112話「加護持ち」
更新遅くなり大変申し訳ございませんm(__)m
この次のお話でこの章は終わりでございますm(__)m
幸助が矢財を保健室へと運んでいる最中。札幌市内のとある路地裏では道に迷っている1人の女性がいた。
「あれ?この道も違う……」
印象に残りづらい地味めな顔立ちにスーツ姿の女性は、きょろきょろと辺りを見回しながら道を何度も確認していた。
「どうされたんですか?何かお困りですか?」
そんな彼女が話しかけられた方向を振り向くと、そこには優しい表情の中年男性が立っていた。
「すいません。実は道に迷ってしまって、この近くにある高校に用事があったのですが……」
「あぁ、そこですか。たぶん僕が理事長を勤めている学校ですよ」
「ええっ、そ、そうなんですか!?」
男の言葉に、女性は驚きの声を上げた。
話しかけた男の名は『〜〜〜〜』。幸助の通う学校の理事長を勤めている人物である。
「でも残念ですね。そこには案内できないんです」
「どうしてですか?」
「あなたには、ここで消えてもらうことになりますから」
「えっ……?」
直後。疑問の声を口にした女性目掛けて、空から無数の銃弾が降り注ぐ。
「くっ……!バレてたでござるかっ!」
その女性は即座に金髪の大男、ディエスへと姿を変え、銃弾を躱しながら勢いよくその場を飛び退いた。
「いやぁ、久しぶりだね。『千変の加護』」
「本当に久しぶりでござるな。『隠遁の加護』」
「……やっぱり、加護に神話の神様の名前つけるのやめない?」
キメ顔で互いの呼称を言い合った後、理事長は少し恥ずかしげな表情でそう提案した。
「拙者にはもう名前がありすぎるでござるし、ヴィーゼ……理事長殿の名前は認識できないでござる。そもそも、拙者達も他の3人も自分自身の本名を知らないでござるからなぁ……結局、互いの加護にちなんだ神様の名前がしっくりくると思うのでござるよ」
「でも中二病っぽくて恥ずかしいから、今は前に君が使っていた『クロム』っていう名前で呼ばせてもらうよ」
「それでは拙者は理事長と呼ばせてもら……おわっとぉ!」
ディエスの姿で話を続けるクロム目掛けて、再び上空から銃弾が降り注いだ。
しかし、クロムは降り注ぐ無数の銃弾を軽々と躱していく。
「話の途中に攻撃とは、マナーがなっていないでござるな」
クロムはそうぼやきながら弾の飛んできた方向を睨みつけるが、そこには何もなかった。
「中々厄介な異能者でござるな」
「ふふっ、僕の自慢の生徒だよ」
「空間を繋げる異能。本当に厄介な異能でござるっ……と」
ディエスの体と『強化』の異能による圧倒的身体能力を駆使し、クロムは死角から次々と襲いくる無数の銃弾を躱し続ける。
「そんなもの当たらないでござ……ん?」
直後。後方へ飛び退こうとしたクロムはその場で跳ねるだけに終わった自身の行動に首を傾げた。
「後ろへ飛ぼうとする意識を少し歪めさせてもらったよ」
「チッ、相変わらず面倒な加護でござるな」
理事長の加護によって移動できないクロムを無数の銃弾が貫いたかに思われたが、『強化』を全力で発動したクロムの前では衣服が僅かに傷つくのみで終わった。
「その姿も厄介だね」
「強化の異能は効果がシンプルでござるが、それ故に安定して強いのでござるよ」
「なるほどね。それじゃあ、これはどうかな?」
「……!!」
先ほどまで何もなかった空間から突如降り注ぐ複数の手榴弾。それを見たクロムは強化の異能だけでは少し心許ないと感じ、姿を変え始める。
「そうはさせないでござるよ〜」
「口調を真似するなでござる!」
この状況に対応できる姿に変わろうとしたクロムは理事長の加護によって意識の方向を乱され、初めに化けていた地味目な女性の姿へと無理矢理変えられる。
「友人との昔話に花を咲かせたかったけど、君は危険だ。うちの生徒達には近づけさせないよ」
「……ふっ、また近いうちに会えるでござるよ」
クロムがそう返した直後。降り注いだ手榴弾が次々と爆発し、強烈な爆音と衝撃波に飲まれたクロムは跡形もなく消えていったのだった。
「やったか?」
「高移くん。変なフラグ立てるのはやめて」
転移ゲートをくぐりながら現れた高移校長は、そうフラグを立てながら理事長のそばへと移動する。
「それにしても思ったよりあっけなかったですね。もっと苦戦するかと思いました」
「今のはあくまでも分身だからね。本体は比較にならないほど強いよ。そういう意味ではさっき高移くんが立てた『やったか?』のフラグは見事回収されたことになるね。本体は健在だから」
理事長は冗談めかしてそう話しながらも警戒を続けていた。
自身の持つ『加護』の力をフルに使い、札幌市内だけでなく北海道内にクロムの分身や本体がいないかの探索を行なっていたのである。
