですか?」
「そうや、この時計が小型の通信機になっとる。それと、僕らはここから動かん方がええ。もうすぐ僕の部下がここに迎えに来てくれるはずや」
蛭害は腕に付けている高級時計を見せながらそう話したが、全て嘘である。
リサをこの場に留めるため、即座にそれらしい話をでっち上げたのだ。
「……わかりました。その言葉を信じたわけではありませんが、しばらくはここに居ます」
「ん?随分と素直やな。てっきり僕の言葉なんか無視してあの子探しにいくと思たわ」
「私にだってリンちゃんが只者ではない事くらい理解できます。さっきは少し取り乱しましたが、自分が出来る事と出来ない事の分別もできます。私が探しに行く事がリンちゃんの迷惑になる事も、この場では私が無力だということも……」
「……流石の洞察力やな、紅はんの娘さんなだけはあるわ」
リサも限られた情報と違和感から自分と同じ結論に達していると理解し、この若さでその答えを導ける洞察力に蛭害は驚愕した。
同時に、すぐ部下が迎えに来てくれるという言葉が嘘だということもリサは察していると確信し、蛭害は静かに状況の変化を待つ事にしたのだった。
(結局は、僕も狂った世界じゃ無力なんやなぁ……にしても、なんか外、異様に静かやな?)
蛭害がその違和感を感じた直後、大きな破壊音と共に出口から少し離れた位置のコンクリート壁が砕け散り、何かに吹き飛ばされて意識を奪われたトウジョウの部下達が転がりながら侵入してきた。
「な、なんや!?」
「え、何が起こってるの!?」
驚く蛭害とリサを他所に、続け様に反対側の通路のコンクリート壁が破壊され、何かに吹き飛ばされたであろう装甲車が侵入してくる。それと同時に大量のカラスもアジト内部へと侵入してきたのだった。
「いや……僕、無力すぎるやろ……」
煙をあげる装甲車と意識を失いながらカラスに突つかれているトウジョウの部下に挟まれながら、蛭害は静かにそう呟くのだった。
『一般編』は、もうすぐ終了!