119話「ぱ、パチンコ店……?」
「それで、実際に会ってみてどうだったの?」
旅館の一室では、仕事を終えてくつろぎ始めたトウリに話しかけるユイの姿があった。
「あいさつの時に一瞬だけ『感知』の異能で様子を見たが、俺のことは知らない様子だったな」
「えぇっ!てっきり、前にクラッキングしてきた人が私達の情報を調べ上げて伝えてると思ったんだけど、違ったのかなぁ……?」
ランクAの『電脳』の異能を持つユイと互角の勝負を繰り広げた謎のハッカー。
その存在を知っているトウリとユイは、すでに自分達の存在が知られているという前提で幸助と接触し、協力関係を築くつもりだった。しかし、実際は全く知られていなかったという事実によってトウリは自分達の事情を話すタイミングを逃していたのである。
「周りにも人がいたし、知られていないなら今はそのままでいいと思ってこちらの事情はあえて話さなかった」
「うん、良い判断だと思うよ。ディヴァイン打倒のためにいつか協力をお願いしたいけど、今は千年将棋を倒すことのほうが大事だからね」
数年の時を過ごした日本とお世話になっている金森家に愛着が湧いている2人は、それらを守るために全力で千年将棋の討伐に挑む決意を固めていた。
「そういえば、雫ちゃん達も元気にしてるかなぁ?」
「色々と片付いたら連絡をとってみるか」
2人はそう話しながら、数日後に迫った千年将棋の討伐作戦へ向けて英気を養うのだった。
◇
「行ってきまーす!」
「行ってくる」
部屋に着くなり、リン達はバイキングへと出かけ、クロとシロは大浴場へと向かった。
リンとウルにはニアとカルがついているので問題はないだろう。温泉のほうは他の術師が連れている妖や妖精も普通に入浴しているとのことなので、クロとシロがそのままの姿で入っていても問題はないらしい。
「そういえば、一人でくつろぐのって久しぶりだな」
高校に入学してからはどんどん家族が増えていき、家でも学校でも常に誰かが側にいた。
そのため、一人でゆったりとくつろぐのは高校生になってから初めてな気がする。
「なんか、そわそわして眠れない……」
布団に入って目を閉じてはみたものの、一人きりの状況に慣れず全然寝付けない。仮眠せずに館内散策をしてもいいが、今は気が乗らない。
「せっかく立派な旅館に来たのに、疲れが残ったまま散策するのも……そうだ!」
天才的な発想に思わず声を上げてしまった。
せっかくの機会にしか来れない旅館なら、いつでも来れるように作ってしまえばいいのだ。
「常世結界を使えば旅館の内装どころか温泉も再現できる。改めて思うけど、最高な術だな」
熱湯風呂などの攻撃的な情景は無理だが、温泉なら問題なく再現できるはずだ。館内の情景はしっかりとイメージを固める必要があるが、あとで見回りながら記憶していけば問題ないだろう。
「手始めにこの客室を再現してみるかな……『常世結界』」
床に沈むように結界内へ入った瞬間、不思議な感覚に苛まれた。体に糸が絡みつき、別の場所に引っ張っていかれるような、奇妙な感覚だ。
「今の感覚は……えっ?」
結界内へ入ると、そこには激しい音楽と共にパチンコ台がずらりと並ぶ光景が広がっていた。
「ぱ、パチンコ店……?」
見渡す範囲に客は一人もおらず、大音量の店内音楽が鳴り響き、パチンコ台のネオンが輝いている。
思い描いていた客室とはあまりにも異なる情景に、思わず唖然としてしまった。
「ここは一体……」
「なんやねんこれ!あの婆さん、また確率下げやがったんか!」
考えを巡らせていると、遠くのほうから男性の怒鳴り声が聞こえてきた。
声のするほうへ移動すると、バーコードを思わせる髪型の小太りなおじさんが怒りながらパチンコを打っている。
「明らかにこの前より玉がでぇへん。あのババア、儂がよく使う台の位置把握して微調整しおったんやな……」
「あの……ど、どうも、はじめまして」
謎のパチンコ店唯一の客らしきおじさんにそう話しかけると、これ以上ないほど驚愕した表情で固まってしまった。
「あの、大丈夫です……かぁ!?」
「まっとったでぇ!!!」
そう叫びながら腕を掴んできたおじさんの手には、絶対に逃さないという強い意志が感じられた。
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