6話「お、おみくじ売り場がああ!!」
札幌市内、某寺院。
「気炎様、よくぞお越しくださいました」
「チッ。てめぇらが鈍くせぇから、わざわざこんな遠くまで来るはめになったんだ。来たくて来たわけじゃねぇよ、クソが!」
出迎える陰陽術師に悪態をつくのは、火野山家に仕える筆頭陰陽術師の1人、気炎剛毅である。
単騎で鬼と渡り合える戦闘力をもち、火野山家に仕える陰陽術師の中でも屈指の実力を有する1人だ。
殲滅という一点においては、全陰陽術師の中でも彼の右に出るものはいないとさえ言われている。
「なんでわざわざ北海道まで来て、猫探しなんてしなきゃいけねぇんだよ。三鶴城のやろう、覚えてろよ!」
彼が札幌へ来た理由は、行方不明となった猫神捜索のためである。
戦闘以外の陰陽術は並以下であり、一帯を更地に変えるほどの広範囲殲滅を得意とする彼にとっては、住宅地での猫神捜索など明らかに適していない任務だ。だが、彼をこの任務に抜擢した三鶴城幽炎には、しっかりとした考えがあった。
気炎が本気を出せない環境に置くことで、暴走を防ぎつつ働かせる事。そして、身勝手で独善的な気炎を送り込む事で、同じ任務にあたっている者たちに発破を掛けることである。
そんな三鶴城の考え通り、自覚なく周囲の陰陽術師達へ焦りを感じさせていた気炎は、ある異変を見つける。
「ありゃなんだ?」
「あれは……偵察用の式神です!」
ふと空を見上げると、白いカラスが寺院の上空を横切ろうとしていた。
偵察用の式神。その言葉を聞いた気炎は獲物を見つけた獣の様な表情を浮かべ、周囲の陰陽術師へ指示を出す。
「ちょうどいい、結界を張れ!」
「初めて見る形状ですが、あれはおそらく、水上家の術者による式神です。結界を張れば、あの式神のリンクが切れ、術者に異常を知らせる事となってしまいます」
「今更だろうが!猫神取り逃がしてる時点で怪しまれてるに決まってんだろ!あの式神がその証拠だ」
白いカラスを指さし、気炎が告げる。その言葉は正論であり、納得した陰陽術師達は指示に従って結界の作成を開始した。
「接続が切れた後は、自壊する前に俺が仕留める。その後は、残骸から術者を特定しろ。殴り込みに行くぞ」
「か、かしこまりました」
式神を他派閥の寺院へ許可なく潜入させる事は、宣戦布告の合図となる。
攻撃を加えられても仕方がないのだ。
「結界、完成しました!」
1人の術師が叫ぶ。寺院の敷地を囲う様に、透明の結界が白いカラスごと寺院を包み込んだ。
接続を切られたカラスはその場でホバリングを行い、自動操作に切り変わろうとしている。
「遅えよ!」
偵察用の式神には戦闘能力が無い。そのため、『接続が切れた際には自壊する』という命令を受けている場合が多いのだ。そうすれば、術者を特定されずに済むためである。
しかし、剛毅の術はそのような結末を許さない。自動操作に切り替わってから自壊を行うまでの僅かな時間で、霊力を込めた札を放った。
その札は空中で発火し、巨大な炎弾となって白いカラスへと着弾する。結界が軋むほどの衝撃が発生し、白いカラスは爆炎に包まれた。
「チッ、イラついてたせいでミスっちまった」
偵察用の式神を襲うには明らかに過剰な攻撃に、周囲の陰陽術師たちは口を噤む。その光景を目の当たりにしては、気炎の機嫌を損ねないよう振る舞うのは当然である。
術を放った本人は、自らの手で術者の痕跡を消してしまった事に苛立ちを高め、今にも爆発寸前だ。
そんな中、1人の術師が異変に気付く。
「し、白いカラスが、います!」
この場にいる全員が、その言葉に反応して爆煙の方を見る。次第に煙が晴れていくと、そこには無傷の白いカラスが居た。
「マジかよ……」
しばらく観察するが、カラスは自壊するそぶりを見せない。それどころか、気炎をまじまじと見据え、敵意を向けているようにも感じ取れる。
気炎は驚きを隠せず、眼を見張る。そして、獣のような笑みを浮かべながら術を唱えた。
「おもしれぇ!炎、放、多、弾、『連焼炎壁』!」
