121話「いっぱい抱きしめてきた」
もう1月が終わりますね。
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたしますm(__)m
約10年前。
千年将棋封印の地では、常世結界の内部で語らう水上潤葉と土御門スエの姿があった。
「スエさん、回復系の術に使う霊力って、残ってたりします?」
出血の止まらない腹部の傷口を押さえながら潤葉はそう問いかけたが、スエは首を横に振りながら答える。
「残念だけど、もうすっからかんさね。果ての二十日を再構築して、千年将棋をそこに叩き込んで、この常世結界を展開して……もう完全に打ち止めだよ」
そう話したスエの右腕は既になく、いつ命を落としてもおかしくないほどの血が流れ出ていた。そして、横には瀕死の重傷を負った謙蔵と煉が横たわっている。
「せめて、千年将棋が最後に見せた能力の情報だけでも、みんなに伝えておきたかったんですけどね……」
「残念だけど、それは流石に無理さね。外は千年将棋が召喚した妖で溢れてる……ここから移動はできないよ」
スエは諦めたようにそう呟いたが、潤葉は何かを決意した表情で口を開いた。
「……スエさん、常世結界の操作権を私に譲渡することってできます?」
「……何をする気さね?」
「結びを使う霊力はなんとか絞り出せそうなので、スエさんの常世結界と私の魂を結び付けて、ちょっと悪あがきでもしてみようかと思いまして」
「……正気かい?そんなことをしても何の意味もないかも知れないし、下手するとまともに成仏すらできなくなる可能性もあるさね」
潤葉の目的を察したスエは咎めるような視線を向けるが、その決意は揺らがなかった。
「やりますよ。たとえ僅かな可能性だとしても、娘達の未来を少しでも明るくできる希望があるのなら、私はやります」
「……ふっ、色んな連中に喧嘩売ってきたけど、最後にこの世界の理に喧嘩を売るのも面白そうさね。私の魂も結びな。あんた一人じゃ常世結界は扱えないさね」
潤葉の揺るぎない決意を理解したスエは、悪い笑みを浮かべながらそう答えた。
「ちょい待ちぃ……その話、うちらも混ぜてや……仲間はずれはズルいで……」
体を起こす気力もない謙蔵は、横たわったままの姿勢でそう呟いた。隣で倒れている煉もその言葉に頷き、肯定の意を示す。
「……この世の理に反した行いですから、もしかすると地獄行きかもしれないですよ?あるか知りませんけど」
「はっ!今さら地獄なんざ怖ないわ。娘の過ごす世界にあの妖を残しとくことの方がよっぽど怖いで」
「私も……覚悟は、できている……」
「わかりました。それでは、早速行いましょう……『結び』」
2人の言葉を聞いた潤葉は、この場にいる4人の魂とスエの発動した常世結界を結びつけた。
千年将棋との戦いで得た情報をいつかこの場に訪れるであろう誰かに伝えるために、4人はこの世界の理に抗う道を選んだのだったーーー
◇
「ーーーっていう事があってね。勝手に成仏しないように、常世結界と魂を結びつけてから私達は亡くなったってわけ。術の力で無理矢理地縛霊になった感じね」
10年前に亡くなった4人がこの場にいる理由を聞き、言葉を失ってしまった。
死ぬ時の絶望感や無力感がどれほどのものなのかは、俺もよく知っている。だからこそ、そんな状況下で誰かのために最後まで足掻き続ける選択をしたこの4人の覚悟の大きさは、誰よりも理解できた。
「魂の状態でコミュニケーションが取れるのか、術が発動できるのか、そもそもここに人が訪れるのか、不安要素てんこ盛りで大博打もいいところやったけどな。結果的に全部うまくいって良かったで」
「妖や精霊が術を使えるんだから、それに近い魂の状態でも術は使えると思ってたさね。それよりも、千年将棋封印の地の周辺で常世結界を使ってくれる術師が現れる可能性のほうが遥かに低かったよ」
スエさんの話では、この常世結界には近くに出現した他人の常世結界と同期する術式を組み込んでいたらしい。
そのため、俺が発動した常世結界と強制的に繋がったのだそうだ。
「それよりも、坊やが何者なのかと、外で今何が起こっているかを話してもらってもいいかい?ここにいると外のことは何も分からないのさね」
外界と繋がると世界の修正力によって常世結界の崩壊が始まり、魂を結びつけている結びの術にも綻びができしまうため、この10年間外の情報を得ることができなかったらしい。
成仏しないように魂を繋ぎ止める行為はこの世の理に大きく反しているため、外界と繋がった際の修正力の影響も相当大きいそうだ。
