53話「なんかやらしー」
ソージ達とイオの戦闘時に発生した木々のざわめき。
そのざわめきが間接的にイオの存在を広める要因となり、サバイバルレクリエーションの会場となっている森全体へと異変は広がっていた。
「いったい何が……」
トイレから帰ってくると、レクリエーションの場は静寂に包まれていた。
誰もいないわけではない、人は居るのだが、みんな動かずただ呆然と立ち尽くして居るのである。
「石田!相原さん!」
先程から2人の名前を呼びつつ体を揺すってみるが、反応がない。
「周りの人達も同じみたいだねー。なんか、ちょっと怖い」
「先生方モ同ジ様子デスネ。人ダケデナク、動物ヤ昆虫マデ似タヨウナ状態ニナッテイルヨウデス」
ウルは頭の上に乗り、ニアはジャージのポケットから顔を出して辺りを見回している。
「ニアとウルは大丈夫なのか?」
「全然大丈夫だよー!」
「僕モ問題アリマセン」
俺やニアやウルが無事という事は、特殊な能力を持った存在には効果がない現象なのかもしれない。
「そういえば、委員長はどこにいるんだ?潤奈ちゃんやアウルちゃんまで居ない」
考え通りなら術師である委員長達も無事なはずだ。しかし、辺りを見渡しても姿がない。
「森の奥の方からあの娘達の妖精の気配がするよ!」
「なるほど。という事は、委員長達は森の奥へ行ったのか」
仕方ない。委員長は心配だが、先にこの現象の原因を突き止める事にするか。
「じー……」
「マスター、何ヲシテイルノデスカ?」
虚ろな石田の目をまっすぐと見つめる。
ニアとウルに怪しい目で見られているが、気にせず続ける。
「あれ?」
おかしい。異能や術の類ならば、習得能力で詳細が理解できるはずだ。あわよくば習得もできるのだが……石田の目を見つめ続けても何の情報も得られない。
「どういう事だ?」
石田や相原さんだけでなく他の生徒もじーっと見つめる……だが、何の情報も得られない。
「ご主人様、なんかやらしー」
「マスターノ趣味ヲ理解デキルヨウ情報ノ整理ヲ行イマス。シバラクオ待チクダサイ」
「いやいやいや!違うから!ニアも理解しようとしなくていいから!」
物凄い勘違いをされているので、見つめる事で発動する解析能力的なものだと説明した。
「よかったー、こんな状況なのに趣味に走って楽しんでるのかと思ったー!」
そんなわけないだろ。
「スミマセン。僕モ勘違イヲシテイマシタ。ソレデ、原因ハ解明デキタノデスカ?」
「いや、全然分からなかった……」
異能や術の類いじゃないのか?
それとも、習得能力では解析できないほどの力なのか……。とんでもない敵とかいたら怖いな。念のため備えておくいたほうがいいか。
「時間が惜しい状況だけど、ちょっとだけ精霊術の練習してみてもいいか?試したい事があるんだけど」
「精霊術デスカ?」
「全然いいよー!」
「じゃあ、『ブレード』」
大通公園で潤奈ちゃんとアウルちゃんと戦った時に見た精霊術を少し試してみた。
土の刃や水の槍を作ってみたのだが、破壊力が凄すぎて制御ができない。空に打ち上げたら雲が割れた。
「やっぱり、ウルが居ると術の威力が上がりすぎて危険だな」
「ちょっ、私のせい!?」
「提案ナノデスガ、僕ト霊力糸ヲ繋イダ状態デ術ヲ使ッテモラッテモイイデスカ?」
「ん?ニアを介して術を発動するって事か?」
俺はニアに霊力糸を繋ぎ、ニアはウルに霊力糸を繋ぐ。その状態で先程と同じように精霊術を使ってみた。するとーーー
「うおっ、ちゃんと制御できる!」
「ニアっちすごーい!」
ーーー見事、低出力の精霊術を使用できた。
ニアっち?