「見つかりましたか?」
「いや、クロムの分身も本体ももういないみたいだね。結城くんが番長になってくれたお陰で校内の問題解決に割いていたリソースも割り振れたから結構入念に調べられたんだけど……それでも見つからなかったよ」
校長先生の言葉に、理事長は首を振りながらそう答えた。
意識の方向を操る理事長の加護に攻撃能力はほとんどないが、特定の人物の意識を感じ取ることで探知に似た効果を発揮することができるのである。また、その効果範囲は類似した効果を持つ異能と比べて格段に広く、集中すれば対象の霊力量等の詳細情報すらも感じ取ることができた。
「狙いは結城くんでしょうか?」
「そうだろうね。邪神の心臓の一件で彼を見て、僕やクロム達と同じ『加護持ち』だと思って動きを探ろうとしたのかな。でも動き回っていた分身は倒せたから、これでしばらくは大人しいと思うけどね」
邪神の心臓の一件以降。クロムは幸助の情報を少しでも得るために分身による偵察を何度も行っていたのだが、理事長はその全てを悉く妨害していたのである。
そして今回、偵察に駆り出されていた分身を倒すに至ったのであった。
「理事長も結城くんが加護持ちだとお思いなのですか?」
「ん〜……正直、よく分からないんだよね。僕達加護持ちは『霊力』。場所によっては『魔力』や『精神力』とも呼称されているけど、それが普段は存在しないんだ」
「異能や術の発動に不可欠な力のはずですよね?それが存在しないんですか?」
「うん。加護を使うときは現れるんだけど、普段は全く持っていないんだ」
「それは、なんとも不思議な体質ですね」
驚く高移校長を余所に、理事長は話を続ける。
「あくまでも仮説なんだけど、僕達加護持ちは霊力とは違う誰も感じ取れないような力を持っているんだと思う。大層な名前かも知れないけど、呼称するとすれば『神力』とでも言うのかな」
「なるほど……」
「そしてその『神力』は、超高密度の霊力のようなものだと思うんだよね」
「超高密度の霊力、ですか?」
「僕達が加護を使うとき、その瞬間だけは霊力が発せられる感覚があるんだ。でも普段は霊力が一切ない。これは、力を使う瞬間だけ神力が霊力に変換されているんだと思うんだよね。もっと言うと、神力は霊力に比べて遥かに効率がいいエネルギーなんだと思う。実際、さっき道内全域の探知を行ったけど疲れは一切ないからね」
「それは、面白い仮説ですね」
理事長の仮説に校長は納得を示した。
術や異能を遥かに超える『加護』の力を間近で目にしているからこそ、それが同じ原理で発動しているとは到底思えなかったためである。
「結城くんと理事長室で話した時、霊力を一切感じ取れなかったんだ。その点で言えば僕と同じ加護持ちだとは思うんだけど……ちょっと、気になることがあってね」
「気になること、ですか?」
「理由は詳しく話せないんだけど、僕達加護持ちは5人だけのはずなんだよ。それがこの世界の理であり、確定事項なはずなんだ」
理事長は真剣な表情で話を続ける。
「だから6人目が現れるはずがない。でも、実際に現れた。それがとても気掛かりでね……」
「加護に似た力を持っているという可能性もあるのではないですか?」
「その可能性も充分にあるね。加護に類似してそれに匹敵する力……いや、もしかすると加護を超える別の力の可能性すらある」
理事長は静かにそう呟いたあと、一変して普段の陽気な表情に顔を戻した。
「ま、僕にも秘密がたくさんあるように結城くんにも秘密はある。詮索は野暮だよね」
理事長はそう言いながら探知に使用していた加護のリソースを全て隠蔽に割り当てる。
「事実として彼は僕の学校の生徒であり守るべき対象だ。それに、龍海くんからも結城くんに権力者達の目が向かないようにと頼まれているからね」
「水上くんですか。彼も相変わらずですね」
理事長が龍海から頼みごとをされていた事実を知り、高移校長は少し懐かしそうにそう呟いた。
水上龍海と高移朝子は理事長の経営する学校に通っていた同級生であり、この2人も潤叶や幸助達のように理事長の加護によって引き寄せられた術師と異能者だったのである。
「とりあえず、僕の目の届く範囲にいるうちは平穏な青春イベントを謳歌してもらいたいものだね。道内から出て行かれるとさすがに厳しいけどさ」
「先程フラグがどうとか言っておきながら早速盛大なフラグを立てておりますね。それと、目の届く範囲にいるのにすでに平穏とはかけ離れた青春イベントが何度も巻き起こっておりますよ」
「うっ……」
「そして青春云々よりも、まずはここをどうにかするのが先でしょうね」
「ぐっ……そ、そうだね」
理事長と高移校長はそう話しながら、戦闘で荒れた路地裏の修理をどうするか話し合うのだった。