115話「精霊の動画の件」
「到着、青森!」
「青森ー!」
新青森駅のホームを踏みしめながらそう叫んだ俺とリン。
側から見るとリンとの2人旅に見えるが、リンの腕にはぬいぐるみモードのクロとブレスレットに変身したカルがいる。だが、この場にはシロとニアとウルはいない。
「そろそろ呼ぶか。『転移』」
そう呟きながら、空のリュックの中に直径30センチほどの小さな転移ゲートを出現させると、ゲートの奥からウル達の作業音が聞こえてきた。ゲートの座標は家の居間である。
「おーい。こっちは青森着いたぞー」
「あ、ご主人様!今行くー」
「丁度編集作業モ終ワリマシタノデ、僕モ行キマス」
「カカーカ」
転移ゲートの向こうから一仕事終えた3人の声が返ってきた。
札幌駅から新青森駅までの約5時間の旅路。俺とクロ達は車窓からの景色を楽しんでいたのだが、『転移』で移動できると知ったウル達は家で動画編集を行っていたのである。
原因不明のアカウントの削除事件が起きてからも、ウル達は様々なジャンルの動画を諦めずに作り続けているのだ。
「動画作成は順調か?」
「順調順調っ!ニアっちの編集技術もどんどん上がってるし、シロっちの作る曲もどんどん凄くなってるからすんごい動画いっぱいできてるよ!まぁ、投稿してもアカウントごと直ぐに消されちゃうんだけどね……」
「動画サイトヲ変エテモ直グニ消サレマスネ……」
「カカァ……」
3人はそう話しながら転移ゲートを潜り、リュックの中へ移動した。
動画の削除について何か力になってあげたいが、ネット関連でニアが対応できない問題を俺が解決できる可能性は低いので難しいだろう。
「とりあえず、今は待ち合わせ場所まで行くとするか。時間があったらいつでも転移ゲート開くから、帰って作業するといいよ」
「やったー!」
「カカー!」
「マスター、アリガトウゴザイマス」
そう話しながら待ち合わせ場所の駐車場まで歩く。予定ではここに人が迎えに来てくれる手筈となっているのだ。
「こっちだよー我が弟子よ」
声がするほうを見ると、軽自動車の前で手旗をフリフリした女性が立っていた。我が結界術の師匠、芽依さんだ。
「ん?なんだあの手旗?」
よく見ると、振っているのは手旗ではなく布と棒状の結界に色をつけて作り出した結界製の旗だった。
結界の形を変えるだけでなく、一部だけを布のような質感に変化させ、さらに色付けまで行うという繊細な技術。芽依さんは何気なく行っているようだが、普通の術師には到底できない妙技である。相変わらず凄い人だ。
「師匠、久しぶりです」
「お久しぶりだね。みんなも久しぶりー」
「久しぶりー!」
「おひさ〜!」
「うむ」
「カー」
「久シブリデス」
「……」
リンのブレスレットもチカチカと光っている。カルも挨拶をしているようだ。
「それじゃあ乗って乗って」
「うおっ、シートふかふかですね」
芽依さんに促されるまま乗り込んだ車は実家のものより遥かに座り心地がよかった。それだけじゃなく、後部座席用のテレビや簡易型の冷蔵庫など、内装も相当しっかりしている。
「ふふふっ、凄いでしょ私の愛車。オプション全盛りな上に所々改造してるから、軽自動車なのに目玉が飛び出るくらいの金額するのよ」
「えっ、この車って芽依さんの私物なんですか?」
「そうよ。この前は整備中だったからお披露目できなかったけど、自分で稼いだお金で買った愛車だね」
「自分で稼いだお金……」
車の値段は詳しくないが相当高い事だけは分かる。少なくとも、俺が護衛の仕事で稼いだ給料では到底買えない金額だろう。
「驚いてるみたいだけど、他人事でいられるのも今の内よ。今回の討伐作戦だって、参加するだけでとんでもない報酬が支払われる予定なんだから」
