113話「場所は東北」
期末テストの返却と答え合わせ週間が無事に終わり、終業式を明日に控えた夜。
俺は家の縁側で『常世結界』と『千年将棋』について考えを巡らせていた。
「なにか悩みでもあるのか?」
「クロ。いや、なんで笑い地蔵が『常世結界』を使えたのかなと思ってな……」
俺は直接聞いていないが、芽依さん曰く『常世結界』は日本の南側を守護する『土御門家』という五大陰陽一族に伝わる秘術らしい。
それを千年将棋の駒にされていた笑い地蔵が使っていたという事実が、妙に頭に引っかかっていたのだ。
「犬井芽依は土御門家の現当主と次期当主にのみ伝えられる秘術だと言っていた。その情報自体が誤りなのか、どこからか常世結界の習得方法が漏れているのか。考えられるとすればその2つだろうな」
クロが推測を教えてくれたが、結界術のプロフェッショナルである芽依さんの情報が誤っている可能性は低い。
そう考えると、常世結界の習得情報が漏れている可能性のほうが高そうだ。
「ひと目見て習得した俺が言うのもなんだけど、この常世結界って物凄く難しい術なんだよ。それこそ、才能のある人が何年も練習してやっと使えるかどうかっていうレベルだと思う」
「それは、随分と難儀な術だな」
土御門家の秘術と言われるほどなので当然ではあるが、常世結界は水上家の秘術である『無上・龍王顕現』やアウルちゃんの使う『無上・黄金巨兵』に匹敵する難易度の術である。
「だから、普通なら俺みたいに見るだけで習得することはできないと思うんだ。笑い地蔵がこの術を習得するには、それを使える人物からの手解きを何年も受ける必要があると思う」
「うむ。やはりその考えに至るか……」
どうやらクロも俺と同じ考えに至っていたらしい。
笑い地蔵が常世結界を使えた事実。
あくまでも想像でしかないが、土御門家の裏切り。もしくは、千年将棋に情報を流している内通者が存在していると考えるのが妥当だろう。
「まだ裏切りと決まったわけではないが、龍海も同じ結論に至っているだろうな」
「きっとそうだろうね」
潤叶さんか芽依さんの報告で龍海さんも常世結界が使われた事実を知っているはずなので、きっと同じ結論に至っているだろう。
だが、実際に常世結界に閉じ込められた経験があり、それを使えるからこそ感じる気掛かりな点がもう一つあった。
「実は、常世結界に関してもう一つ気になる点があるんだ」
「気になる点?」
「この間工事現場で使った後から何度か実験してみたんだけど……この結界、めちゃくちゃ便利なんだよ。上手く使うと短距離の転移とかもできるみたいなんだ」
笑い地蔵の常世結界に閉じ込められた時、結界に入れられた位置は公園の入り口付近だったが、出てきた時は100年記念塔の上だった。その記憶を頼りに何度か実験してみたのだが、『常世結界』には『転移』の異能と似た性質があり、発動位置から視認できる範囲のどこかに出口を設置できるらしい。
また、結界内の空間を破壊して無理やり脱出すると視認できる範囲内のランダムな位置から脱出できるという性質もあるようだ。
「……千年将棋の駒が『果ての二十日』から抜け出していた理由はそれかも知れないということか?」
「いや、それは無理だと思う。芽依さんから習得した『果ての二十日レプリカ』で実験してみたけど、あの封印術の中じゃ常世結界は使えなかった」
『果ての二十日レプリカ』の中に『玩具』で作った人形や『常世結界』の入り口を封印して検証してみたのだが、封印の内部には術や異能の効果を乱す作用があるらしく、どれも効果が発揮できなかった。
レプリカでそれほどの効力があるのだから本物の『果ての二十日』はもっと強力なのだろう。
だが、今気になっているのはその点についてではない。
「封印から抜け出していた理由はわからないけど、俺が言いたいのは便利すぎる常世結界をどうして手放したのかについてなんだ」
常世結界は思い描く情景の異空間を作り出せるだけじゃなく、戦闘からの一時離脱や対象の隔離、短距離の転移にも使える。まさに切り札となる強力な性能を秘めた術だ。
「常世結界を使える笑い地蔵は千年将棋にとって重要な駒だったと思うんだよ。でも、戦いの序盤から普通に投入していた……」