「わかりました。まず、名前は結城幸助って言います。年齢は15歳の高校一年生です」
「ほんまに土御門やなかったんやな……」
常世結界を使えた事実から、謙蔵さんは俺を土御門家の人間だと思っていたようだ。
それでスエさんの孫だと勘違いしていたのか。
「あと、その、潤叶さんとは同じクラスです」
「潤叶と同じって……ええっ!?」
水上さんが目を見開いて驚いている。
「潤叶は元気!?ちゃんと健康に育ってる!?」
「は、はい。元気に健康に育ってると思います。中等部にいる潤奈ちゃんも元気です」
「潤奈のことも知ってるの!?」
「はい。同じ学校の中等部に通ってます」
「中等部!?そう、そうよね。潤奈ももうそんな歳なのよね……2人とも元気そうで良かったわ」
水上さんはそう呟くと、少し悲しげな表情となった。
やはり、この人は潤叶さんと潤奈ちゃんの母親で間違いないようだ。
「あ、潤叶達を知ってるってことは、苗字呼びだとややこしくなっちゃうわね。私のことは名前呼びでいいわよ」
「そういうことなら、あたしらのことも名前呼びでいいさね」
「せやな。儂らは苗字だと被る人物が多すぎや。んなことよりも水上ばかりずるいで!結城くん、叶恵のことは知っとらんか!?」
「……業のことは、何か知らないだろうか?」
「夫のことは知ってる?龍海って言うんだけど」
「落ち着きな若造共。当主を務めていた連中がみっともない真似してるんじゃないよ」
謙蔵さんに続いて煉さんと潤葉さんが詰め寄ってきたところで、スエさんが手をぱんと叩きながらその場を収めてくれた。
「話を戻すよ。それで、外は今どうなっているのさね?」
「はい。まず……」
千年将棋が何らかの方法で果ての二十日から抜け出し、密かに活動を始めていたこと。
近いうちに封印が解かれる可能性が高いため、龍海さんや叶恵さんを中心に千年将棋討伐作戦が実行されようとしていること。
そして、常世結界を敵の妖が使用していた事実から、土御門家に裏切り者がいる疑いが掛かっていることを簡潔に話した。
「あの人は相変わらずね」
「叶恵、立派になったんやなぁ……」
潤葉さんは龍海さんの話に微笑み、謙蔵さんは号泣しながら叶恵さんの話を聞いていた。
煉さんが火野山家に関する話はないのかという熱い視線を向けてくるが、火野山家と土御門家の術師のほとんどは百鬼夜行の対応に当たっているため、話せることがない。
俺はさっと目を逸らした。
「それにしても、やっぱり果ての二十日を抜け出せたみたいさね……」
「スエさんの悪い予感が当たっちゃいましたね」
「それも問題やけど、千年将棋の討伐作戦が始まろうとしてるのもヤバいんちゃうか?タイミング悪すぎやで」
「時間が、ないな」
千年将棋の討伐作戦が目前まで迫っている事実は、スエさん達にとって想定外だったようだ。
予定では、偶然ここに訪れた土御門家の術師に千年将棋との戦闘で判明した情報を伝え、いずれ来る討伐作戦への糧にしてもらうつもりだったらしい。
「議論はあとさね。それよりも、坊やはどうして常世結界を使えたんだい?」
「あ、それは……」
続けて、俺が常世結界を使える理由についても説明した。
習得能力が異常に高く、特殊な条件がない術であれば見るだけで習得できるため、常世結界も千年将棋が召喚した妖から習得できたと話した。
説明がややこしくなりそうなので、神様に関することは伏せている。
「まぁ、常世結界程度なら見ただけで習得は可能さね」
「いや、それは婆さんだけや。普通無理やろ」
「無理ですね」
「無理だ」
俺が言うのもなんだが、普通は無理だと思う。結界術のエキスパートである芽依さんでも難しいだろう。
ただ、スエさんは本当にできるらしい。
「もう少し聞きたいんだが、坊やのその習得能力は、一瞬だけ発動した術や発動寸前で止めた術でも習得は可能かい?」
「集中すれば、たぶんできると思います」
俺の習得能力は発動した術を見るだけで、発動過程を理解して習得することができる。
つまり、発動過程を見ることができるなら、発動した術を見る必要はないのだ。
過程を見る時間も、集中して見逃しさえしなければ一瞬見るだけで大丈夫だと思う。
「それじゃあしっかりと見ておきな。一瞬だよ」
「えっ?」
次の瞬間。スエさんから異常な威圧感が放たれた。
強いとか勝てないとか、そういう次元ではない。
突如として爆発寸前の太陽が目の前に出現したような錯覚に陥った。
「……どうだい?今の術は習得できたかい?」
「……やってみます」
