124話「あれって精霊でもいける!?」
クロ達が過ごす旅館から車で数分の場所にある山中の木材置き場には、隠蔽と防音の結界が幾重にも張り巡らされた区画が存在した。
今回の作戦期間中に術師が訓練を行えるよう用意されたその場所では、多数の術師が見守る中、場外と気絶と降参は敗北というルールで偽幸助一行VS気炎と三鶴城のチームによる模擬戦が行われていた。
「クソが!何で当たんねぇんだよ!」
「カカーカ」
「ごふっ!」
爆鬼と共に空を駆けながら爆炎を撒き散らす気炎に対して、その全てを難なく躱しつつ、目に見えない衝撃波の塊を正確に打ち込むシロ。
「くっ……この数でも対応されるのか」
「おもしろーい!ゲームみたい!」
2体の三刀像を操り、飛ぶ斬撃による弾幕を形成した三鶴城に対して、鞭のようにしなるカルを巧みに操り、その全てを迎撃するリン。
「……ニアっち、暇だね」
「仕方ナイデス。油断セズ待機シマショウ」
そんな激しい戦いを三重結界の中に籠りながら観戦する偽幸助ことウルとニア。
「火野山家の筆頭陰陽術師が押されてるぞ」
「誰よあの術師、筆頭陰陽術師2人相手にできるって、化け物じゃない」
「あの術師、当主クラスの実力があるんじゃないのか?」
驚愕の表情でその戦いを見守る術師達を他所に、戦闘は更に苛烈さを増していく。
「チッ、このままじゃ埒があかねぇ。爆鬼!来い!!」
「グルァァアアアア!!」
爆散した爆鬼が気炎の体を包み込むようにして集まり、その姿を変えていった。
気炎の額には赤黒い溶岩のような角が2本生え、手足には眩しく感じるほどの爆炎を纏っている。
「奥の手を使うしかないようですね。三刀像、来なさい」
三鶴城が三刀像に合図を送ると、一体は歪な2本の大刀へとその姿を変え、もう一体は三鶴城の体格に合う大きさに縮小し、鎧となって三鶴城の身に装着された。
「カァ!?」
「すごーい!なにそれ!」
「……!」
「あれって精霊でもいける!?」
「僕ノ場合ハドウナルノデショウ……?」
驚愕するシロ達を他所に、爆炎の鬼に姿を変えた気炎と大刀を両手に持つ鎧武者となった三鶴城が言葉を放つ。
「奥の手の『妖纏・爆鬼羅刹』だ!勝負はここからだぞ!!」
「『式神纏・大刀像』です。加減が難しいので、怪我をさせてしまったらすみませんね」
見た目だけでなく、明らかに強さの次元が変わった2人を目にしたシロ達は、先ほどとは一転して真剣な表情となった。
『ストップストップ!熱くなっちゃダメダメだよ』
『ココデ全力ヲ出スノハ控エタホウガイイデス』
突如地中から出現した大量の砂鉄とウル達の言葉によって、本気を出そうと構えたシロ達はその考えを改めた。
もしも内通者がいた場合、この場で手の内を晒すのは危険だとシロ達は思い出したのだ。
「やっと出てきたか結城幸助ぇ!!」
「ただのサポートですけどね。『製鉄工場』」
偽幸助が発動した製鉄工場によって巨大な鉄の幕が出現し、シロ達の存在を隠した。
「あまり時間を与えるのは得策ではないな」
「まかせろ、まとめて吹き飛ばす!『散炎弾』!」
通常時とは比較にならない威力の散炎弾を放ち、鉄製の幕を一撃で吹き飛ばした気炎だったが、大技を放った直後の隙を見逃すほどシロ達は甘くなかった。
「気炎!回避しろ!」
「あ!?狙いは俺かよ!」
爆炎によってホバリング中の気炎に向かって、空中を駆けるリンが目にも止まらぬ速度で迫っていく。
その肩にはシロがとまっており、衝撃波による足場を形成することでリンの空中歩行を補助していた。
「上等だ。受けてたってやら……あぁ!?」
散炎弾発射後の硬直を気合いで解除した気炎はありったけの爆炎を右手に集め、再び散炎弾の発射体勢に移行したが、直後に感じた背中への衝撃によって体勢を崩されてしまう。
「がっ!後ろから、だと……?」
リンが空中を駆ける最中、シロはそれを超える速度の衝撃波を放ち、気炎の背後へと回り込ませていた。