空中にばら撒いた札の1つ1つが灼熱の炎弾となり、白いカラスへと向かっていった。炎弾は進むごとに小さく分割していき、無数の細かな炎弾となっていく。さながら、炎の壁と化した細かな炎弾の群れは、白いカラスに回避の余地を与えない。着弾は必至だ。
だが、予想すらしていなかった白いカラスの行動に、術師たちは驚愕する。
「馬鹿な!」
白いカラスは炎の壁を避けず、壁の中央へ突撃したのだ。そして、自らの霊力を放出する事で衝撃波を発生させ、壁を突破した。
「なるほどなぁ、霊力を叩きつけて俺の爆炎を吹き飛ばしたってわけか!」
気炎は、この攻撃でカラスを仕留める気など無かった。炎弾をくらっても無傷だった理由を突き止めるため、逃げ場のない攻撃でそのタネを晒させようとしたのだ。
カラスは無傷だが、気炎の策は成功したと言える。
「吹き飛ばされるなら、それ以上の威力でぶちのめすだけだ!炎、砲、滅、誘、爆、『滅炎追撃弾』!」
とてつもない熱量を内包した炎弾は光の弾となり、白いカラスへと放たれる。
迎撃は不可能だと判断したカラスは、向かってくる光弾を回避した。しかし、光弾は軌道を変え、カラスを追尾する。
「そいつは目標にぶち当たるまで消えねぇぜ。さぁ、どうする!」
カラスの速度は並みの式神を遥かに上回る。しかし、光弾の速度はそのカラスをも上回るのだ。逃げるカラスとの距離が、徐々に詰まっていく。
だが、背後まで迫る光弾を見やりながらも、カラスに焦りはない。次の瞬間、カラスは後方へ向けて霊力波を放ち始めた。
「なっ、後ろにも撃てんのかよ!」
後方へ放った霊力波により、光弾の速度は弱まる。そして、カラス自身は加速する。
その光景には気炎だけでなく、この戦闘を見ていた全ての術師が驚きを隠せないでいた。
霊力波による攻撃手段を持った偵察用式神など、誰も聞いた事が無いためだ。さらに、その場の状況に合わせて的確に対応できるほどの状況判断能力。それは、上級の戦闘用式神に匹敵するほどの思考力を兼ね備えているという事になる。
理解を超える事実の数々に、この場にいる術師全員が驚愕を露わにする。
しかし、術師達を驚愕させる事実は尚も続く。
光弾に追われるカラスは後方に霊力波を放ちながらも、あえて引き離すことはしなかったのだ。光弾を至近距離に引き連れたまま垂直に降下し、寸前で切り返す事で、光弾を建物の1つへ着弾させた。
「お、おみくじ売り場がああ!!」
住職の悲痛な叫びが響き渡る。
敷地の片隅には防御結界が張られており、その中では非戦闘員が身を寄せ合いながら戦闘を見守っていたのだ。
住職は、結界の中から消し飛んだおみくじ売り場を目の当たりにし、膝から崩れ落ちた。
「はははは!『滅炎追撃弾』をそんな避け方したのはてめぇが初めてだぜ!おもしれぇ!来い、爆鬼!」
住職の思いなど関係なく、剛毅はさらなる破壊を呼ぶ。
気炎の背後の空間が歪み、爆炎が発生したのだ。そして、爆炎を纏う鬼が現れた。
「あ、あれが気炎様の従魔」
「気炎様が本気になった時のみ召喚される、爆炎の鬼か」
「みな、退避せよ!」
術師達は、非戦闘員が退避している結界内へと逃げ込む。
気炎剛毅の使役する従魔『爆鬼』。その姿が語る通り、爆炎を操る鬼の妖である。
気炎と同じく広範囲攻撃を得意とし、両の手と両足、背中の鬣など、あらゆる部位から爆炎を放つ事が出来る。ひとたび暴れれば、周囲一帯を火の海へと変えてしまう為に、爆鬼の召喚後はその周囲から退避する事が義務付けられていた。
「儂の……寺が……」
その鬼の本質を悟った住職は、虚空を見つめながら涙を流す。
「行くぞ!」
「ゴアアアアア!!」
気炎の掛け声とともに、爆鬼も白いカラスへと咆哮を放つ。
結界を震わすほどの咆哮を受けつつも、カラスは空中で静止したまま何の影響も受けていない。
そして、かかってこいと言わんばかりに嘴を上げ、挑発的に気炎と爆鬼を見下ろした。
この日、陰陽術師の間で後世まで語り継がれる伝説の一戦が、幕を開けたのだった。