118話「世界最強の境地」
「……なんだこの状況?」
面接を終えてクロ達の待機部屋へ移動すると、茶髪の女性術師が複数の術師に羽交締めにされていた。
その女性は羽交締めにされながらも顔を赤らめてリンを見つめており、リンはその様子に困惑している。
「は、放しなさい!私はちょっとあの子の匂いを嗅ごうとしただけよ!あわよくば抱きしめたりちょっと頬擦りしたいとも思ったけどっ」
「地崎さん、全部ダメです。口も塞いでおいてください」
「「「はっ!」」」
「〜!!」
青年の指示で地崎さんと呼ばれた女性は猿ぐつわをかまされ、縄でぐるぐる巻きにされたあとに部屋の隅へ転がされた。
「ユイの時といい、まったく……ん?」
扉の前で状況を伺っていると、指示を出していた黒髪短髪の青年と目が合った。雰囲気的に芽依さんよりも少し年上のようだ。
「君は……結城幸助くんだね?」
「はい。そうです」
どうやら、俺の名前は既に知られているらしい。
「はじめまして、金森家の陰陽術師の『三間根トウリ』です。呼ぶ時は名前呼びでいいからね」
「えっと、はじめましてトウリさん」
そう言いながらながら差し出された手を握った瞬間、何かを探られたような感じがした……気がする。一瞬だったので気のせいかもしれない。そういえば、トウリさんっていう名前は雫さん達の恩人と同じ名前だな。偶然だろうけど。
「あそこで転がっているのは金森家の筆頭陰陽術師である地崎千里さんだよ」
「筆頭陰陽術師……」
お見苦しいものを見せてしまって申し訳ないと言いながら、トウリさんは状況を説明してくれた。
なんでも、部屋の隅に転がされている地崎さんは可愛い女の子に欲情する変態らしく、リンに襲い掛かりそうになったところを近くで待機していた術師総出で食い止めてくれたらしい。
「そんなことがあったんですね……」
「お恥ずかしい限りだよ……」
転がされている地崎さんは何か言いたげな表情だが、トウリさんは気にせず話を続ける。
「そういえば、面接は受かったのかな?」
「受かりました」
「おめでとう。それじゃあこれ、今回の作戦の概要をまとめた資料だよ」
渡された資料を見ると、そこにはクロ達と共にトウリさんが班長を務める班で行動するようにと書かれていた。
「記載通り、結城くん達は俺の班で一緒に戦う予定だ。あと、資料にはあくまでも概要しか書かれていないから、さらっと目を通したら捨てちゃっても大丈夫だよ」
そう聞きながら資料を読み進めてみると、トウリさんの言う通りあくまでも概要のみの記載で細かな行動指示などは一切書かれていなかった。
「内通者がいる可能性があるから、細かな作戦指示は各班の班長しか知らないんだ。全体の動きに関しては、先程の面接の場にいた3人しか知らないよ」
「なるほど、そういうことですか」
『常世結界』の件から、味方の中に内通者がいる可能性を考えているのだろう。
「でも正直な話、うちの班は遊撃隊みたいな立ち位置だから細かい作戦指示なんてものはないんだ。増援として駆けつけたり敵陣を掻き乱したり、臨機応変な対応が必要だから今のうちに覚悟しておいてほしい」
「わ、わかりました」
初めての集団戦で遊撃隊という立ち位置に置かれたのは少し驚いたが、妥当な判断だと思う。俺だけでなく、クロ達にも単体で戦局を左右できる力があるため、ある程度自由に暴れ回ったほうが効率がいいはずだ。
「それと、火野山家からも術師が2人うちの班に入る予定だから、彼らが到着したら一度顔合わせをしよう」
「火野山家ですか、わかりました」
クロも少し顔を顰めている。俺も火野山家にはあまり良い思い出がないので、せめてトウリさんのような気の良い人が来てくれることを願っておこう。
「とりあえず、伝えるべきことは以上かな。何か質問はあるかい?」
「大丈夫です」
「そうか。それじゃあ一旦解散だね」
トウリさんはそう言い残し、蓑虫状態の地崎さんを担いで部屋を後にした。
「さてと、とりあえず自室に戻ってから……旅館を堪能するか!」
「「バイキングー!!」」
「僕モリンサン達ニ着イテ行キマスカネ」
「……」
「カルも一緒にくるってー」
「儂らは温泉だな」
「カカーカ」
「俺は一旦仮眠かな。そのあとで温泉に入りたい」
そう話しながら部屋へと向かう俺は、この時知る由もなかった。
この旅館の設備を俺だけが何一つ堪能できぬまま、千年将棋との決戦が始まるという事実に……。
◇
幸助の去った会議室では、龍海とアウルと叶恵が先ほどの面接の内容について話し合っていた。
「さっきの結城さんの面接の質問なのですけど、予定と全然違っていた気がしたのですが、良かったのです?」
アウルは少し首を傾げながら、隣に座る叶恵にそう問いかけた。
本来であれば別の質問を投げかける予定だったのだが、叶恵の独断で質問の内容が大幅に変更されていたのである。
「しゃあないやろ。顔を合わせた瞬間に気になることができたんや。それに、嘘発見鬼は月に3回しか使えへんから、質問は詰め込んだほうがお得やねん」
