17話「もう一眠り」
札幌駅のホームには、威圧感溢れるダンディな中年男性と、少しやつれた表情のグラマラスな美女が居た。
「木庭、今回は……すまなかったな」
「ほんとにね」
木庭家当主がやつれている理由は、つどーむ屋根の崩落にあった。
陰陽術師の存在は、人の世に知れ渡ってはならない。ゆえに、会場に居合わせた術師総出でつどーむの屋根の修復が行われたのだ。
その中で、最も活躍したのが木庭家当主の用いる『結び』の術である。術師達によって並び直された屋根の部品を、彼女は全て繋ぎ合わせ、崩落前と同じ姿へ戻してみせたのだ。
ちなみに、つどーむの外には人払いの結界が貼られていたため、屋根の崩落を目撃した者は誰もいない。
「あの術は、長くは持たないわよ。わはもう帰るすけ、あとは自分たちで頑張ってね」
「ああ、後はこちらでなんとかするよ。それと木庭、少し訛ってきてるぞ?」
「なっ!と、とりあえず!そういう事だからぁ〜。もう帰るわねー!」
グラマラスな美女は、慌てて函館行きの電車へと乗り込む。
「にしてもぉ。あんな陰陽術師が領域内にいるなんて、大変ねぇ〜水上〜」
水上家当主である龍海をからかうように、木庭家当主は言葉を投げかけた。あんな陰陽術師とは、もちろん幸助の事である。
「別に大変ではないさ。彼は悪い人間ではないように感じる」
「試合会場の屋根は崩れ落ちたけどねー」
「……」
バツの悪そうな表情を見せる龍海を、木庭家当主は笑った。
「ふふっ……ま、あの式神にも驚かされたけどぉ〜。それよりも、猫神様が、ねぇ……」
「それは……同感だ」
困り果てる龍海を見ながら、木庭家当主は再度笑った。
そして、彼女は東北への帰路につくのだった。
◇
庭に、祠が建ちました。
「とりあえず、お供えでもするかな。猫缶」
「祀られている儂が横にいるのだ。儂にくれ」
蓋を開けて差し出すと、むしゃむしゃと猫まっしぐらな猫缶を食べ始めた。
なぜ祠が建っているのかというと、クロが俺の従魔になり、ウチに住むことになったためだ。
相手の事を気に入り、与えられた名を気に入ると、妖は従魔として仕えてくれるらしい。クロの場合、その事を気にして与えられた名に無関心を装おうとしたのだが、思った以上に気に入ってしまい、抗えずに従魔となってしまったのだそうだ。
「家に居座ることになってすまない」と言っていたが、俺としては全然構わない。
祠は、無いと落ち着かないらしく、もといた神社の境内から咥えて持ってきたらしい。
「ん?どした?」
「……」
幼女がクイクイと裾を引っ張ってくる。なるほど、早く食べたいのか。
「クロ、こっちで食べてくれ。そろそろ打ち上げ始めるぞ」
「む、すまん。我慢できず、先に食べ始めてしまった」
居間に戻ると、俺が買っておいたスーパーのお惣菜を、カラスが並べてくれていた。全員分のコップや皿に麦茶も注いでくれている。気がきくな。
「準備任せちゃって悪いな。それじゃあ、試合が無事に終わった事と、幼女がウチに来た事と、クロが従魔になった事に……乾杯!」
「乾杯!」
「カー!」
「……!」
あれ?カラスって鳴けたのか。まぁいいか。
幼女にオモチャにされるカラスを見ながら、クロと他愛もない会話を楽しみ、夜はあっという間に更けていった。
◇
それは、遠い記憶。
『なんじゃ、怪我をしておるのか?』
『……ナー』
通りかかった老人が、怪我を負って倒れている1匹の猫を見つけた。
『どれ、治してやろう……これで大丈夫なはずじゃ』
『ニャッ』
倒れていた猫はその老人へと擦り寄り、感謝を表す。
『ずいぶんと懐かれてしまったのぉ』
『ニャニャ』
『なに?儂と共に旅をしたいのか?』
『ニャッ』
老人は少し困った表情を見せた後、すぐに猫へと向き直る。
『少しの間だけなら、良いじゃろう』
『ニャッ』
『名前か?しょうがないのぉ。そうじゃな……安直じゃが、『クロ』でどうじゃ?』
『ニャッ!………』
「………む?夢か」
クロは目をこすりながら、身を起こす。
夢の内容は思い出せないが、懐かしさと寂しさの入り混じった感情が、胸に溢れた。
「うっ……苦しい……」
振り向くと、白髪の幼女と白いカラスの枕にされ、呻きながら眠る主人の姿があった。
その姿が目に移ると同時に、溢れていた感情が、少しずつ晴れていく。
「もう一眠り、するかの」
呻く主人を枕に、クロは再び眠りについた。
第1章、終了です!
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!
ここまでのキャラクター紹介を挟みつつ、第2章へいきたいと思います。
それと、活動報告に書きました通り、連日投稿は本日で終了します。今後は週一を目標に投稿しつつ……2月は、壊滅的な投稿頻度になると思われます。申し訳ありません。
ですが、物語はまだまだ続いていきますので、今後も『異世界転生…されてねぇ!』をよろしくお願いします!