128話「秘密兵器」
そんなこんなで修行9日目。
結界の外では3日目の終わりくらいだろう。
無駄な強化を減らして効率的な力の移動ができるようになってはきたものの……スエ師匠の6割出力に惨敗した。
この人に勝てるビジョンが全然見えない。何この人?これで本気じゃないってどゆこと?
「随分と焦った顔をしてるけど、この短期間であたしの6割を引き出せただけでも見事さね」
「そうかもしれないですけど、千年将棋はスエ師匠を倒したんですよね?それならスエ師匠の本気を超えなきゃ勝てないんじゃ……」
「確かにそうだね。千年将棋との戦いでは、必然的にあたしの相手をすることになるからねぇ……」
「……えっ?」
今、スエ師匠が聞き捨てならないことを呟いた気がする。
「もしかして婆さん……もう9日も稽古つけてるのに、千年将棋の奥の手について話してなかったんか?」
修行を見学していた謙蔵さんが驚いた表情でスエ師匠に問いかけた。
「奥の手への対策は潤葉の秘密兵器が要だから、あんたらがもう説明してると思ったんだよ。まさか、誰も説明してなかったとはね……」
「ホウレンソウがなっとらんかったなぁ……」
「いや、えっ?どういうことですか?」
勝手に納得している2人に説明を求める。
「あんたがここへ訪れた日に、千年将棋の一部がなんらかの方法で『果ての二十日』から抜け出したと言っていたね」
「それと、『常世結界』を使える妖が現れたとも言っとったな」
「はい。そう言いました」
初日に『外は今どうなっているのさね?』とスエ師匠に問いかけられて、そう説明したのを覚えている。
「それを聞いた時にな。実は、儂らにはその理由がわかったんや」
「えっ、そうだったんですか?」
「あたしらの悪い予想が当たっていた場合、その2つの事象は千年将棋の奥の手で実現可能なのさね」
スエさんが神妙な面持ちで言葉を続ける。
「おそらく、千年将棋はあたしの分身を使役しているんだろうね」
「……えっ?」
言ってる意味がよく分からなかった。
「10年前の戦いで王将をあと一歩のところまで追い詰めた時に、婆さん並みに強い術師を1人召喚してきたんや」
「す、スエ師匠並みですか……!?」
「ほんまに強かったで。そこまでの戦いで消耗しとったのもあって、4人がかりでもギリギリの勝負やったわ」
聞くと、召喚された術師の身なりや使用していた術式的に、数百年前に千年将棋が使役した術師である可能性が高いとのことだった。
いつの時代にもとんでもない術師がいたんだな……。
「まぁ、なんとか倒せたんやけど、その時には王将にとどめをさせるほどの余力は残ってなくてな。最後は婆さんが腕犠牲にしながら『果ての二十日』を再構築して、そこに王将と残ってた駒を叩き込んで、再度封印してくれたんや」
余力は残ってないのに封印することはできたのか……。
「……改めて思いますけど、スエ師匠って本当に凄いですね」
「褒められるほどの結果じゃないよ。全盛期のあたしなら召喚された術師も千年将棋もまとめて一捻りにできたんだけどね……老いには勝てなかったさね」
「全盛期……」
強すぎて忘れてたけど、今のスエ師匠は全盛期よりも遥かに弱いらしい。「全盛期の頃のあたしなら、今のあたしなんてワンパンさね」とかこの前呟いていた。
正直、全然想像がつかない。
全盛期のスエ師匠なら、冗談抜きに1人で世界征服とかできると思う。
「話を戻すけど、千年将棋は妖だけじゃなく、人間も使役して召喚できるんや。これはたぶん、儂らしか知らん情報やと思うで」
潤叶さんからの情報でも、実際に戦った時にも、千年将棋は使役している妖しか召喚してこなかった。
倒した人間も使役できる可能性は誰も考えていなかった……。
「召喚するのも操るのも相当無理しとる感じやったし、あそこまで追い詰められても1人しか召喚せんかった。おそらく、1人しか使役できない制約みたいなものがあると思うねんけど……そこら辺はよう分からんかったわ」
