120話「水上潤葉」
水上に飾られたねぶたの山車が見れる露天風呂では、その日の仕事を終えてくつろぐ叶恵とアウルと潤奈の姿があった。
叶恵とアウルが浴場に向かう途中で偶然出会った潤奈も、せっかくだからと連れてこられたのである。
「裸の付き合いっちゅうのもええもんやなぁ」
「そ、そうですね」
「日本の温泉は最高なのです」
金森家の現当主である叶恵の存在に緊張を示す潤奈の横で、すでに色々と吹っ切れていたアウルは素直に温泉を堪能していた。
今作戦において重要な役割を与えられ、多くのベテラン術師と接していく中で、アウルの胆力は短期間で急激に成長していたのである。
「そや。潤奈ちゃんもいることやし、さっきの話を聞かせたるわ」
「さっきの話、なのです?」
「ほれ、面接の時に言うたやろ。土御門家前当主の最強伝説や」
土御門家前当主、『土御門スエ』。
世界最強の術師と称される存在であり、女性術師の地位を押し上げるきっかけともなった術師でもある。
潤奈もその噂は聞いていたため、叶恵の言葉に興味を示し、耳を傾けた。
「まず、日本じゃ昔は女性術師の立場が低かったみたいでな。五大陰陽一族の当主に女性が選ばれたことはなかったんや」
露天風呂の縁に腰掛けながら、叶恵は暗い声色でそう語り始めた。
今でこそ五大陰陽一族の当主に女性が選ばれることも当たり前となっているが、ほんの数十年前までは女性であるというだけで筆頭陰陽術師に選ばれることさえ難しかったのである。
「でもな、そんな雰囲気を全てぶっ壊して初の女性当主となったのが、土御門家の婆さんやったんや。しかも、その当時は土御門家と血縁関係すらなかったっちゅう話やで」
「そ、そんなこと可能なのです!?」
「次期当主って、血縁関係が必須条件じゃないんですか!?」
笑顔で語る叶恵に、アウルと潤奈は驚愕を示しながらそう問いかけた。
五大家に伝わる秘術の中には血縁関係がなければ習得できない特殊なものもあるため、五大陰陽一族と血縁関係にある者の中から次期当主は選ばれる。2人はその決まりを知っていたため、驚愕を示したのである。
「当然の疑問やな。各家に代々伝わる秘術には強力なもんが多い。知らんやつらが悪用したら危険なもんばかりや。だからこそ、一部の秘術には習得条件に血縁関係が組み込まれとる」
叶恵はそう解説しながら話を続ける。
「でもな、土御門の婆さんは、当主になる上で土御門家の血縁でないと習得できない秘術よりもさらに価値のあるもんを示したんや。それが何かわかるか?」
「……強さ、ですか?」
「いい線いっとるで。でも50点ってところやな」
潤奈の言葉にそう答えながら、叶恵は言葉を続ける。
「正解は、土御門家に伝わる秘術とは別の秘術を独自に開発したんや。しかも、開発期間は10年ちょっとやいう話やで」
「そ、そんなこと不可能なのです!秘術と呼ばれる術はそう簡単に開発できるものではないのです!」
「アウルの言う通りです。五大家が秘術に指定するほどの術って、何十年もかけて作り出されたり、時には何代にも渡って数百年以上かけて作り出されたものもあると聞きます。そんな術を10年ちょっとって……」
「本当の話や。それに、驚く点はそこだけやない。その独自開発した秘術が土御門家が代々引き継いどった秘術よりも遥かに強力やったんや。それこそ、血縁関係もなく地位も低い一介の女性術師を当主の座に着かせるほどな」
言葉を失うほど驚愕するアウルと潤奈に向けて、叶恵はさらに言葉を続ける。
「ちなみに、土御門の婆さんはその秘術の有無に関係なく当時から相当強かったらしいで。当主になることを快く思っていない連中が差し向けた刺客は全員ボコボコにして、表立って絡んでくる輩も全員力でねじ伏せたそうや」
「と、とんでもないですね……」
「凄い術師なのです……」
驚きを通り越して僅かに引き始めた2人を見ながら、叶恵は表情を変えて次の話題を切り出す。
「お次は、土御門の婆さんが別の秘術を開発した話やな」
「「まだあるんですか」のです!?」
驚く2人に笑顔を向けながら、叶恵は土御門スエ最強伝説の第二章を語るのだった。
◇
「えらい若いなぁ。あんた幾つや?」
「えっと、15歳です。今年で16です」