「それだけ重要な戦いだったということではないのか?それか、儂らの戦力を甘く見積もって失うとは思っていなかったという可能性もある」
「もちろんそれもあると思うんだけど、逆に失ってもよかったのかなと思ってさ……」
「失ってもよかった?重要な駒なのにか?」
「うん。重要な駒だけど、もしかして替えが利くのかなと思ったんだ」
「……常世結界を使える駒が、まだいるということか」
「少なくとも、笑い地蔵に常世結界を教えた相手がいるだろうね」
さらに言うなら、その相手の方が笑い地蔵よりも常世結界の習熟率が高いはずだ。つまり、決戦になればより強力な常世結界を展開される可能性がある。
「それだけじゃない。こっちは常世結界の存在を知ったせいで裏切り者がいるのかと疑心暗鬼にさせられてる。これも千年将棋の狙いなのかもしれない」
「将棋を司る妖……たしかに、それぐらいの知略は造作もなさそうだな」
クロも俺の考えに納得してくれた。
「仮にだけど、裏切り者がいるとしたらこっちの戦力情報も筒抜けになってると思うんだ。そうなってた場合、千年将棋との決戦は相手の想像を上回る動きができる存在にかかってくると思う」
耳をピクリと動かすクロを横目に話を続ける。
「自分で言うのもあれだけど、俺はその役にうってつけだと思うんだよ。習得能力のお陰で新たな技を戦闘中に使えるし、まだ千年将棋に見せていない術や異能もある」
説明しながらこれ以上のないほど適切な役だと改めて思う。
「……危険だぞ?」
「わかってるよ。理解もしてる」
10年前の戦いに協力した多くの妖や術師。そして、当時の火野山家次期当主と金森家、土御門家の両当主に潤叶さんの母親でもある木庭家の元当主が犠牲になっても仕留めきれなかった相手だ。そんな千年将棋と戦うことがいかに危険かは理解している。
「それでも、被害を減らすには俺も参加しないといけないと感じるんだ」
あくまでも勘だが、なぜか強くそう思うのである。
「……ふっ、実はそう言うと思ってな。すでに千年将棋討伐作戦の詳細は龍海から聞いておる。参加の有無はこれからだがな」
「まじか」
クロか潤叶さんを通して龍海さんから千年将棋の討伐に関する情報を教えてもらおうと思っていたのだが、すでに動いてくれていたらしい。さすがクロ。これが年の功か。
「ちなみにだが、場所は東北。千年将棋の封印場所だ。神聖な霊力が高まる祭りの時期に合わせるため、8月の頭に作戦を行う予定だと聞いている」
「8月の頭って、もうすぐじゃん!」
もう7月の下旬だ。思っていた以上に時間がない。
「おお!東北行きたーい!」
「とうほくー!」
「カカー!」
「生マレテ初メテノ道外、是非トモ行ッテミタイデスネ」
「……」
「みんな、聞いてたのか」
俺とクロの話をこっそり聞いていたようで、ウルを筆頭にカルまでもが東北行きを待望している様子だった。
「言っておくけど遊びじゃないんだぞ?千年将棋の駒と戦ったからわかっているとは思うけど、下手したら死ぬかもしれない。とても危険な戦いをしに行くんだ」
「勿論知ってるよ。だからこそ一緒に行くつもりなんだし!」
「リンもおなじー!」
「カカーカ!」
「……」
「全員同ジ気持チノ様デスネ」
「みんな……」
ウルの後方に見えるノートパソコンの画面に東北の観光名所をまとめたブログ記事が見えるが、それにはあえて触れないでおこう。
「まずは……『身代わり札』のほとんどが使用期限切れてたから、がんばって作らないといけないな」
そう呟きつつ、クロを通して龍海さんに討伐作戦への参加を打診するのだった。
これにて第六章「番長編」は終了でございます。ご愛読誠にありがとうございましたm(__)m
少しだけ書き溜めた後、大量のフラグ回収が待ち構えている第七章へと移らせていただきます。
ちなみに、「番長編」の作中経過時間は約3日となっております。
これからも暇つぶし程度に読んでいただけると幸いです!
1日目:番長就任。サンドバッグ破壊。リンが鬼ごっこ。工事現場無双。
2日目:カチコミ。公園でデコピン。
3日目:矢財が保健室。理事長vsクロム。