倒した人間を何人も使役できるのなら、10年前の戦いで倒した術師をスパイとして潜り込ませて混乱を煽るような策を実行するはずだと、謙蔵さんが付け加えた。
たしかに、それができなかったということは人間の使役は1人だけという制約があるのかもしれない。
「そこで、今回坊主から聞いた外の状況が関わってくるのさね」
「『果ての二十日』を抜け出していた理由と、『常世結界』を使う妖がいた事実ですね」
「そうさね。10年前に千年将棋に倒された人間でそれらを実行できるのは……あたしぐらいだろうね」
スエ師匠が初日に見せてくれた術式を使えば、封印の内部でも『常世結界』を発動できるようになるらしい。そして、『常世結界』内へ千年将棋の駒と一緒に避難し、結界脱出時の短距離転移を利用して封印の外に離脱。
そうすれば、封印を傷付けずに外へ抜け出せるそうだ。
「あとは、どっかの山奥で結界術が得意な妖に『常世結界』の使い方をみっちり教え込めば、坊主から聞いた状況を作れるだろうね」
「それを聞いたら、その可能性しかない気がしてきました……」
全盛期より弱いとはいえ、スエ師匠が敵として出てくると考えただけで絶望しかない。
正直、クロ達と連携しても勝てる可能性は低いと思う。
「とどめを刺されたり遺体を回収されなければ使役の能力は発動しないと思ったんだけど、アテが外れたさね。こんな事なら自分で命を絶っておけばよかったよ」
「そないな物騒な事言わんでや。そもそも、とどめを刺されてないのに分身を使役されてるっちゅうことは、死に至る原因が千年将棋だった時点で使役の能力が発動するんやと思うで」
謙蔵さんの分析を聞き、スエ師匠も納得するように頷いた。
「その見立ては正しいかもしれないね。もしそうなら、致命傷を負わされた時点で自死しても意味はなさそうだね」
「ほんま強力な能力やで。将棋の名を冠するだけのことはあるわ」
スエ師匠と謙蔵さんの説明と考察を聞き、少し疑問を感じた。
「少し聞きたいんですけど、いいですか?」
「なんだい?」
「千年将棋が『果ての二十日』から脱出した件ですけど、どうして千年将棋全員で脱出しなかったんですかね?」
もしも千年将棋がスエ師匠の分身を使役しているのなら、『果ての二十日』から簡単に脱出できるはずだ。
「それは当然の疑問だね。『常世結界』を利用した脱出方法なら千年将棋の全員を脱出させられる。そもそも、あたしの術式なら『果ての二十日』自体を内部から破壊することもできるさね。それらをしなかったのは、別の目的を達成するための策だったんだろうね」
「千年将棋の討伐作戦を行わせること自体が術師達をまとめて潰す策なのかもしれへんな。まぁ、策だとわかってても実行するしかないんやけどな……」
つまり、この状況は全て千年将棋の思い描いていた光景ということか。
修行という形でスエ師匠達の協力が得られた時は希望が見えたと思ったけど、考えれば考えるほど絶望的な状況な気がしてきた。
「そういえば、スエ師匠は『常世結界』の中で全盛期の姿になれないんですか?」
「いや、ならないだけだよ。ここでは強くある必要なんてないからねぇ」
「確かにそうですね」
今のスエ師匠相手でも全然勝てないのに、全盛期の姿になんてなられたら自信がなくなるだけな気がする。
「それに、生身の肉体がないとどうしても霊力の出力に限界があるのさね。ここで全盛期の姿になったとしても、今よりちょっと動きが良くなるくらいだよ。全盛期のあたしには遠く及ばないね」
「そうなんですか」
「そうなんさね。だからこそ、そこに付け入る隙があるんだよ」
「付け入る隙……?」
「それは千年将棋の使役している駒にも言えることなんや。使役されてる婆さんの分身も霊力で構成された肉体やから、全盛期には程遠い実力っちゅうことやな」
「なるほど」
なるほどとは言ったけど、結局は今のスエ師匠を倒さないといけないってことか。それ、付け入る隙あります?
