114話「そのチケットよこせ!!」
ロンドン・ヒースロー空港。
日本行きの飛行機を待つファーストクラスラウンジでは、ワインを片手に優雅な時間を過ごすふくよかな体型の男がいた。
「やっとこの時が来たな……」
黄昏と夜明け団の幹部である『プルト・アデプト』は、静かにそう呟きながら野心をたぎらせていた。
「結城幸助が従える精霊……あれほど強力な精霊を手に入れることができれば私の支持者は確実に増える。そうなれば、団長の座に手が届くのも夢ではない。なんとしても成功させねばらなんな」
自身の野望を口にしながらプルトは不敵な笑みを浮かべる。
黄昏と夜明け団団長の座を長年狙っていた彼は、強力な精霊であるウルを手に入れることで精霊信仰の篤い団員からの支持を得ようと画策していたのである。
「入念な根回しのお陰で日本への派遣部隊に選ばれることはできた。派遣部隊の指揮権をアウル・メイザースが握っていることは不服だが、問題はないだろう。計画は順調だ」
今回、日本で危惧されている『百鬼夜行』の発生と『千年将棋』の討伐を行うため、黄昏と夜明け団から援軍の派遣が行われていた。
プルトはその中に選ばれていなかったが、自身の権力と人脈を存分に使い、そこへ自分自身と彼の息のかかった者達を割り込ませることに成功していたのである。
現地の情勢に最も精通し、邪神の心臓の一件で大きな功績を上げたアウルが指揮権を持つことになってはいるが、彼にとっては些細な問題に過ぎなかった。
「私を含めた21名の派遣部隊のうち約半数には私の息がかかっている。計画に支障はない……」
そう呟きながら勝ち誇った笑みを見せるプルトの元へ、20代後半の男性術師が近づいてきた。
「プルト様。もうすぐ、離陸の時間、だゼ」
カタコトの日本語でそう話すのは、黄昏と夜明け団の中で唯一『火の精霊』と契約を交わしている精霊術師、『ソジウム・メッカ』であった。
派遣部隊の中で随一の実力を持った精霊術師である彼は、プルトが率いる派閥に所属している息のかかった術師の一人だった。
「うむ、わかった。それと日本語はもう少し勉強が必要なようだな」
「日本語、むずいゼ」
ソジウムはそう返しながら、歩き出すプルトの後をついていく。
間も無くして、彼らを乗せた飛行機は日本に向けて離陸したのだった。
◇
東京都郊外にある火野山家の所有する森の中。そこにある訓練用の結界に覆われた区画内では、爆炎と共に轟音が幾度も鳴り響いていた。
「爆鬼!もっと火力上げろやぁあ!」
赤と黒を基調とした炎のような髪型の男。火野山家の筆頭陰陽術師の一人である気炎剛毅は、そう叫びながら目の前にいる爆炎の鬼に喝を入れた。
「グルァアアアアアアア!!」
気炎の叫びに呼応し、爆鬼は強烈な爆炎を放った。
「はっはー!!いいぜ爆鬼!『炎焼燃壁』!!」
しかし、気炎はそれを上回る火力の炎壁でそれを難なく防ぐ。
「次はこっちの番だぜ!『散炎弾』!!」
「グルァァアアアアアアアアアアアア!!!」
お返しとばかりに気炎から放たれた炎の散弾を、爆鬼は爆炎を身に纏うことで防いだ。
3時間以上も続く激しい攻防によって結界内を地獄のような様相にしている2人の元へ、メガネをかけたスーツ姿の男性が近づいていく。
「気炎、いつまで訓練を続けているつもりだ。遅れるぞ」
彼の名は三鶴城幽炎。気炎と同じく火野山家に仕える筆頭陰陽術師の一人である。
「チッ、やっと温まってきたとこだったのによぉ」
「グルァ」
気炎と爆鬼は残念そうに呟きながら、周囲で燃え盛っている炎を消火していく。炎の操作に長けた気炎と爆鬼にとって、自分達の付けた炎の消火はお手のものなのである。
「そういえば、今回の作戦に例の仮面の術師が参加するそうだぞ」
「なっ!マジかよ!?」
気怠げに消火活動を行っていた気炎は、一転して嬉々とした表情へと変貌した。
「フリーの術師のようだが、水上家の術師として作戦に参加するそうだ」
「最高だなおい!爆鬼!さっさと火消して行くぞ!」
「グルァ!」
心なしか爆鬼もやる気に満ち溢れている。
「ほら、これが支給された新幹線のチケットだ」
「おう、サンキューな。行き先は青森か」
「青森と秋田と岩手の県境にあたる山々。千年将棋の封印地点はそこにある。作戦時は3県それぞれから術師を向かわせるが、我々は青森県側からの作戦となる予定だ」
「……仮面の術師は?」
「我々と同じ青森県側からのようだ」
「よっし!」
目当ての相手に会える可能性が高いと知った気炎は、拳を握りしめながら喜びを表す。
今回は共に戦う仲間という立場だが、時間があれば白いカラスの式神と再び戦いたいと考えていたのである。
「まったく、ほどほどにしておけよ」
「それは約束できねぇな」
三鶴城の忠告を、好戦的な表情を浮かべながら気炎は受け流した。
「それでは私は行く。お前も新幹線に遅れるなよ」
「あ?まだ時間に余裕あるだろ。どこ行くんだ?」
「私は先に向かうために飛行機のチケットを予約済みだ。その時間が差し迫っているからもう行く」
「はぁ!?抜け駆けは卑怯だぞ!」
「ではな」
「おい!そのチケットよこせ!!」
結局、三鶴城は気炎を振り切ることに成功。無事に飛行機の搭乗に間に合った。
彼もまた、少しでも早い白い少女型の式神との再戦を心の中で望んでいたのである。

大変ながらくお待たせいたしましたm(__)m
第七章「東北編」スタートでございます。
なるべく早く投稿できるよう頑張りますので、皆様の暇つぶしになれれば幸いです。