125話「玉姫(ぎょくき)」
その場所では、光を見ることも、音を聴くことも、匂いを嗅ぐことも、味を感じることもできない。
『果ての二十日』の内部では触覚以外の五感は全て機能せず、封印が弱まる12月20日以外は能力と行動も大きく制限される。並の妖であれば体内を巡る霊力の流れすら止まり、一日も存在を維持できない無の空間。
その中で、冷静に思考を交わす19体の妖がいた。
(400年以上この封印の中にいたことで、無理をすれば12月20日以外でも能力の一部を行使できるようになったのは僥倖だったな)
(そのお陰で、楔を打ち込むことには成功したもんね)
(だが、楔を打っても封印は破壊できなかった)
(封印は確実に弱まっているが、残りの1本を打ち込んでも結果は変わらないだろうな)
(そう考えると、せっかく集めた楔を使ったのは少し勿体なかったのかなぁ)
(いえ、外の術師達も封印が弱まったことで焦りを感じているはずです。今頃は私達の討伐作戦に向けて、戦力を集めていることでしょう)
(いちいち術師を探し出す手間が省けるねー)
(それに、飛空さん達を外に送った彼女の術式は12月20日しか使えませんでしたけど、楔で封印が弱まってる今なら使えると思いますよ)
(そういう意味でも、楔の使用は無駄ではなかったはずだ)
(飛空と桂と香の働きで楔が集まっただけじゃなく、百鬼夜行の予兆も起こすことができた。討伐作戦が行われるとしても、術師達の戦力は分散しているだろうな)
(だとすれば、参加できる勢力は五大家のうち二家、もしくは三家でしょうね)
(他国からの援軍も考えられますが、どこの国でも術師は貴重な存在です。そこまで多くの術師が派遣されるとは思えません。主要戦力は国内の術師に限られるでしょう)
(常世結界が使用できる事実を明かしたことで、最も厄介な土御門家に対する不信感が生まれているはずよ。順当に考えれば、土御門家は作戦に参加できない可能性が高いわね)
(作戦の実行時期は近日中でしょうね。東北の祭りの時期に合わせるなら、楔による果ての二十日の崩壊を待たずして仕掛けてくる可能性が高いわ)
(作戦が始まったら、相手にとっての最悪は数を増やされることだろうねー。たくさんの妖を召喚して使役することができる私達の能力って、とてつもない脅威だろうし)
(そうなると、作戦には私達の能力を封じる手段が組み込まれてくると思います。果ての二十日の外を封印術で囲み、私達の能力を封印したまま戦闘に持ち込む。あるいは、強力な結界を張り、限られた空間の中で軍勢の利を活かせない状況を作る。といったところでしょうか)
(しかし、10年前の戦いでも似た手を使われましたが、私達を倒しきることは出来ませんでした。土御門スエという想定外の存在に奥の手のほとんどを潰されましたが、術師達の策は失敗に終わっています)
(同じ策で再び向かってくるほど人間は馬鹿ではないよね。想定を超える新手を使ってくる可能性が高そうだなぁ)
(相手の準備が、整う前に、仕掛けるのが、有効……)
(彼女の術式を使えば外に出られると思いますけど、あれは日に1度しか使えませんし、戦闘に使えばどんな相手でも確実に屠れる強力な手です。温存するか迷いますね)
(結局は出たとこ勝負か。ま、今回も負ける気はしないがな)
(油断は禁物、10年前の戦いでも、我々は、追い詰められた……)
(同感だ。お前や私を倒して香を封印した術師達のように、10年前にはいなかった戦力が現れている。人間は、油断していい相手ではない)
(彼女のような例外がいる可能性は低いでしょうけど、それでも気をつけるべきね)
(逆にさー、土御門スエほどの例外がいなければ勝てるんじゃない?だって、今はこっちに土御門スエがいるじゃん。それに、本当にやばい時は彼らを呼べば……)
(香、術師相手に彼らを呼ぶことは決してないわ。その認識は改めなさい)
(し、失礼しましたっ!)
