117話「嘘発見鬼(うそはっけんき)」
館内の会議室では、少し俯きながら宴会場で起きた事態の説明を行う俺の姿があった。
「ーーーそれで宴会場がめちゃくちゃになっていたんだね」
「……はい」
宴会場での出来事を聞いた龍海さんの言葉に俯きながらそう答えた。
ウルがやらかしたことではあるが、止めなかった俺も悪いので当然罰は受けるつもりだ。
「まぁまぁ、聞いた話やとそのプルトっちゅうおっさんも悪かったみたいやし、本人も反省しとるみたいやからもうええんでない?」
そう話すのは金髪ツインテール少女の『金森叶恵』さんである。見た目は潤奈ちゃん達よりも年下に見えるのだが、五大陰陽一族の一角である金森家の現当主な上に今回の千年将棋討伐作戦の総指揮を任されている人物らしい。
もしかすると、見た目より遥かに長い年月を生きているファンタジー的な存在なのかも知れない。
「この件はそちらさんも問題にする気はないんやろ?」
「勿論なのです。むしろウルさんの件はこちらの対応が問題なので、黄昏と夜明け団には私から抗議しておくのです。あと、宴会場の修理代は団長に請求しておくのです」
金森さんの言葉に、横に座っていたアウルちゃんはそう答えた。
アウルちゃんはこれまでの功績を認められたことでイギリスからの派遣部隊の指揮権を持っているため、この場にいるそうだ。
「でも修理代は……」
「結城さんは何も悪くないのです。そもそも、お父さ……団長は、プルトさんが問題を起こす可能性を考慮した上でこちらへ派遣した可能性が高いのです。修理代くらいは出してもらうのです」
アウルちゃんはそう答えながら怒りをあらわにした。
千年将棋討伐の発起人である龍海さん。作戦の総指揮を任されている金森さん。そして、イギリスからの派遣部隊の指揮権を持つアウルちゃんの3人が今回の作戦において最も重要な立ち位置にいる術師らしい。
「というわけでその話は終わりや。本題の面接を始めるで」
宴会場破壊事件は予想以上にあっさりと処理され、本日のメインイベントである面接が始まった。
ちなみに、この会議室には龍海さん達3人と俺の4人しかいない。クロ達は隣の部屋で待機中だ。
「そんな緊張せんでも大丈夫やで。面接言うても少しだけお話しして、3つの質問に"はい"か"いいえ"で答えてもらうだけや」
「えっ、そんな簡単なことでいいんですか?」
「そんな簡単なことでええんよ。というかそもそも、君の実力はここにいる2人からもう聞いとる。強力な妖や精霊や式神引き連れてる上に、君自身の戦闘力も並外れとるんやろ?その話が本当なら面接の必要なく普通は合格やで」
自分で言うのもなんだが、確かにと思ってしまう。
「というわけでまずは少しお話や。お題は身代わり札の件についてな」
身代わり札の件とは、今回の作戦のために俺が作成し、色々と問題になることを覚悟の上で龍海さんへ送っておいた200枚の身代わり札のことである。
ちなみに、暇つぶしに作っていた身代わり札のほとんどは使用期限が切れたり効力が低下していたため、送ったものはテスト期間の合間を縫って新たに作成した出来立てほやほやのものだ。
「身代わり札はたった1枚作るのにも相当な時間と労力のかかる代物や。五大陰陽一族の当主クラスの術師が集まって、長い時間かけて小さい紙に霊力を注ぎ込まんと作れへんからな」
金森さんは真面目な表情で言葉を続ける。
「それを200枚も用意できるという事実がどれほど異常なことで、どれほどの影響を及ぼすのか、それくらいはわかっとるんやろ?」
「はい。理解しているつもりです」
通常の身代わり札の作成速度がどれくらいかはわからないが、こんなチートアイテムを1人の術師が短期間で200枚も作れることが異常なのは理解している。そして、その事実を公にすることで俺や周囲の人にも危険が及ぶ可能性があることも理解しているつもりだ。