叶恵はそう答えながら、一時的にただの不気味なこけしとなった嘘発見鬼を見つめた。
嘘発見鬼は3回使用すると内部に蓄えられている霊力を失い、再使用までひと月のクールタイムが必要な魔具なのである。
「まさか最初の質問に本来聞く予定だった質問を全てまとめるなんて思わなかったよ。一つ目の質問が無駄になる可能性もあったのに、随分と攻めたね」
「でもそのお陰で収穫はあったやろ。本来のする予定だった質問の真偽も分かったんやし、ついでに敵対心はなくて人間っちゅうこともわかったんやからな」
嘘発見鬼には3つ目の判定があり、嘘とも真実とも取れない回答をされた場合は真顔のままで動かない。そのため、回答に"はい"と"いいえ"が混ざってしまう質問を投げかけると嘘が真実かの判定がつかない場合があるのだ。
本来であれば、叶恵が最初に問いかけた『君は自分で作り出した幼女式神を愛でるロリコン野郎で、身代わり札作ったんは嘘で不当な手段で手に入れたもので、実はヤバいこと企んでる激ヤバな輩ですか?』という質問の内容を3つに分けて問いかける予定だったのである。
「にしても、妖や精霊の類いやなくて本当に人間なんやな。それなのに消えない強力な式神やら精霊やら引き連れて身代わり札まで作れるなんて、とんだ化け物やで」
「まぁ、世界最強の境地へ至った術師もいるからね。彼女に比べればまだ可愛いものだと思うよ」
「土御門家の前当主やね。確かに、あの婆さんのほうが化け物やったなぁ……」
叶恵は僅かに身震いしながらそう呟いた。土御門家の前当主を知らないアウルは、その様子に首をかしげる。
「まぁ、アウルちゃんには後であの婆さんの伝説聞かせちゃるわ」
「そんなに強い人だったのです?」
「強いなんてもんやない。厳しい条件付きやけど、文字通り世界最強になれる術師やったんや」
険しい表情でそう語る叶恵の言葉を聞き、アウルも真剣な表情となる。
「でもな、あの婆さんでも千年将棋を仕留めきれんかった……前回よりも備えは万全にしとるけど、今回の戦いも厳しいもんになるやろうな」
叶恵の言葉に、龍海も静かに頷く。
今回の作戦は10年前よりも遥かに規模が大きく、参戦する術師や妖の数も格段に多い。だが、それでも前回の戦いを知っている者達の不安は拭えていなかったのだ。
「い、今更なのですが、どうして私がこの立ち位置に選ばれているのです?もっと相応しい術師がいると思うのです」
龍海は経歴も実績も申し分なく、叶恵はアウルよりも実年齢が低いものの、金森家の秘術によって年齢以上の経験と知識を有している。その事実を理解していたアウルは、今回の作戦が決まってからずっと抱えていた疑問を口にした。
「まぁ、当然の疑問やな」
そう呟いた叶恵は、真剣な表情でアウルが選ばれた理由を話し始める。
「アウルちゃんに決まった理由は大きく分けて3つや。1つ目はもちろん、黄昏と夜明け団との架け橋になってもらうためやな」
互いの事情を知っている人間が相応の権限を持っていれば、言語や文化を超えた協力関係も円滑に進むのだと叶恵は付け加えた。
「そして2つ目は、しっかりと見といてもらいたいんや」
「見ている、なのです?」
「そうや。千年将棋と同格の妖がいつどこに現れるとも限らんからな。イギリスや、近隣の国に現れるかもしれん。その時のためにも、まだ若いアウルちゃんにはこの事態をしっかりと見て、記憶しておいてもらいたいんや」
「……金森さんのほうがまだ若いけどね」
「ほっとけ!」
龍海の言葉にツッコミを入れた叶恵は、気を取り直して3つ目の理由を話す。
「3つ目は、冷静な意見を期待してるんや」
「冷静な意見、なのです?」
叶恵は少し悲しげな表情を見せながら続きを話す。
「知っての通り、五大陰陽一族の当主陣は親族を殺されとる。もちろんうちらだけやない、今回の作戦に参加しとる術師の中にも家族や同僚を失った者が多いんや」
10年前の戦いの凄惨さを改めて思い知りながら、アウルは黙って話を聞く。
「今回の作戦では、怒りや憎しみに呑まれて冷静さを失う者が多いはずや。せやから、指揮権を持つ人間の中に私怨で暴走しない、冷静な判断のできる人間を入れたかったんや」
「そうだったのですね……」
「というわけで、早速冷静な判断を頼むで」
一転して不敵な笑みを浮かべた叶恵から次の面接者の資料を手渡されたアウルは、そこに記されていた名前に驚愕を示す。
「なっ……!?こ、この2人も参戦させるのです!?」
アウルが手に持つ資料には、邪神の心臓の一件で対峙したイオとフェルムの名前が記されていたのだった。
活動報告にも感想いただきましたが、なんと!11/4(金)にワンピースの104巻が発売でございます!
さらにさらに、HUNTER×HUNTERのコミックス最新刊も発売されるようですね。
同じ日に本作のコミカライズ6巻も発売されますので、お手に取っていただけると幸いですm(__)m