「ほぉ〜、そいえば婆さんが孫は今年で16歳や言うてたな。にしても、その歳で常世結界使えるなんて大したもんや!これは期待できるで!」
常世結界を使ったことでこの謎のパチンコ店に飛ばされた理由が知りたいのだが、矢継ぎ早に話す目の前のおじさんに圧倒されて話が切り出せない。
「おっと、自己紹介がまだやったな。儂は『金森謙蔵』や。気安く謙蔵さんって呼んでな!」
そう話しながらも、腕を掴む謙蔵さんの握力はどんどん増していく。痛い痛い。
「あの、もしかして謙蔵さんって、金森家の術師の方ですか?」
「そやで、もう昔の話やけどな」
どこか遠い目でそう呟いた。苗字は一緒だけど、今は金森家の術師ではないようだ。
「そや!他にも連れがいるんや。紹介するから付いてきてや」
「えっ、ちょっ……!」
付いてこいと言いながら、腕を掴まれたまま半ば引きずられるような形で連れて行かれた。
悪い人ではなさそうだが、めちゃくちゃ強引だ。
「ここは、外ですか……?」
パチンコ店の外に出ると、夕焼け空の商店街が続いていた。だが、妙な違和感がある。
よく見ると、神社や寺院に並んで小学校やカジノが建っているのだ。商店街にしてはあまり見かけないラインナップである。
「たぶんこっちやで」
「ちょっ……」
腕を掴まれたまま半ば引きずられるような形でおじさんについて行くと、総合体育館のような施設の前に到着した。
中からは激しい衝撃音が聞こえてくる。明らかに異常だ。
「この感じは、火野山と婆さんがおるみたいやな。ちょうどええわ」
「あの、誰と会うんですか?」
勝手に歩みを進めようとするおじさんにそう問いかけると、不敵な笑みを浮かべながら口を開く。
「驚くと思うから先に伝えといた方がええな。今から会うのは、あんさんの親族や」
「親族……?」
両親や従兄弟達の顔が思い浮かんだが、誰がこの場にいてもおかしい。おそらくだが、親族に術師はいないと思う。
「ほな、ご対面やな。火野山ー!土御門の婆さん!客人が来たでー!」
謙蔵さんがそう叫びながら体育館の扉を勢いよく開くと、組み手を行う初老の男性とお婆さんの姿がそこにはあった。
2人は俺を視界に入れると手を止め、驚愕に目を見開きながらその場で固まっている。
「ほれ、久しぶりの再会やろ。遠慮なく抱きついてもええんやで」
謙蔵さんが冗談めかしながらそう言い、お婆さんの方へ背中を押して来た。
必然的に距離の縮まったお婆さんと目が合う。
「……ふむ。お前さん、常世結界が使えるのかい?」
「あ、はい、使えます」
そう答えながら、改めて土御門と呼ばれていたお婆さんをよく見る。
年齢は80代くらいで、外見は和服の似合う普通のお婆さんだ。
しかし、数々の経験によって培われた本能が、目の前のお婆さんが只者ではないと伝えてくる。この人は、今まで出会った神様以外の存在の中で、誰よりも強い。
「ふむ、なるほどね。常世結界が使えるからってことで謙蔵の坊主が私の親族だと勘違いして、ろくに説明もせずにここへ連れてきたってところさね」
「えっ、どう言うことや?」
疑問を口にする謙蔵さんをよそに、お婆さんは言葉を続ける。
「まずは説明の前に自己紹介さね。私は『土御門スエ』。そして、そこにいるのが『火野山煉』。土御門家と火野山家の前当主だよ。ちなみに、そこの謙蔵は金森家の前当主さね」
「……えっ?」
土御門家、火野山家、金森家の前当主。
10年前の戦いで亡くなったと聞いた存在が目の前にいる事実に驚き、返答が少し遅れてしまった。
「詳しい説明は残り1人も揃ってからの方がいいね。もう来るよ」
土御門さんが体育館の入り口へ視線をずらすと、勢いよく扉を開きながら登場する女性の姿があった。
「……!!」
黒く長い髪。整った目鼻立ち。よく知る人物に似た見覚えのある顔に、思わず息を呑んでしまった。
「常世結界が同期した反応があったから急いで来たんだけど……って!ついに来たのね!」
その女性は俺を見つけると満面の笑みで駆け寄ってきた。
近くで見るとますます似ている。その人物が大人になったらこんな姿になるのだと確信が持てるほどそっくりだ。
「興奮するのも仕方ないけど、まずは自己紹介が礼儀さね」
「あ、そうですね。それじゃあ改めまして、私の名前は『水上潤葉』。よろしくね少年」
潤叶さんによく似た顔の女性は、満面の笑みでそう話した。