群にして個である千年将棋は、彼らの中心である王将の近くにいる場合のみ思考を共有することができる。
その特性によって、音を発することも聴くこともできない果ての二十日の内部でも、彼らは思考を交わすことができた。
(『角陸』が言った通り、先手を取るのが最も有効な手よ。『壱歩』の迷いもわかるけど、先手の有利は奥の手の温存以上に効果があると私は見ているわ)
(『玉姫』様がそう言うんなら、俺は先手を取ることに賛成だぜ)
(不意打ちは、有効。賛成)
(私も賛成です)
(俺も賛成する)
(賛成)
(賛成)
(賛成) (賛成)
(賛成)
(賛成)
(賛成)
(賛成)
(賛成)
(賛成) (賛成)
(賛成) (賛成)
(賛成)
(賛成)
玉姫の言葉に賛同を示す飛空と角陸に続いて、他の駒も次々と賛同の意を示した。
この思考による会議は意図を直接共有できるため、言葉にして理解を得る過程を必要としない。それ故に、ここまでの会議に要した時間は1分にも満たなかった。
(皆も理解しているとは思うけど、これは戦いではないわ。私達と対等に戦える存在は彼らしかいなかった。その事実を証明するための作業に過ぎない。わかっているわね?)
(((((はっ!)))))
玉姫の言葉を聞き、かつて存在した自身の対となる相手を思い浮かべた駒達は、世の術師と妖への怒りを再び燃え上がらせた。
個々の駒が抱いた怒りや言い表せない負の感情の波は千年将棋の特性によって即座に共有され、互いの感情を増幅していく。
(あの時は楽しかった)
(本当に素晴らしい日々だったよね)
(彼らとの対局は、まさに夢のような時間だった)
(ずっとあの時間が続くと思ってたのになぁ)
(ずっとあの時間が続いて欲しいと願っていた)
(それなのに、彼らは術師と妖共に殺された)
(私達は、誰にも迷惑をかけず暮らしていたのに……)
(ずっと彼らと戦っていたかっただけなのに……)
(奴らは私達の平穏を壊した)
(術師も、それに協力する妖共も、絶対に許さない……)
(全ての術師をぶっ潰して、歯向かう妖は全て使役する)
(僕達と対等に戦えるのは彼ら以外に存在しない)
(それを証明しなければならない)
(私達の邪魔をする者のいない、平穏な世界を作らなければならない)
(邪魔者は全て排除する)
(平穏な世界で、また彼らと戦うんだ)
(はやく、また彼らと戦いたい)
(あの素晴らしい日々を、今度は永遠に……)
(そこまでよ)
常人では耐えきれないほどにまで膨れ上がった感情の波を玉姫は冷静に受け止め、鎮めた。
その感情も即座に共有され、他の駒達も冷静さを取り戻す。
(申し訳ございません。玉姫様……)
(いいのよ。私が焚き付けたのだから、構わないわ)
謝罪の意を示す駒達へそう返しながら、玉姫は言葉を続ける。
(あなた達は存分に暴れなさい。たとえ何があっても、私が冷静にあなた達を導くわ)
玉姫の言葉を聞き、駒達は強い決意を改めて胸に抱いた。
玉姫の存在は千年将棋の心臓であり、精神的支柱でもある。玉姫が存在し続ける限り、彼らが崩れることは決してない。その存在も、その心も。
(気を取り直して、次は術師達が仕掛けてくるであろう策について考えを交わしましょうか)
玉姫の提示した議題について、再び駒達は考えを巡らせる。
千年将棋が封印を破るまで、残された時間は少ない。
コミカライズ7巻と、(約4年ぶりの)書籍3巻発売が決定いたしました!
発売日は2023年6月2日でございます。
これもひとえに皆様の応援のおかげです。本当にありがとうございますm(_ _)m
サイン本の予約等は活動報告を見ていただけると嬉しいです。
今後とも「されてねぇ!」をよろしくお願い致します。