この術は自分自身の精神と肉体を媒介にするため、札を用意する必要がない。
そして、発動後の自分自身がどのような存在になるかという明確なイメージが術式の代わりとなるため、詠唱を口にする必要も肌に術式を描く必要もない。
イメージが固まった後に術名を口にするだけで発動できるその術は、習得自体はどんな術よりも簡単だった。
「……すみません。発動出来ませんでした」
しかし、俺には発動出来なかった。
術名を知らないからではない。原因は、イメージが不完全だったためだ。
どんなに集中してイメージを固めても、先ほどのスエさんのようにはなれないと心のどこかで思ってしまったのだ。
「ふふっ、一目見ただけでそこまでできたなら上出来さね。坊や、千年将棋との決戦まであたしが直々に指導してあげるよ」
「よろしくお願いします」
この術を使えるスエさんでも勝てなかった千年将棋を倒すためには、少なくともその実力を超えなければならないということになる。
そう考えた俺は、何の迷いもなくスエさんの指導を受けることに決めた。
「婆さんが直々にって、マジかいな……」
「弟子ってことでしょ?何十年ぶり?」
「『土御門駿吾』以来だな……」
潤葉さん達の反応を見る感じだと相当珍しい出来事らしい。
「というか婆さん、それでええんか?結城くんに発言力ある術師連れてきてもろて、千年将棋の情報をいち早く周知する手もあるで」
「残念だけど、世界の修正力の影響で常世結界の崩壊はすでに始まっているさね。坊やを外に送り出した瞬間、完全に崩壊してあたしらもどうなるか分からないよ」
薄々感じてはいたが、スエさん達がいるこの常世結界はもうボロボロだ。
ヒビだらけのガラス玉のような状態のため、俺が外に出た衝撃で即座に限界を迎えるだろう。
「あたしが気張れば坊やが誰かを連れて戻ってくるまで常世結界を保たせられる可能性はあるよ。でもね、その可能性に賭けるよりも、この坊やに賭けるほうが千年将棋に勝てるとあたしはみているのさね」
想像以上に大きな期待を向けられて内心震えている俺を一瞥した謙蔵さん達は、どこか納得した表情となっていた。
「あんたらが家族に会えるかもしれない機会を奪ってしまうのは申し訳ないけどね……」
「謝らんでええですて。こうなる覚悟をした上で10年前の戦いに挑んだんや。今更会おうと思うほど強欲やないわ」
「私も同じですよ。家を出る時に潤叶と潤奈と夫をいっぱい抱きしめてきたので、未練はないです」
「……俺も、問題はない」
謙蔵さん達の覚悟を聞いているうちに、自然と心の震えは収まっていた。
「坊やには大きな期待を背負わせちまうことになるけど、大丈夫かい?今なら坊やに誰かを呼びに行ってもらう案でも……」
「大丈夫です。その期待には、必ず応えてみせます」
一切迷いがない目で、スエさんにそう返した。
一度命を失い、本来なら訪れないような幸運によって今も生きていられる俺こそが、この人達の期待を背負うべきだと強く思ったためだ。
「でも、期間はあと5日間くらいしかないんですよね……」
東北三大祭りの期間中で神聖な霊力が最も高まると推測されている8月6日が作戦決行日だと、資料には書かれていた。
今は8月1日の昼過ぎ。決行時間は正午であるため、正確にはすでに5日を切っている。
「安心しいや。その時間、儂が伸ばしちゃるわ」
謙蔵さんがそう話すと、懐から取り出したお札を媒介にして術の詠唱を始めた。
ん?よく見るとお札じゃない。一万円札だ。
「あれは金森家に伝わる秘術なの。あの術は日本に存在する陰陽術の中で唯一、時間に干渉できるのよ」
「時間操作ですか!?」
潤葉さんの説明を聞き、思わず声を上げてしまった。
『強化』の異能で体感時間を伸ばすことはできるが、それは時間を操作しているわけではない。
しかし、謙蔵さんの術はそれが可能らしい。
「それじゃあ始めるで、『無上・金は時なり』や!」
謙蔵さんの発動した術が、常世結界の内部を満たした。
ラジオ関西の「ラジドラ☆パラダイス」にて、「異世界転生……されてねぇ!」のラジオドラマが放送決定いたしました!
下記の日程で全4回の放送となっております。
1月25日(水)
2月1日(水)
2月8日(水)
2月15日(水)
(全て18時50分頃)
radiko(範囲外ノ方ハ月額料金ガ……)とPodcast(無料デス)でも配信予定ですので、暇つぶし程度に聴いていただけると嬉しいです。
教室のガヤのシーンのどこかに、漫画の作画をしていただいている航島先生と私の声が入っております。たぶん