「自信がなさそうね結城くん」
「あっ、潤葉さん」
不安な表情で俯いていると、陽気な表情の潤葉さんが手を振りながら近づいてきた。
「そんな君に朗報よ」
「朗報、ですか……?」
なんだろう?そういえば、修行が始まってから暇がなくてお風呂に全然入れてなかった。体を拭くためのお湯を用意してくれたとかだったらちょっと嬉しい。
修行もより一層がんばれる気がする。
「なんとなんと……私達の秘術が実戦で使えるようになる秘密兵器が完成したわよ!」
「えっ……えぇっ!?」
お湯じゃなくて残念だという思いで反応が遅れてしまったが、お湯よりぜんっぜん嬉しい情報だ。
潤葉さんが徹夜で何かしてくれていることは知っていたけど、そんなものを作ってくれてたのか。
「もうできたんやな!」
「予定より早かったじゃないか。よくやったよ」
謙蔵さんとスエ師匠は特に疑問を持った様子もなく普通に喜んでいる。
どうやら、詳しい事情を知らないのは俺だけのようだ。
「結城くんはスエさんとの修行が終わったら気絶するように眠ってたから、私達の実験のことは知らなかったわね」
「全然知らなかったです。それで、秘密兵器っていうのはなんなんですか?」
「ふふふっ、修行6日目くらいに『結び』の術を使った秘術の使い方を練習したでしょ?あれを実践で使えるようにできないかずっと考えてたのよ」
「あれですか……」
『結び』の術には血縁者しか使えない秘術の制約を無視できる裏技がある。
例えば、『結び』で金森家の血縁者である謙蔵さんと繋いでもらうと、本来は金森家の血縁者しか使用できない『無上・金は時なり』を俺でも使えるようになるのだ。
しかし、この方法には欠点もあった。
「あのままだと、私達が術を構築して『結び』を介して結城くんに渡してから発動!っていう過程が必要だったから、発動までに少しだけ時間が掛かってたでしょ?」
「はい。遅くはなかったですけど、戦闘中に使うのは難しいかなと思いました」
『結び』を介して術を使うと、発動までに僅かなタイムラグが起こる。
ほんの1〜2秒ではあるものの、戦闘中には大きな隙になる。スエ師匠クラスが相手なら致命的とも言える欠点だ。
「そもそも、『結び』の術と血縁者限定の秘術を使える術師が近くにいないとできない戦法ですから、実戦では使えないんじゃないですか?」
木庭家の当主は龍海さんの代わりに北海道を守ってくれているため、東北にはいない。
そうなると、近場にいる術師で『結び』を使えるのはおそらく潤叶さんだけだ。その上で有用な秘術を持つ術師にも協力してもらう必要があるため、実戦ではとてもじゃないが使う余裕はない。
「そうなのよ。だから、発動までのタイムラグと近くに条件を満たした術師がいなきゃダメっていう2つの問題を同時に解決できる秘密兵器を作ったの」
「そ、そんなものがあるんですか?」
「ふふふっ、そんなものがあるのよ」
『結び』や『無上・金は時なり』のように、血縁者限定の秘術は強力なものばかりだ。
だからこそ、千年将棋との戦いで使えるようになるならそれほど頼もしいことはない。
「それで、その秘密兵器とやらはどこにあるんですか?」
「これよ!」
そう言いながら開かれた潤葉さんの手の中には、灰色の太い指輪が4つあった。
ん?よく見るとこれ、灰色なわけじゃない……白い指輪に細かい術式がびっしりと刻まれて灰色に見えてるだけだ!なにこれ、凄っ!