「僕ガ間ニ入ッテ魔力量ノ調整ヲ行エバ、術ノ出力モ調節出来ルヨウデスネ」
「なるほど。早速で悪いんだが、今の精霊術を応用してこんな物を作りたいと思うんだけど、できると思うか?」
地面に絵を描きながらニアに説明して意見を聞いてみた。
「少シ難イデスガ、可能ダト思イマス」
「おお!それなら、少し試してみてもいいか?コレが作れればかなり強力な切り札になると思うんだ」
「コレガ切リ札ニ……デスカ?」
ニアに効果を説明すると、しばらくフリーズしてしまった。ウルも信じられないのか、目をパチクリさせている。
「可能なら絶対作れるようになっておきたい。コレがあればどんな化け物が相手でも対処できるはずだ」
「ソウデスネ。今ノ話ガ本当ナラ、強力ナ切リ札トナリマス」
「っていうか、余裕でなんでも倒せるじゃん!作ろう作ろう!」
「それじゃあ、少し練習した後に木がざわめいている方へ行ってみよう。委員長達もそこへ向かっているのなら、そこに原因があるかもしれない」
時間のない状況ではあるが、真剣なニアと危機感のないウルとともに、しばらく精霊術を練習する事にした。
◇
「イオ、なぜこんな事をしているのです!?」
「こんなこと……ですか?」
「そうなのです。人知れず世を支えるのが魔術師の使命なのです。それなのに、守るべき一般人をこんなに大勢巻き込んで、一体何をしているのですか!」
魔術師として誤った行動をとるイオに対し、アウルは怒りをあらわにする。だが、イオの表情は和かなまま一切の変化がない。
「アウル様は、新しいお化粧品を買ったら、早く使ってみたいと思いますか?」
「?」
「新しい服を買ったらはやく着てみたいですか?アクセサリーを買ったらはやくつけてみたいですか?」
「な、なにを言っているのです……?」
突然の質問にアウルは言い表せない恐怖を感じ、わずかに後ずさる。横にいた潤叶と潤奈も恐怖を覚え、イオに対する警戒心を強めた。
「私ははやく使ってみたいです。着てみたい、つけてみたい。それと同じ。新たな力を手に入れたら、振りかざしたいと思うでしょう?」
「……あなたは、誰なのです?本当にイオなのです?」
『黄昏と夜明け団』において穏健派と強硬派という別派閥に属しながらも、アウルはイオと何度も言葉を交わした事があった。
その時の印象とはかけ離れたイオの様相に、アウルは疑問を投げかける。
「私は、イオです、よ?私は……復讐の為に、力を手に入れて……力を、振りかざしたい?それは、私の目的では、ない。私は、誰?私の目的は……目的はっ」
「ディーネ!『ウォール』!」
突如、イオは壊れたように苦しみだし、そんな彼女を守るかのように周囲の木々がアウル達へ向けて攻撃を仕掛てきた。
潤奈が作り出した水の障壁がそれらを防いだが、イオの苦しむ声に呼応するように攻撃は苛烈さを増していく。
「アウル、切り替えて。今は戦闘に集中したほうがいいわ!『ウォール』!」
「わ、わかったのです。グラン、『ウォール』なのです!」
潤奈の言葉にアウルは気を取り直し、木々の攻撃を防いでいく。
「それにしても凄い魔術ね。無詠唱で周囲の木々や土まで操れるなんて……水、槍、撃、『連水槍』!」
潤叶は隙をついて水の槍を放つが、イオの死角を狙った攻撃さえも土の壁に阻まれ、防がれしまう。
「お姉ちゃんがいてくれて助かったわ。私とアウルだけじゃ守りに徹するしか無かったもん」
「ごめんね。あとで詳しく話すけど、本当はこんな事態になる前に手伝う予定だったのよ?」
潤奈に弁明しつつも、潤叶は陰陽術を次々に繰り出していく。
「潤叶ちゃん達、すっごいね」
「あれは、異能……なの?」
雫達は陰陽術や魔術の存在を知らないため、目の前の光景にただただ驚愕していた。
「訳わかんねぇが手伝うぜ、『寒熱』!」
「ありがとうなのです!」
「助かります!」
そんな中、少しだけ体力を回復できたソージは迫り来る木々を異能で焼き払い、潤叶達の援護に回った。
「これで反撃ができるのです。サンダ、『ショットバレット』!」
防御に回っていたアウルが攻撃に参加した事で、イオの作り出す土の防壁が徐々に崩れていく。