「えっ……?」
実はまだ今回の作戦への正式参加を認められていないため、報酬の金額は知らない。事前に渡された資料では、これから向かう作戦拠点でお偉いさんとの面接があると書いてあったのだ。
そういえば、この前の千年将棋戦の報酬が振り込まれてると潤叶さんから聞いたけど、テスト期間でバタバタしてたので全然気にしていなかった。芽依さんの口振りからすると相当な金額かも知れない。時間ができたら確認しとこう。
「結城くんクラスの術師なら値札見なくなる日がすぐ来るわよ。君が高級車乗り回してる未来が見えるわ〜。その時は私も乗せてね」
「いや、まだ免許すらないので……」
免許があっても高級車を乗り回す予定はない。少なくとも値札はちゃんと見る。
「そういえば、作戦拠点について何か聞いてる?」
「えっと、どこかの旅館を貸し切っていることくらいしか知りません」
今回の討伐作戦では、青森県、秋田県、岩手県の間にある千年将棋の封印地点を包囲するため、3県それぞれから術師を派遣する手筈となっている。
そのため、封印地点に近い3県それぞれの宿泊施設3カ所を拠点として利用すると潤叶さんから聞いていた。
「ふっふっふ、青森側の拠点は期待して良いよ。実は一昨日から前乗りしてるんだけど、もう極楽よ極楽っ」
「えっ、そんな凄い旅館なんですか?」
「色んな温泉は楽しめるし、食事は高級食材のバイキングだし、館内施設はめちゃくちゃ充実してるしで本当に最高よ」
高級食材というワードで涎を垂らしているリンとウルにポケットティッシュを渡しながら芽依さんの話を聞いた。この高級シートを涎で汚すのはまずい。
「国も絡んだ作戦だから、拠点も良いところなんですかね?」
「それもあると思うけど、一番の理由は術師の休息のためでしょうね。温泉とかでリラックスすると霊力の回復も早いのよ」
「なるほど」
「風呂上がりのキンキンに冷えたコーヒー牛乳からのマッサージのコンボなんてもう、一瞬で霊力全快だわ!」
「な、なるほど……」
芽依さんは霊力回復のためのリラクゼーションについて熱く語っているが、そもそもこの人は『補霊結界』を使えるため、リラックスの必要とかなく霊力を回復できるはずだ。でも指摘はしない。俺も楽しみたいから。
「さてと、そろそろ着くわね」
そんなこんなでおしゃべりを続けているうちに目的地へと到着した。所要時間は約2時間の道のりだったが、あっという間だったな。
「で、でかい……」
「ほう、立派な旅館だな」
「まだ驚くのは早いわよ。中はもっと凄いんだから。しかも建物の奥には大きな池があって、その奥の別館にも温泉があるからね」
「聞くだけでも凄いですね」
おそらく、こういう機会がなければ泊まりに来れないほどの金額なのだろう。面接に受かったら是非とも堪能したい。
「豪華食材……」
「バイキング……」
旅館の外観とは違う感想がウルとリンから聞こえるが、気にしないで中に入る。
「いらっしゃいませ〜。あ、幸助くん」
「えっ、潤叶さん?」
フロントに向かうとなぜか着物姿の潤叶さんが働いていた。不意打ちの着物姿。凄まじい破壊力だ。
「潤叶さんはどうしてここにいるの?バイト?」
「実は、この旅館のほとんどの従業員さん達には休んでもらってるから、ちょっと人手が足りてないんだよね」
術師の存在は世間に秘密のため、この旅館の従業員の代わりに術師の存在を知ってる人員が国から派遣されてくる予定なのだそうだ。しかし、まだその人員が到着していないため現在は人手不足らしい。
「それで私も一時的に手伝ってるの」
「そうだったんだ。改めて思うけど、潤叶さんって本当に凄いね」