「全部理解した上で、今回の作戦の被害を減らすために提供してくれたっちゅうわけか」
「そうです」
「……はぁ、君みたいのが一番やりにくいわ」
金森さんから苦い表情でそう言われたが、龍海さんとアウルちゃんは苦笑しているので雰囲気はそう悪くない。
「提供してくれた身代わり札に対するこちらからの誠意は、質問の後で決めさせてもらうわ。それじゃあ始めるで、ほいっと」
「……なんですかそれ?」
金森さんがポケットから取り出したものは、鬼の顔が3つついた奇妙な見た目のこけしだった。それぞれの顔は別方向を向いており、無表情な面をこちらに向けたままテーブルの上に置かれている。
「これは『嘘発見鬼』っちゅう魔具でな。使用者が出す質問に対して嘘をついてるかがわかるっちゅう代物や。ちなみに、判定精度は100%やで」
「す、凄い道具ですね」
ニアの嘘発見機能も優秀だが、本人曰く精度は100%ではないらしい。既存の嘘発見器にもそんな精度のものなんて存在しないだろうから、そう考えるととんでもない道具だ。名前は変だけど。
「念のため言うとくけど、名前は製作者のセンスやからな。うちが考えたわけちゃうで」
「あ、そうなんですね」
顔に出ていたらしい。気をつけよう。
「気を取り直して、手始めに今からする質問に"いいえ"で答えてみてや」
「わかりました」
「そうやなぁ……『君は自分で作り出した幼女式神を愛でるロリコン野郎で、身代わり札作ったんは嘘で不当な手段で手に入れたもので、実はヤバいこと企んでる激ヤバな輩ですか?』」
「……い、いいえ」
酷い質問だと思いながらそう答えると、嘘発見鬼の頭がくるりと回り、にっこりとした笑顔の面がこちらに向けられた。
いいえという答えは真実なのだが、これはどういう結果なのだろう。
「この顔が向けられたいうことは真実っちゅうことや。ちなみに、嘘やったらこっちの顔が向けられるで」
金森さんが見せてくれた面には、「えっ、マジで!?」とでも言っているかのような驚愕の表情の鬼の顔が付いている。名前も変だが、デザインも変な魔具だ。
「それじゃあ次の質問や。『君はうちらの味方か?』」
「はい」
迷いなくそう答えると、鬼こけしににっこりとした笑顔を向けられた。ちゃんと真実と判定されたらしい。
「それじゃあ次が最後の質問や。『君は、人間か?』」
「えっ……はい」
一瞬だけ質問の意味に戸惑ってしまったが、蘇生して体が強化されているとはいえ人間で間違いないだろう。そう思いながら答えると、鬼こけしはまたもやにっこり笑顔だった。
「よし、これで質問3つ終了や。お疲れさん。合格やで」
「あ、はい。ありがとうございます」
「作戦の概要をまとめた資料は、隣の待機室にいるうちの部下から貰ってな。それと、うちらが示せる誠意はとりあえず……君が身代わり札を作成できる事実の秘匿と報酬の上乗せってところや。身代わり札が大量に作れるという事実はうちらの間だけに留めておく。それでええか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
身代わり札の提供に関してはもっと大きな問題になると覚悟していたのだが、情報を秘匿してくれるという話にまとまって本当によかった。あと、報酬の上乗せも地味に嬉しい。
「それじゃあ、しばらくは温泉でも浸かってゆっくりして……ん?」
「隣が騒がしいみたいだね」
「何かあったのです?」
面接が終わると同時に、隣の部屋から物音や騒ぎ声が聞こえてきた。たしかそっちの部屋って、クロ達や金森さんの部下の方々がいる待機室だった気がする……。
「あー……はよ迎えに行ってやり」
「あ、はい。失礼します」
そう言い残し、クロ達を迎えに行くために何やら騒がしい待機室へと向かったのだった。
 