「これが秘密兵器なんですか?」
「そうよ。実はこれね……」
「……ええぇっ!!?」
潤葉さんの説明に驚き、思わず声を上げてしまった。
スエ師匠と謙蔵さんが平然としているということは、この指輪の素材を知った上で作ることを了承していたのだろう。
「その指輪って、使い終わったらどうなるんですか?」
「『身代わり札』のように塵になって消えるでしょうね」
潤葉さんは陽気な雰囲気を崩さないまま、軽い口調でそう答えた。
たしかに、この指輪を使えば一時的に血縁者限定の秘術を使えるようになるのかもしれない。詳しい理屈はわからないけど、装着するだけで『結び』で血縁者と縁を結んでいるような状態になるのだろう。
そうなれば、スエ師匠の分身を倒せる確率は飛躍的に上がるはずだ。
でも……この指輪は、できれば使いたくない。
「遠慮することはないで。叶恵達に渡して墓の中に入れてもらうよりも、千年将棋打倒のために結城くんに使ってもらったほうが嬉しいからな」
潤葉さんと同じように、謙蔵さんも陽気な表情でそう話した。
きっと、俺が思い詰めないようあえて軽い雰囲気で話してくれているのだろう。
「あんたの習得速度は異常さね。素の身体能力と霊力量に関しては、全盛期のあたしすらも上回ってる」
躊躇う俺の気持ちを察したスエ師匠が、謙蔵さんに続いてそう話しはじめた。
「それに、鍛える余裕はないからあえて聞いてなかったけど、隠し玉もまだたくさん持っているようだしね」
自分でもなぜ使えるのかうまく説明できないため、異能については話していなかったが、スエ師匠は『強化』以外の異能が使えることもすでに察していたらしい。
すごい洞察力だ。
「おそらくだけど、今のあんたでも戦略を練ればあたしの分身と渡り合えるレベルにはなれるはずだよ。でも、勝てるかは分からない。それはあんたもわかってるんだろう?」
「……はい」
すでに習得していた術式や異能、尽きたことのない膨大な霊力に大量の『身代わり札』。
それらに加えて、スエ師匠直伝の戦闘術と潤葉さん達から教わった新たな術式を用いれば、スエ師匠の分身と互角に渡り合える可能性はあると思っている。
でも逆にいえば、そこまでの手札があってやっと互角に持ち込めるかどうかだ。
勝てるビジョンは見えないし、何か予期しない出来事が1つでも起これば命を落とす可能性も充分にある。
「血縁者限定の秘術は非常に強力だ。あたしの分身との戦闘でもきっと役に立つはずだよ」
「理解はしています。でも……」
龍海さんに叶恵さん、潤叶さんと潤奈ちゃん。そして、関わりの薄い火野山業の顔までもが頭の中をよぎる。
この指輪は本来、彼らのもとへ還すべきものだからだ。
「その気持ちは嬉しいけど、気にする必要は全然ないわよ。今更こんなもの渡されたって、潤叶達も困るだろうからね。余計なことを思い出させて悲しませちゃいそうだわ」
「叶恵の場合は、『墓の蓋開け閉めするのに何万かかると思ってんねん!面倒やから仏壇の隅にでも置いとけばええわ!』とか言ってむしろ怒りそうやな……なんか、自分で言ってて悲しくなってきたで」
精神的ダメージを受けている謙蔵さんをよそに、スエ師匠が口を開く。
「あたしらの責任を背負わせてしまう申し訳なさもあるけど、それだけが理由じゃない。これを使ってもらいたい一番の理由は、あんたにまだまだ生きてもらうためさ」
スエ師匠が期待に満ちた目を向けながら言葉を続ける。
「あんたはこんなところで死んでいい人間じゃない。きっとこの先、千年将棋の討伐とは比較にならないほどでかいことを成し遂げる存在になるだろうからね。この指輪がそれらの偉業の礎になれるんなら、これほど嬉しいことはないよ」
スエ師匠は最後に笑顔を見せながら、そう締めくくった。
さすがに、ここまで言われて断るのは失礼すぎるな。
「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
「大切になんてする必要はないさね。遠慮なく使い捨てな」
「そうよ。遠慮して使い所を逃すよりも、初めから使い切る心構えで持っていってほしいわ」
「開幕からぶっ放すくらいの気概で使うとええで」
「わ、わかりました」
まだ少し抵抗はあるし、スエ師匠達が期待するほどの偉業を成し遂げられるかはわからないけど……この指輪は遠慮なく使わせてもらうことにした。
「煉もがんばった甲斐があっただろうね。使ってくれると聞いたらきっと喜ぶさね」
スエ師匠の口ぶり的に、煉さんも指輪作りをがんばってくれていたらしい。
でも、先ほどから姿が見えない。
「あの、煉さんはどこにいるんですか?お礼を言いたいんですけど……」
「火野山ならあそこにおるで。お礼は回復してからでええやろ」
謙蔵さんが指刺す方を見ると、両腕を失った煉さんが瓦礫に腰掛けたまま気を失っていた。
ど、どんな作り方をすればあんな重傷を負うんだ?
とりあえず、目が覚めたらちゃんとお礼を言おうと心に決めた。