速度と誘導にエネルギーを割いたことで威力はそれほどでもなかったが、気炎の体勢を崩すには充分だった。
「チッ、だったら受け止めてやるよ!!」
「とりゃあっ!」
リンの峰による振り下ろしを気炎は爆炎を集めた右手で受け止めたが、衝撃波による足場で踏ん張りの効くリンに軍配は上がった。
「三鶴城っ!!」
「すまん!手が離せん!」
落下する気炎が三鶴城に援護を求めたが、地上では突如出現した100体を超える鉄製ゴーレムが三鶴城と互角の戦いを演じていた。
このゴーレムはいつでもシロ達の援護ができるよう、戦闘開始直後からウルが地中に用意していたものだ。また、一体一体がニアの精密操作によって達人級の武術を繰り出してくる上に、腕や足だけになっても攻撃を続けてくる。そのため、三鶴城は苦戦を余儀なくされていた。
「もーいっかい!」
「クソがっ、またかよ!」
爆炎の噴射によって空中で体勢を立て直した気炎だったが、落下しながら駆けてきたリンに再び叩き落とされる。
シロの補助を得たことで空中でも全力の膂力を引き出せるリンの前では、戦闘機に匹敵する推進力を得た気炎ですら抗うことはできなかった。
「ごへっ!」
「ぐっ!気炎!こちらに落ちてくるな!」
気炎が落とされた方向には三鶴城がおり、回避する余裕のなかった2人は衝突する形となってしまった。
直後。それを見計らったかのようにゴーレムが砂鉄へと戻り、形を変えていく。
『ニアっち、OK?』
『OKデス』
ゴーレムを形成していた砂鉄はワイヤーへと変化し、ゴーレムに接続されていたニアの霊力糸と共に気炎と三鶴城に絡みついていく。
2人はそこから抜け出そうともがくが、絡みつく無数のワイヤーと霊力糸から逃れることはできない。
「三鶴城!早く斬れ!お前がいると爆炎が出せねぇ!」
「すまん、うまく動けん。大刀像の調子がおかしい」
霊力糸を介してニアが大刀像の一部を掌握し、動きを乱しているのだが、そのような神業を即座に行えるはずがないと決めつけていた気炎と三鶴城には原因を特定することができなかった。
「いっくよー!」
状況が打開できないまま無数のワイヤーと霊力糸で糸玉にされた気炎と三鶴城の前に着地したリンが、バットの形に変化したカルを思いっきり振りかぶる。
「マズイぞ!結界の外まで吹っ飛ばして場外にするつもりだ!」
今回の模擬戦では結界の外が場外となり、そこへ出されると敗北という判定になる。
メジャーリーガーのような美しい構えを見せるリンの意図を察した気炎は、文字通り鬼の形相でそう叫んだ。
「よし、左腕は動くようになった!打撃のくる側とは反対の一部を斬り裂く!そこから爆炎を噴出してくれ!まずは場外負けを回避するぞ!」
「当たり前だ!そんな無様な真似できっかよ!」
以前の神前試合で元当主が見せた場外負けを思い出した気炎は、三鶴城の斬り開いた空間から全力の爆炎を放った。
「てやぁーーーーー!」
「うぉらぁあああ!!!……くそっ!」
しかし、インパクトの瞬間にカルが自身の質量を数倍に増加させたことで、リンの打撃は桁外れの威力にまで昇華されていた。
結果。爆炎を吹く糸玉はリンの打撃に抗うことが出来ず、結界の際まで飛ばされていく。
「まだだ!大刀像、形を変えろ!」
飛ばされた衝撃によってニアの霊力糸が切れたことで操作権を完全に取り戻した三鶴城が、糸玉の中で大刀像の形を変化させた。
体中から返し付きの刃を何本も生やした大刀像は、その刃を勢いよく地面に突き刺し、深い溝を掘りながら糸玉の勢いを殺していく。
「ナイスだ!これなら止めれるぞ!」
「よし。このままなら場外は回避でき……」
気炎と三鶴城が安堵した直後、全ての音が消えた。
「……!」
「………!!」
気炎と三鶴城は音のない世界に混乱しながらもすぐに気持ちを切り替え、互いに指示を出し合おうとしたのだが、普段から音に頼りきっていた2人がこの状況に即座に対応できるはずもなかった。
「「……!!」」
そんな中、無情にも糸玉の速度はさらに加速し、2人は無様にも場外となった。