学校では委員長として働きながら学年2位の成績を修め、プライベートでは優秀な術師としても活動している。
ここでも自分にできることを探して働いていたようだ。チート能力を授かった俺よりも優秀である。
「全然凄くないよ。もう後悔しないように出来ることをがんばってるだけだもん」
笑顔でそう話す潤叶さんの表情は、少しだけ無理をしているように見えた。
母親の仇でもある千年将棋の討伐作戦。それが目前に迫っている状況下で、きっと色々な思いを抱えているのだろう。
「困ったことがあれば何でも言って、全力で協力するから」
少し照れながらそう話す俺。
「ありがとう、幸助くん」
笑顔でそう返してくれた潤叶さん。
「青春だねぇ〜」
ニヤニヤしながらそう呟く芽依さん。
完全に存在を忘れていた。そしてクロ達にもがっつり見られていた。いや、別に見られて困るものでもないですけども。
「えっと、これがチェックインの用紙ね。ここに幸助くんの名前と、家族の名前を書いてくれれば大丈夫だからっ」
「あ、はい」
気恥ずかしさを隠すように渡された用紙へ急いで名前を書いた。
「幸助くんの面接までまだ時間があるから、館内の散策でもしながら待っててもらってもいい?」
「わかった。ありがとう潤叶さん」
潤叶さんにお礼を言い、館内の散策へと向かう。
地下には商店や屋台を模した店が立ち並んでおり、小さな町のような様相となっている。先に到着していた術師らしき人達は浴衣姿でお土産を見たりして楽しんでいるようだ。本当に凄い旅館なんだな。
「それじゃっ、私はひとっ風呂浴びてくるわね」
「あ、車で迎えに来てくださってありがとうございました」
「いいのよいいのよ。気にしないでっ。貸しにしといてあげるから」
気にしないで言いつつ貸しにされたが、まぁいいか。温泉へと向かっていった芽依さんを見送りながら、見どころ満載の地下通路を散策していく。
「……ふむ、君が結城幸助くんかな?」
「はい?」
背後から掛けられた声に振り向くと、そこには豪華な装飾の施されたローブを身に纏う小太りの外国人男性と、似たローブを纏った取り巻きと思われる10人くらいの外国人集団がいた。誰だろう?あと、日本語上手だな。
「私はイギリスの魔術協会、黄昏と夜明け団の幹部であるプルト・アデプトだ」
「あ、はじめまして、結城幸助です」
そう返しながら頭を下げると、優しそうな笑みを浮かべたプルトさんが口を開く。
「君と少し話がしたいのだが、一緒についてきてもらえないかね?」
笑顔のプルトさん達を見ながら少し考える。
闇の組織から毎日憎しみや怒りのこもった視線を向けられ続けたおかげで、俺は視線に込められた感情をなんとなく理解できるという謎能力を得ていた。
その経験から察するに、目の前のプルトさんや取り巻きの人達からは強い敵意を感じる。ついて行ったら絶対によからぬ事態に巻き込まれる筈だ。
「……えっと、すみません。これから予定があるので」
「そうか、それでは仕方がないな……精霊の動画の件で、少し話がしたかったのだが」
早く立ち去ろうと思った瞬間、プルトさんが非常に気になる言葉を呟いた。
「精霊の、動画……?」
「うむ。君が使役している精霊が映っている動画の件だよ」
ぬいぐるみモードのシロとポケットに入っているニア。そして、霊体化しているウルに緊張が走るのを感じた。3人はこの話の内容が相当気になっているようだ。
「まぁ、少しなら時間は作れそうです」
「そうか。それではついてきたまえ」
リン達を連れた俺は、館内にある宴会場へと案内されたのだった。
旅館のイメージは「星野リゾート 青森屋」でございます。結構いいお値段ですが、おすすめの旅館です。
ちなみに、作中とは全然違う場所にあります(^^;)