しかし、未だに決定的な一撃はイオに届いておらず、ジリ貧な状況が続いていた。
「葛西くん、潤奈、少し時間をもらえる?」
「私も、少し時間が欲しいのです」
「どれくらいあればいい?」
「10分……いえ、3分で充分だわ」
「私もなのです!」
「わかった、『寒熱』!」
「私も手伝います。ディーネ『グレートウォール』!」
ソージは未だに状況を整理できていなかったが、真剣な潤叶とアウルの表情に応え、全力を尽くして時間を稼ぐ事を決意した。
潤奈のサポートもあり、無数の蔦や木の葉の刃は潤叶達に届く事はない。
「まだか!?」
「もう少しなのです!」
「もう完成するわ!」
詠唱の終わった潤叶とアウルが手を掲げると、莫大な魔力が空中に集まりだした。。
「『無上・龍王顕現』!」
「『無上・黄金巨兵』!」
空間を歪ませながら出現したとぐろを巻く龍王と黄金に輝く骸骨の巨兵。
「なんだこれ!?」
「え、えっ!なにこれ!?」
「怪獣映画みたい」
その光景を目の当たりにしたソージ達は、疲れを忘れて驚愕に目を見開いた。
「時間が無いわ。龍王、お願い!」
「黄金巨兵、いくのです!」
2人の命令に従い、頭を抱えて苦しむイオのもとへ龍王の尾と巨兵の拳が叩きつけられる。イオを守るように張られた木と土の防壁は難なく打ち砕かれ、大量の土煙が舞い上がった。
「おいおい、容赦ねぇな……」
「大丈夫よ。傷つけるつもりはないから」
「当ててはいないのです」
2人の言葉通り、土煙が晴れた先には無傷のイオが立っていた。龍王の尾と巨兵の拳はイオを傷つけないよう、少し離れた地面を捉えていたのである。
「状況はこちらの圧倒的有利なのです。大人しく降伏して……」
「『私に従いなさい』」
アウルの言葉を遮るように放たれたイオの一言は、戦況を一瞬にして覆した。
直前まで潤叶とアウルに従っていた龍王と巨兵が、イオの支配下に置かれたのである。
「たった一言で操作権を剥奪された!?」
潤叶は絶望に染まる表情で、敵となった龍王と巨兵を見つめる。
「ふふふっ、私が何者かなんてどうでもいい事だったわ。私はただ、目的の為に進めばいいのよ」
龍王と巨兵の一撃によって目を覚ましたイオは、先程とは別人のように晴れやかな表情で潤叶達に語りかける。
「目覚めさせてくれたお礼に、貴方達には苦しまない最後をプレゼントするわ。それじゃあ、『おやすみ』」
「サンダ!『ブラストバレット』!」
アウルは破裂する雷の弾を地面に放ち、爆音を轟かせた。
イオが対象を従属させる『愚者の大軍』を使用していた過去を知るアウルは、その上位互換にあたる術を行使したのだと予想し、命令が聞こえないよう音で妨害を行なったのである。
「いい判断ね。でも、少し遅かったみたいよ」
アウルのすぐ側にいた潤奈は轟音により助かったが、潤叶、ソージ、アカリ、雫の4人はその場に倒れ込み、深い眠りについた。
「私が命令を解除しない限り、彼らは永遠に目覚めないわ。もちろん、命令を解除する気は無いのだけれど」
「お姉ちゃんになにしてんのよ!ディーネ!『ブラストランス』!」
潤奈は怒りに身を任せて水の槍を放つが、巨兵の手がそれを遮り、イオのもとまで槍が届くことはなかった。
「できれば野蛮な手は使いたく無かったのだけど、仕方ないわね。龍王、黄金巨兵、やりなさい」
イオの言葉に従い、龍王の突進と巨兵の拳が潤奈とアウルへ向けて放たれる。
「ディーネ、『グレートウォール』!!」
「潤奈ちゃん!」
『無上・黄金巨兵』の発動によって魔力も体力も限界を迎えていたアウルを守るため、潤奈は全力で激流の壁を作り出した。
「あら、素敵ね」
「ぐっ……!」
潤奈の全身全霊をかけた激流の壁は通常の何倍もの強度まで昇華し、龍王と巨兵の攻撃を食い止めることに成功する。
だが、数秒も持たずに壁は破られ、2体の攻撃が2人目掛けて炸裂した。
「最後まで、とても面白かったわ」
イオは戦いの終わりを感じ取り、舞い上がる土煙へ一言そう呟く。
「『三重結界』!」
しかし、土煙が晴れた先にはイオの想像とは異なる光景が広がっていた。